第7話 冒険者とギルドラー

 いろいろと聞きたいことはあるが、まずは登録を済ませることにした。


 一つ意外だったのはラングのスキルだ。何一つ表示がされていない。もしかしてノースキルなのだろうか。

 用紙への記載を終わらせ、血判の為に親指を箱に入れ血を出し、紙に押す。

 焼き印ではないのだな、と呟いた言葉の意味がわからなかった。

 水盆に入れると灰色のカードが浮かび上がり、登録は完了だ。


『出来ました。灰色からですけど』


『構わない、身分証になればいい』


 ジャイアントベアーを狩る人なのだから、もう少し上でも良い気がするが、そこはギルマスの権限の話しだ。できることは終わった。


「登録は済んだか?」


 タンジャが丁度降りて来て、カードをちらりと見る。職業や名前を見ようとしたのだろうが、ラングがカードを引き上げる方が早かった。


「報酬は聞いただろうか」


『あぁ、提示された内容で受けよう。支払いはいつだ』


「今金庫から出させるさ。ジャイアントベアーを解体場に出してもらいたいんだが」


『支払いが先だ』


「わかった。ロクシー、六十七万リーディを出してきてくれ」


 金額にギルドがざわつく。ロクシーはラングを睨みつけた後、鍵魔法をかけた金庫から六十七枚の銀貨を取り出してきた。


『お前への支払いは必ずするが、今はやめておくぞ』


『どうしてですか?』


『この男、私が襲われればいいと思っている』


 はっ、とした。


 ギルドカウンターで冒険者が多い中、タンジャは大きい声ではっきりと金額を言った。それは「こいつは金を持っているぞ」という意思表示に他ならない。

 もし襲われて奪われて、その中身が四十七枚程度しかなければ、疑われるのは通訳をしていたツカサだ。


『構わないか』


 利益を得るべき人へ害が及ばないようにする、その心遣いが出来る人がどれほどいるだろうか。だが、こう言って雲隠れされてはツカサには追う術がない。装備のための金は欲しい、それでも、目の当たりにした危険と身の安全には変えられない。


『はい、わかりました』


 一瞬の戸惑いに、ラングははっきりと答えた。


『約束は守るさ。冒険者ギルドラーは信頼が全てだ』


「数えてくれ」


 ロクシーから受け取りタンジャが数え、そのあとラングの前に出される。


 十枚ずつ数え六個のまとまりと七枚を並べ、ラングは最後にツカサを見た。バイザーがツカサの方を向いたので間違いないだろう。


『あっているか』


『はい』


『了承を伝えてくれ。魔物を出しに行こう』


「数え終わったって。魔獣を出すから行こうって」


「そうか、わかった」


『お前はここまでで良い。あとで酒場に行く』


 手で制され、その態度の冷たさにツカサはカウンターに置いてけぼりを喰らう姿になった。

 これも先ほどの流れからすると、きっと配慮なのだろう。


 冒険者と冒険者ギルドラーが違うのだと言うことを、ツカサはこの時にはっきりと認識をした。



――――


 

 宣言通り、ラングは夜が更けてから酒場を訪れた。


 アーサーに冒険者を指差し、それだけで同じものを頼む、と意志を見せた。

 アーサーもそれを見て理解し、山盛りのフライドポテトと肉を塩で焼いただけのもの、エールを出した。


『エールは飲まない、水か何かないのか』


『水は高いんだよ、果実水ならあるよ』


『それを頼む』


 肘でエールのコップを横へ寄せ、アーサーから果実水を受け取る。


 ここに来て五日目の夜、ラングが食事の姿を見せるのは実は初めてだ。バイザーを少しだけ上げて口元にかからないようにし、ばくばくと食べ進める様子は他の冒険者と変わらない。食事の行儀は良い方らしい。


 ラングが食事を摂らなくても大丈夫だったのは、アイテムボックスに食料があるのだろうと誰もが納得をしていた。

 ツカサはその姿を見ながら、調理と給仕を行なった。


『いつ話せる』


『二十三時には上がらせてもらうけど』


『ならそのあとここに座れ、話しておこう』


『わかった』


 報酬の話しだろう。ツカサは事前にアーサーに仕事の後カウンターに座り夜食を摂ること、ラングと話すことを伝えた。

 アーサーは会話はわからなくてもそばで見守れることに安心した様子で頷いた。 


 ツカサの勤務時間が終わり、その場でアーサーから銅貨四枚が手渡しされる。これが給料だ。

 その金でスープと肉、果実水をもらった。育ち盛りなのだ、夕方に賄いを食べて働き通しでは胃がもたない。たとえ手元に残るのが銅貨一枚でも、空腹で眠るよりはましだ。

 そう言った意味でツカサはなかなか金額を貯められないでいたのだ。今回の臨時収入は非常に有難い。


『お待たせ、しました』


『あぁ、早速だが相談がある』


『なんですか?』


『このギルドのルール説明を受けていない。決まりごとはあるか?』


 失念していた。


『すみません、実は登録の仕方を知っているだけで、ルールまでは』


『だろうな』


 おかわりの果実水をもらって、ラングは確認が取れたことに頷いた。


『そうでなければ、お前に登録作業をさせなかっただろう』


『どういうことですか?』


『お前がこのギルドに恩を感じていたり、プライドを持っていたら腹立たしい話しだろうが、私はこのサイダルという町を敵に回したようだからな』


 ラングは言った。

 ラングの知る冒険者組合ギルドでは、登録の際に様々な注意事項があるのだと言う。


 曰く、

 善良な市民を殺すな

 盗賊行為はするな

 各所の法を侵すな


 人として当然のことと言えばそれまでだが、それでもそのルールをしっかりと刷り込まれる。

 また、冒険者ギルドラー同士の争いには責任を持たない、とも言われると言う。


『私の登録している冒険者証ギルドラーカードは、いつでも死にますの証と言われている』


 殺されたらそれは仕方のない事なのだと言う。


『だから、ここのギルドのようなよくわからない情けや仲間内のやり方は、正直理解ができない。クーバーだかなんだかも結局責任を放り出して逃げただろう』


『なるほど。ちなみに、元のギルドカードはランクどのくらいなんですか?』


『知る必要があるのか?』


『興味あって』


 ふぅ、とため息が聞こえた。それでもカードを取り出してカウンターテーブルに置いてくれた。


『ランク、空白になってますけど』


『それで合っている。これをギルドの確認版に当てると情報が出る仕組みだ。殺され、なり変わられた場合、ランクと記録に齟齬があれば罰することができる。なり変わるやつは別の名が欲しい盗賊などが多いからな』


『記録、肉体とのリンクは…更新はあり?』


『あぁ、血を使うところは同じだ』


 カードに書かれた名前は名乗れても、全く同じ体験や記録、記憶で同じランクでとなると、不可能だと言うことか。


『でも、それならどうしてランクの項目が空白?』


『私はそれで合っている』


 はっきりと言われてしまい、はいそうですかと納得するしかなかった。


『話しを戻すがな、ギルドマスターは私が法を侵すことを望んでいるのだろう』


 だから、ルール説明のできないツカサを宛がった。それを許可した。


『ちょっと、信じたくないけど』


 ツカサは、自分を受け入れてくれたこのサイダルを疑いたくはなかった。けれど、今回の一件で身に染みたことはある。

 タンジャにとって、ツカサは守るべき冒険者ではない、ということだ。

 ダンジョンに行くでもなく、酒場で働いているだけの少年。町にもギルドにも大きく貢献はしていない。元々アーサーの厚意があって存在ができているのだと、この数日、肌で感じ取っていた。


『お前の気持ちの整理を待っている時間はない。単刀直入に聞くが、お前を雇えないか』


『雇う?』


 そうだ、とラングは頷く。


『私はこの地域の言葉がわからない。話せるようになるまでにも時間がかかる。だがお前がいる。言葉を習うのも、通訳を依頼するのも、現状最適任者はお前だ』


 確かに、共通の言語で会話が出来れば意思疎通は簡単で、この世界の言語を学ぶにしてもそれが早い。


『お前が望む報酬はなんだ』


『報酬…俺が決めて良いの?』


『依頼する側から報酬を提示することもできる、だが、受ける側から提示することもできる』


 望む、望み。ツカサは冷めたスープを掻きまわすことも忘れて考えた。


 赤い光、本、魔獣、生活。いろいろな考えが頭を駆け巡る。もしかしたら疲れていたのかもしれない。


『本が、旅記があるんだけど』


 ぽつりと呟いてみた言葉が、思いの外自分の望みに近い気がした。


『その著者に、会いに行きたい』


『わかった』


 あっさりと返って来た了承に、ツカサはどくどくとうるさい胸元を抑えた。


『私が望むことは、この場所の言語を習うこと、通じるようになるまでの通訳。それから、そうだな、まぁお前が知っている知識と言ったところか。お前、そういえば名前は』


『ツカサ』


 腰元のポシェットから製本されている手帳を取り出し、同じように取り出したペンとインクで書き込んで行く。



 冒険者ギルドラー・ラングは誓う

 ツカサに知識を譲り受ける対価としてその望みを叶えることを


 ツカサに依頼する

 冒険者ギルドラー・ラングの望む全ての知識を提供することを


『内容に問題がなければサインを。契約書の代わりにさせてもらう。追記は今ならできる』


 ペンの柄を向けられ、ツカサは震える手で受け取った。

 ペン先をインクに浸し、使い慣れないペンでぎちぎちと名前を書いた。

 ふわ、とページが光った後、ラングはその手帳をインクやペンと共にポシェットに仕舞った。


『契約成立だ』


 がたんと立ち上がり、ツカサの肩を叩く。


『支度しろ、三十分待ってやる。必要なものを持ってギルドの外へ出ろ』


『え、どういう』


『出立する』


『はぁ!?』


 ツカサの大声に、アーサーも冒険者たちも注目する。


「どうした、ツカサ」


「あ、いや、あの」


『地図があれば持ってこい。なければないで構わない』


「いやちょっと待ってってば!」


「ツカサ、何を話しているんだ!?」


『誰にも話すな。殺されるぞ』


 ツカサの背がぞっとした。脅しているだけかもしれないが、今日見たあれこれが脳裏に蘇る。


 殺される、なぜ。どうして俺が。


 答えを言う前にラングは銀貨を二枚置いて酒場を出ていった。多いが、騒がせた分だと解釈されるだろう。


「ごめん、なんでもないよ、アーサー。あの、そう、ちょっと、そう、アーサーの食事の味が薄いって言うから」


「なんだと!?」


「俺が言っておくよ、ごめんなアーサー」


 ツカサ、と名前を呼ぶアーサーを振りきってギルドカウンターを通り抜け、自室へと駆け上がった。

 制服は空間収納、ノートや元々持っていた物も空間収納。リュックを置いたままにしていたが、背負い、そしてまた下ろす。この時間に背負っていたらおかしい。空間収納に仕舞い込んだ。

 ちまちまと貯めて、我慢できずに買ってしまっていた替えの服やタオルなどの布類。空間収納があることを良いことに自分で手に入れたものはすべて突っ込んだ。

 地図はない。ギルマスの部屋で見た周辺の地図をなんとなく思い出す。 


 まだ心臓がうるさい。アーサーが不審がって様子を見に来る前に、冒険者がギルマスやロクシーに伝えない内に。まるで夜逃げをするような姿だ。実際そうなってしまっているのだが。


 賑わっている階下のギルドと酒場の音がいつも通りで、深呼吸を何回かした。


 どうしてすぐに出立するのか、なぜ殺されるのか、全てを信じている訳ではないが、脅かすにはもうばっちりとしか言いようがない。


 平静を装い、部屋を出る。

 ゆっくり、いつもと同じ様を装って一段一段、階段を降りて行く。

 どうか誰も声をかけてくれるな、そう願いながら。


「ツカサ、どこに行くんだ」


 どっくんと跳ねた心臓が、止まりそうになった。


「ギルマス」


「なんだ、そんな驚くな。仕事は…もう二十四時になるのか、寝なくていいのか?」


 タンジャが苦笑し、ツカサの肩を叩く。


「ちょっと夜食食べ過ぎちゃって、町を散歩するんだ」


 毎日夜食を食べていたし、時折散歩もしていた。

 そうか、と頷くタンジャに軽く挨拶をしてその横を通り抜ける。

 あと二十歩も行けば、出口。

 このまま、このまま。


「そうだ、ツカサ」


 歩みを止める姿が少しぎこちなかったかもしれない。


「なに?ギルマス」


 いつもの声で応えられていると信じたい。



「あいつからいくらもらった?」



 息を飲んだのと、駆け出したのは同じタイミングだった。

 ギルマスになぜそんなことを聞くのか?など、聞き返す余裕もない。

 出口が遠い、足が重い、背後で名前を呼ばれたが構っていられなかった。


「金さえ戻ればいい!」


 タンジャの声が響く。ギルドカウンターにいた冒険者たちが駆け寄る音がする。

 今までよりも心臓がうるさく騒ぎ、耳の奥で鼓動が聞こえる。

 金さえ戻ればいいなら、命は?

 殺される?なぜ?


「いやだ!」


 がつんと音がした。殴られたかと思ったが、痛みはない。


『だから言っただろう、このギルドは理解ができない、と』


 どうにかギルドのドアは出られたらしい。その後を追って出て来た冒険者の顔面が、細長い何かに殴られていた。

 緊張と短距離の全力疾走で震える足が縺れ、ツカサは地面に倒れ込んだ。息を整えながら振り返れば、両手に剣を持ったラングが居た。

 ツカサが通り抜けたところに剣を差し込み、後続の冒険者の顔を穿ったようだ。

 ただ、鞘からは抜かれていない。


『叩けば埃は出てきそうだな』


「これはサイダルの問題だ、お前に用はないぞ。通訳しろ、ツカサ」


 ソロ狩りをするラングに用はない、だからそこを退けと言いたいのだ。


『何と言っている?』


『さ、サイダルの問題、だから、ラングに用は、ないって』


『そうか、ならばこう返せ』


「俺はこの人と、契約を結んだ。この人が俺の護衛だ!」



 やるならば相手になろう。



 それがラングの返答だった。

 ツカサの言葉に、タンジャが、冒険者が笑いだす。


「どこの地域でソロ狩りをしていたか知らないが、ジャイアントベアーにソロで勝てても、数の理と言うものがある」


 ギルドから出て来たタンジャに続いて冒険者たちが外へ出て来る。金を取り戻すとかそういう話を、いったいいつしたと言うのか。

 それとも、初めてではないのだろうか。

 そんなことより、こんな光景を悠長に見ている暇があるなら、すぐにでもこの場から逃げた方が良いだろう。ツカサは膝が震えているのを必死に抑え、立ち上がろうともがく。


『慌てるな』


 背後のツカサの行動が手に取る様にわかるのだろう。ラングの声はブレることもない。


『でも、こんな人数!』


『烏合の衆の潰し方は心得ている』


 言うが早いか、ラングはすたすたとタンジャへ歩み寄っていく。その行動に驚いたのはツカサだけではない。


 すーはー、と大きな呼吸音が聞こえた。


「自分からやられに来たか、それとも金を返すか?」


 馬鹿にしたようなタンジャの声は、そのあと二度と聞くことはなかった。


 鍔のないラングの剣の柄の部分が真っ直ぐにタンジャの喉に打ち込まれたからだ。


 地面に足跡を残すほどの強い右足の踏み出し、それと同時に右手を前に打ち出す。その推進力で剣を手のひらで滑らせ、突きを喰らわせたのだ。

 容赦のない一撃に喉を潰されたタンジャが後ろへ大きく倒れ、かふ、と血の混ざる唾液を吐き散らした。地面で白目を剥いているタンジャを誰一人として助けない。


 突然のことすぎて助けると言うことが思いつかないのだろう。


『だいたい先頭で騒いでいる奴を潰せば、戦意を喪失するものだ』


 手に持っていた剣を腰に直し、ラングは踵を返してツカサの元へ戻った。


『しんだの?』


『殺してはいない。殺す価値もない』


 同じように呆然としていたツカサの腕を引き、立たせる。


『地図は』


『あ、なくて、周辺のだけ覚えてる』


『この国のことはどの程度わかる。首都は』


『ええと、サイダルから北西に、ギルドの本部があるから、そこかと』


『わかった』


 ラングは歩き出した。


 訳も分からずその後をツカサは慌ててついて行く。滞在中に方角を確認していたのだろう。迷いなく北側の検問所を目指している。


「なんだこれは、なんの騒ぎなんだ!?」


 背後でアーサーが出て来て騒いでいる。喧嘩か何かかと思い出て来てみれば、倒れているのはギルマスのタンジャ。呆然とした冒険者たちは質問に答えることもできず、アーサーの困惑は増すばかり。


「ツカサ!どうしたんだ、どこに行くんだ!」


 どすんどすんと音がするのは、恰幅の良いアーサーの走る音だ。

 ラングは振り向かず歩みを止めない。

 世話になった後ろめたさもあり、ツカサは歩きつつ何度も振り返り、ラングとアーサーを交互に見遣る。


「ツカサ、行かないでくれ、俺は俺の国の言葉を忘れたくない!」


 必死の形相でアーサーが追い続けて来る。ツカサはその気迫に恐怖を感じ、未だ震える足でどうにか駆けてラングに追いつく。

 ぎゅ、と掴んだマントは仕立ての良い感触がした。そういえばクーバーを背負ったときについていた血はどうしたのだろう。


 ラングは立ち止まり、ツカサを見遣った。


 その時ツカサは気づいた。意外と、ラングと身長が近いことに。

 縋りつくようにマントを握り締め、ツカサはアーサーと視線を合わせた。


「なぁ、行かないでくれ!一体何があったんだ!」


「アーサーは知っていたの?」


「何をだ?」


「この人に支払った金を取り返そうって話しをだよ」


 問われたことに対し、知っているとも知らないとも回答はない。ぐ、と喉に詰まり、言葉が出て来ない沈黙。


 それが答えだった。


「知ってたんだ」


「そいつが、ギルドの信条を侵すからだ、ツカサ」


「信条ってなんだよ、礼をすべきことをせず、非礼で返すことが信条?狩ってきた獲物の報酬すら出し惜しみして、何が信条なんだよ!」


「ギルドは冒険者を守る、それに育てる場所だ。個人の利益だけで動いているわけじゃない」


「だったら、なぜこの人は守られない?冒険者だろ!俺はどうして守ってもらえない?どこから来たかわからないガキだから!?」


「ツカサには危害を加えないって話だった」


「殺されるところだったんだ!」


 感情が昂ぶり、浮かんでいた涙が泣きたくもないのに零れた。握り締めたマントの持ち主は振り払うこともせず、黙ってそこに居てくれた。


「この人が助けてくれなきゃ、俺はきっと死んでた」


 自分で言葉にしてショックを受けてしまう。


 四ヶ月世話になった場所だ。気心が知れた冒険者の友もできていた、同じ場所から来ていたアーサーの存在が心強かった。

 けれど、ツカサは簡単に切り捨てられる側の存在だった。


 価値を認めてくれたのは、異邦の冒険者ギルドラー・ラングだった。


 たとえそれが利用価値だとしても、存在を求められることがツカサは嬉しかった。

 行きたい場所へ連れて行ってくれると二つ返事をくれたこの人が、今はもう、支えだった。


「俺はこの人と行く」


「ツカサ、待ってくれ」


「アーサー」


 もう会うことはない。


 英語で告げたその言葉に、アーサーはぶるぶると体を震わせた後、頭を顔を掻き毟って雄叫びを上げた。


 十五年積もりに積もったあらゆる郷愁が、ツカサと出会ったことで蓋を開け、今再び無くなることに理解が追いつかないでいるのだろう。


『下がれ』


 マントを掴んだままのツカサを後ろへ押し退け、ラングがアーサーの前に出る。


「お前の、お前のせいでサイダルがおかしくなった!俺の会話を、言葉を返せ!」


『悪いが、何一つ理解できん』


 すーはー、と再度呼吸音がした。


 チャリ、とラングのバイザーの装飾品が鳴って、次の瞬間アーサーが吹き飛ばされて地面に転がる。掌底を肉の付いた胴に打ち込んで吹き飛ばしたのだと気づいた時には、ラングはまた歩き出していた。


『殺してないよな!?』


『殺していない』


 回答にほっと息を吐いたのもつかの間、ツカサはラングに駆け寄った。


 遠くで冒険者たちの悲鳴に近い大声が響き始めた。


 窓から見守っていた宿や飲食店の従業員。または宿に引きこもりこの騒ぎを静観していた冒険者たち。数少ないこの町に住む人々が、畏怖した眼でラングを見ている。


 体を縮こまらせることもなく胸を張り前を向き、堂々と歩くラングにツカサは唇を結ぶ。


 自分の知識がどこまでこの世界で通用するかはわからない。


 それでもこの人の役に立とう。生きる為に。




 ツカサは、自分がぐしゃぐしゃな顔で泣いていることに暫く気づけなかった。




 

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