第9話 経験とスキル


 これはどこから突っ込めばいいのだろう。


 閉じた目を薄っすらと開けて再びラングを見る。鑑定窓には文字がしっかりと浮かんでいる。

 内容に変化はない。見間違いはない。


『どうした』

『ちょっと待って、理解が追いついてない』


 ラングを注視したままツカサは混乱と羨望で熱を持つ頭を持て余していた。

 ステータスを見る限り、ラングはまさしく主人公だ。

 高いレベル。数多くのスキル。桁違いの財力。

 世界神のリガーヴァル・気まぐれウィムシーってなんだ。神が何をした。

 言葉は違うが別の加護ベネディクションもついている。

 元からついていた?いや、ラングの世界にはスキルがないと言っていた。ならばこれはどうしてついたスキルなのか。

 なぜラングはこんなにも恵まれているのか。

 このスキルの内のどれかでも持っていたら、違ったのだろうか。


 ぎゅ、と唇を噛んだ。その痛みで逆に冷静になった。


 転移転生ものでスキルを妬んだキャラクターや、スキルに溺れたキャラクターのほとんどは最終的に堕ちていく話が多かった。嫉妬に駆られ身を滅ぼしたり、文字通り自滅したりだ。

 少なくとも、今はこの【力】が自分の味方であることが大事だ。損得勘定に気持ちを置き換える。嫉妬に狂うよりは幾分マシだ。

 どうにか理不尽な苛立ちを宥める。深呼吸をして落ち着かせる。呼吸が震えてしまったのは勝手な怒りからだ。ツカサは自分に言い聞かせた。仕方ないじゃないか、もしかしたらヒーローかもしれないと憧れてしまうのは、男子なら一度は思うだろう、と。


『お待たせ』

『内容を教えてくれ』

『うん、あと、いろいろ聞きたい』


 鑑定窓を指でなぞっていたら、焚火の向こう側でムッとした気配がした。ラングを指差したと思ったのだろう。それがラングにとって不愉快な行動なのだと気づく。


『ごめん、ここに鑑定窓があって、文字が出てるんだ。それを確認してるだけでラングを指差してるわけじゃないよ』

『そうか』


 ふ、と空気が変わる。

 もしかして今のが【威圧】の一部なのだろうか?単純に不機嫌を隠さなかっただけのような気もするが。


『上から行くよ。全部説明欲しいんだけど』

『お前が話したように、私も応えるさ』

『よろしく、じゃあまず名前から。ラング・アルブランドー、年齢が結構驚いたけど、って』


 焚火の向こう側で息が飲まれたのがわかった。鑑定窓を少し小さくして、まるでパソコンの画面縁から向こうを覗きこむようにツカサは体を斜めらせた。


『どうかした?』

『それが私の名前として表示されているのか?』

『そうだけど』

『もう一度言ってくれ』

『ラング・アルブランドー?』

『悪くない』


 ものすごく満足げに頷いている。ツカサは訳がわからずもやもやが溜まる。

 ほんの数秒、ラングは何かを噛み締めた後ツカサに視線を向ける。空を見上げていたシールドがツカサを向いたので間違いない。


『どうも説明が長くなりそうだ。お前が眠くなったら明日に回す』


 きちんと話す意思はあるのだと伝えてくれた。そして急ぐ会話でもないと言ってくれている。ツカサの好奇心と睡魔の戦いだ。


『わかった』

 ツカサの首肯に、ラングはシールドの右側にある装飾品に触れた。

 ふわ、と風や森の音が止んで焚火の音だけが聞こえる。


『言葉自体はお前にしかわからないだろうが、今後街中で使うこともあるだろうから教えておく。防音道具だ』

『会話が外に聞こえないってやつだね』

『話が早いな』

『そういうアイテムもラノベにはたくさん出て来る』

『ラノベ?』

『さっき話した創作物語のこと』


 あぁ、とラングが思い出したように応えた。


『先に言っておくが、私は私のことを話すのが得意ではない』


 聞きたいことがあれば質問をしろ、と言いたいのだろう。なんとなくツカサは理解した。


『名前、なんで驚いてたんだ?』

『アルブランドーは私の師匠であり、父の名前だ。訳あって名乗っていなかったんだが、表示されているのか』

『訳あって、ってなに?』

『良くある話だ、私の、そう、私の故郷ではよくあることだ』


 世界という言い回しが慣れないのだろう。故郷という表現は良い。大きな誤解を与えず、相手に理解もされやすい。次からはツカサもそう言うことにした。


『そのほかには?』


 ここまで笑いもしなかったラングが、僅かに微笑んでいるような気がした。俯き加減の為、シールドのせいで口元は見えないが声が少し柔らかい。

 ラングはそのまま何かを納得してしまって、次に進もうとした。


『訳アリの内容は聞いても?』

『捨てた人生だ、もう覚えていない』


 応えるとは言っても答えは拒否だ。話せることと、話したくないことがあるらしい。ツカサにもあるし、それは当然のことだ。

 我慢できずにラングへ詳しい鑑定を向けてみたが情報は増えない。経歴の部分は探られないようにしているのか、ツカサの熟練度が足らないのか。また折を見て尋ねてみることにした。


『それから、年齢四十八?見た目すごく若いね』


 シールドがあるため顔の全容は見えないが近くで見るとラングの肌は若い。肘から袖が開いている変わった上着、指ぬきグローブから見える手指。全体的に露出は少ないが年齢が判断できる部位で見れば若者そのものだ。


『その年齢で正しい。だが、呪いまじなが掛かっている』

『どういうこと?』

夢見師レーヴという呪い師シャーマンに報酬として時間を渡され、二十年若返っている』

『情報過多。しかもチートじゃん』

『チートとはなんだ』

『恵まれてるってこと』


 は、とラングが不愉快そうな息を吐いた。


『私はその報酬を望まなかった。勝手に押し付けられたものだ。私の生きた二十年を取り戻せと言うが、私は選び、覚悟し、責任を持ってその二十年を生きた。その時間を無きものとされたんだ』


 自分の生き様を否定された気でいるのだろうか。

 若返らせてやると言われて喜ぶ者は想像がついても、怒る者は想像がつかなかった。

 けれど、つい最近ラングと契約書を交わしたことを思い出す。報酬は受ける側からも提示できる、と言ったのは、そう言った経験があったからかもしれない。


『その呪いをかけた女は、娘を置いて眠り続けている』


 何があったのか質問をしても、それ以降ラングは沈黙を貫いた。

 憶測にはなるが、ラングに報酬を支払ったことで起きられなくなった女、母親が、娘と過ごすはずだった時間を奪っていることが我慢ならないのではないだろうか。

 それであっている気がした。


『じゃあ、ええと次行くよ。職業がレパーニャの処刑人パニッシャー。パニッシャーって冒険者を殺すんだっけ?レパーニャは街の名前であってる?』

『あっている。言っておくが無作為に殺す訳ではない。ギルドのルールを守らなかった冒険者ギルドラーを処罰すると言った方が正しい』


 ラングの故郷の冒険者組合ギルドは、領主や町長の代わりに町を治めることもあるくらい、権力を持っているそうだ。そのため、規律違反はとにかく許さない、許されない。

 だが、冒険者証はいつでも死にますの御免状でもあるため、その力を冒険者やダンジョンや魔物ではなく、無辜の民に向ける愚か者がいる。

 そう言った輩を粛正するのが、ラングのような処刑人パニッシャーの仕事なのだという。


『所属ギルドで最も力のある冒険者ギルドラーがなる』


 レパーニャという街ではラングがそれに該当するという訳だ。


『そりゃこれだけレベル高ければそうもなる』

『レベルとはなんだ』

『ええと、一定の経験を積んで、なんていうんだろう、上がっていくランクみたいな』

『いくつになっているんだ』

『ラングは358』

『お前は?』

『今は、1』

『人生経験の差だな』


 絶対にそうじゃない。思うにラングは故郷でたくさんの魔獣を狩り、冒険者ギルドラーを粛正してきたので桁違いなのだ。そう思っておくことにした。


『あのさ、先に聞きたいんだけど、ラングは今までどうやって生きて来たの?どんな生活だったの?』

『そうだな』


 ふむ、とラングは考え込み、すっかり冷めた茶を口に含んだ。

 舌を潤しているのだろうか、時間をかけて飲み込んでいる。


『九つの時に師事した。十二の時に冒険者ギルドラーになり様々な依頼をこなした。死にかけたこともあるし、全員殺したが剥製にしたいと言ってきたやつは四人いた。私も弟子を取ることになり一人育てた。以上だ』

『とにかく波乱万丈だったんだってことはわかった』


 ざっくりとだが、深く踏み込むのはやめた方が良い気がした。剥製にしたいってなんだ。


『ラングのスキルにさ、オールラウンダー、鑑定阻害、追跡妨害、威圧ってあるんだよね。心当たりある?』

『オールラウンダーが何を指すか理解できんが、鑑定阻害や追跡妨害は生きる上で気を付けていることだろうな』

『オールラウンダーはなんていうか、全部できちゃうよみたいな。鑑定と追跡のところもう少し詳しく』

『そこまで器用ではない。鑑定はそうだな、観察されるのが嫌いだ。力量を測られたり、持ち物を調べられたり、手の内を知られることは弱みになる』

『あーなるほど、それがスキルとして形成されたのかな。追跡妨害もそんな感じ?』

『野営を行った時間やそこから離れた方角や時間を特定されると、追手に追いつかれることがあるからな』

『同じだね』


 威圧については聞かなくても良い気がした。処刑人パニッシャーとして他の冒険者を御する役割を持っていたのだろう。


『えっと、それから世界神のリガーヴァル・気まぐれウィムシー

『意味が分からん』


 ラングはわかりやすく肩を竦めた。

 ツカサは文字を選択して詳しく内容を見られるかを試した。僅かに増えた。


世界神リガーヴァルが気まぐれに加護を与えた物、だって。ラングの故郷の神か、ここの世界の神かどっちだろう』

『お前、意外と物事を受け入れる器量がでかいな』

『ラノベ経験値はラングより高いから』


 ラングは返事はせずに薪を足した。相手にもされていないらしい。


『まだあるか?』

『あと二つ、暗殺者の肺アサシンブレス夢見師レーヴ・の加護ベネディクション

『前者は私が師匠から習った身体強化術、後者は先ほど話した呪いまじなだろう』

『うーん、なるほど』


 世界神のリガーヴァル・気まぐれウィムシーの謎は残るが、そのほかのスキルに関して言えば、全てがラングの人生経験に基づいているものだ。

 羨むも何も、ラングが自らその手に掴んだものだと言える。妬むのも馬鹿馬鹿しくなった。逆に言えば、ツカサはこれからの努力次第でそれらを得られるかもしれないのだ、

 

『そういえば、ラングはどうやってここに来たの?故郷からこの世界にって意味で』

『時間を返す方法を探して旅をしていた』

『さっきの、夢見師レーヴさんの?』

『そうだ』


 もらえるものはもらっておこうと思うツカサには、それを返そうとするラングの気持ちがわからない。

 時間や報酬に対する価値観が違うのだ。

 そしてラングはその信念に基づき行動し、こうして世界を超えて来た。行動力がすごい。


『どうしてここに来ることになったの』

『呪いについて古い遺跡があると聞いて、その最深部に辿り着いた時に何かあったのだと思うが』


 腕を組み、ラングはじっと黙り込んだ。


『よく覚えていない。気がついたら森の中だった』

『赤い光とかは?』

『見ていないと思うが、何故だ』

『俺は赤い光を見て、ここに来たんだ』

『いくつかのパターンがあるという理解でいいか?』

『うん、アーサーは穴に落ちたって言っていた』


 必ず同じ条件ではない。けれど、この場所はかなりの確率で転移者が多い気がした。ラノベの中にはそう言った作品もあったし、転生者、転移者で国を創ることもあった。これもあるあるなのだろう、きっと。

 赤い光で一つ思い出した。


『そうだ、俺が本の著者に会いたいって言った理由なんだけど、俺が見た赤い光について書いていたからなんだ』

『有力な情報なのだな』


 薪がもう一つ足された。


『わかった。今後の行動方針としては、著者を探すためにそれがどこの誰によって書かれたものなのか、明確にすることから始めよう』

『うん』

『旅の仕方は私が教える。故郷と多少の差はあるものの、恐らく私の方が旅や世渡りの知識がある』

『そうだと思う』

『お前には異世界を歩く常識や定石、ラノベとやらによくある話というものを私に教えてもらう』

『お互いに協力するってことだね』

『そうだ。それから』

『まだある?』

『お前を鍛える』


 有無を言わさず、すでに決定事項として伝えられた。



『生まれたての赤子でもないだろうに、人生経験が1とはなんだ』




 今日話した中で、経験値とレベルの説明が一番難しかったことを、ツカサは誰かに伝えたかった。





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