第6話 ギルドラー
一旦、会議は中断した。
解体班を呼んで部位を分け、慌てて解体場へ運び込んだ。
ギルド側が悪手だった。先にその人について聞いておけば、その力量を見誤ることもなかった。もっと良い初動が取れただろう。
だが怒りを買ってしまったのだ、今後の交渉は難しいものになる。
また、間に挟まれたツカサは非常に辛い状況に立たされていた。
なにせジャイアントベアーの素材はサイダルでは、武具防具屋宿屋肉屋冒険者、誰でも欲しいのだ。可食部も多く美味いため、これから冬を迎えるサイダルでは大事な食糧になる。
だが、その人は素材も肉も提供を拒否した。クーバーが支払えない分を解体費としてギルドに負担させ、全てを引き取ることを条件にした。タンジャが解体担当者と決めかねていると、あっという間に腰元のポシェットに吸い込んで仕舞い込んでしまった。アイテムボックスを持っていることから、やはり上位冒険者なのだろう。
そういうことなので、ツカサはどうにか肉か素材を渡してもらえるように交渉をしろと言われ、その人には肩を竦められてけんもほろろ。逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
酒場でカウンターに突っ伏し耳を塞ぎ、ツカサはノイローゼになりそうになっていた。
サイダルは駆けだしが経験を積む場所なだけに、そこで切磋琢磨する冒険者たちは仲間意識が強い。ツカサもギルド内で働いていたからこそ、その仲間に数えられて恩恵を受けて来たわけだが、これはきつい。
あれから五日、どちらの味方に付くのだと責めたてられてはたまったものではない。
「だいたい、悪いのは森の深部に入って行ったクーバーじゃないか!」
ツカサが板挟みになってから、クーバーは姿を見せていない。クーバーはソロ活動だったため、動向を把握しているパーティメンバーもおらず行方知れずだ。
一番有力な噂は、逃げた、だ。
「森の深部に行けるのは銀級から、銅級まではダンジョンで鉱石採りでしょ!?なんでそんなところ行った!?行かなければこんなことにならなかったのに!」
『荒れているな』
ごとりと椅子を引いてツカサの隣に腰掛、バイザーを少しだけ上げて形の良い鼻先をだしたその人が声を掛けた。
解体もしないのであればすぐさまこの町を出ると意思表示したため、交渉の余地を残したいタンジャに引き留められ、今はツカサの隣の部屋で寝泊まりをしている。
『少しは折れてください、俺はもう無理』
『そもそも、お前にそこまでの責任を求めるのがおかしな話だ』
そうなのだ。会話が通じるというだけで交渉事をやれと言われるのはおかしい。タンジャは立ち会ってくれている、だが、他の冒険者からやいのやいの言われる筋合いはないのだ。ツカサはただの通訳なのだから。
タンジャがその状況を知らないはずがないのに、助けてはくれない。
『ほんとそうですよね』
『ギルドカードの種類が違っていたな』
『あ、はい』
『ここでも作れるか?お前が対応できると話が早い』
申し出に、ツカサはアーサーを見る。会話がわからないので肩を竦められたが、説明をすると頷かれた。
「ただその場合、この状況下だからジャイアントベアーの件を引き合いには出されると思うぞ」
アーサーの言葉にその人は少し考え込んだ。
指ぬきのグローブから出た指が顎を撫でている。癖だろうか。
『正直な、こちらとしては困っているのは路銀だけだ。納得のいく価格で買い取ってもらえるのであれば、私はかまわん。ギルドの在り方についてはいろいろと思うところはあるがな』
でしょうとも。ツカサは若干遠い目をした。
『適正価格に少し上乗せをさせろ。他の町へ依頼する分は浮くだろう』
ギルドという組織や仕組みについて詳しいからか、似た部分を探すのが上手いのか。この人は交渉事において自分の有利を見逃さなかった。抜け道を知っているタイプだ。
『それはギルマスに話していいんですか?』
『上手に伝えろ。お前への報酬にも関わるぞ』
ツカサは驚いた。その様子にその人は僅かに首を傾げた。
『言っただろう。報酬はあとで相談をさせてもらうと。約束は違えないさ、
冒険者ではなく
『ギルドラー、ですか』
『ここでは耳にする限り、そうは言わないようだな』
『えぇ、冒険者です』
『詳しい話も聞きたくはあるが、後にするぞ。報酬は私が受け取る金額の三割でどうだ』
報酬が増えるか減るか、それは自分の交渉次第という訳だ。
『わかりました、少しでも高く出来るように話して来ます』
『任せる』
実際、この人ならばジャイアントベアーのように魔獣を狩って、他の町で金に換えることも出来るのだろう。それをしないのはツカサという存在の価値に重きを置いてくれているからだ。
それに、報酬を払うのを当然としてくれている。
利を得るべき人に事情を汲んで耐えろというようなギルドとは、違う。
気づかないようにしていたもやもやとした気持ちが、胸の中に燻り始めていた。
アーサーにコップを返して、ツカサはギルマスの部屋へ向かった。
―――――
「なるほど、買い取りと金額の上乗せか」
タンジャは手を組みじっと考えている。その前に立って回答を待っている時間が、やはり居心地が悪い。
「毎年、秋にマブラの街に銀級を依頼している分を上乗せすればいいかなと」
「定期行事だ、マブラにはそれを目当てにして銀級が来るし、何だったら直接サイダルに来るんだ。他の冒険者の益は奪いたくはない」
タンジャの懸念は、今年そうしてスキップすることで来年銀級が集まりにくいかもしれないことだ。町の存続と冒険者の循環を考えれば、ギルマスとして考えるべき事項ではある。
「だいたい、マブラへの派遣依頼をなぜ話した」
まさかの叱責を受け、ツカサは指先が震え心臓がばくばくと言い始めた。
「この辺のことに疎いはずだろう。言葉もわからないままなら、いくらでも誤魔化す方法はあった」
「で、でも、クーバーを助けてくれたし、ギルマスも謝礼は大事だって、それに騙すなんて」
「町の利益に関わる話はまた別だ」
問題を起こしたのはクーバーなのに、何故自分が叱られなくてはならないのか。何故責められているのか。納得のいかない気持ちと恥ずかしい気持ちで目頭がカァっと熱くなるのを感じた。
もはや行方の知れないクーバーなど度外視で、争点がジャイアントベアーの権利なのだ。
町ぐるみで押しかけようにもソロ狩りを果たす冒険者に灰色と銅で敵う訳がない。ツカサにはギルマスのステータスも見えているが、勝てるかどうかはわからない。相手は【認識阻害】で情報を見せないのだから。
また、実力者を敵に回すのは町のためにはならないのだ。
「他には何か言っていたか」
目の前のツカサが今にも泣きだしそうな顔をしていることに気づいたのか、タンジャは深呼吸のあと、柔らかい声で尋ねた。
「あ…、持っているギルドカードが、この地域のものじゃないから、作っておきたい、って」
声が震えてしまった。タンジャはガシガシと頭を掻き、悪い、と謝った。
「お前に通訳を任せているのは俺なのに、悪かったな。しかしそうか、ギルドカードか。まったくどこから来たんだか」
登録料は銀貨三枚の三万リーディ。
「その分をサービスするというしかないだろうな」
ジャイアントベアーの素材は町で出せる、売れる。行商人にも引き取り手は多い。肉も住民や宿、肉屋、冒険者が非常食の干し肉のために買い上げるので元どころか収益としてはプラスだ。
マブラの街に派遣依頼する金額が銀貨四十枚、四十万リーディとすると、非常に安上がりな結論だ。ずるい、とツカサは思った。結果により自分の報酬にも関わるのだから当然だ。
ふと思った。報酬を割合で提示したのはツカサの利益を認識させ、交渉を自発的に有利に進めさせようという魂胆なのではないか、と。
こちらもずるいとは思うが、タンジャに比べればただやり手なだけだ。
「でも、もう少しくらい乗せておかないと、他の街でギルドに行けば登録料はすぐわかると思う。マブラの街への依頼料は、ギルド間のやり取りだから冒険者にはわかりにくいけど、登録料は誰でも調べられるでしょ、ギルマス」
「それもそうだが」
「今一応、臨時収入になるわけだし、せめてマブラへの依頼料の半分は乗せて、登録料は取った方がいいと思う」
簡単な算数の話し、マブラへの依頼料の半額二十万リーディ、登録料三万リーディを引いて十七万リーディが上乗せの金額になるという訳だ。
ジャイアントベアーの総売り上げが解体費と買い取り価格を除き八十万リーディ程度になるらしいので、マブラへの依頼料、あの人への報酬を差し引いてもどうにか二十万リーディは残る。
いわゆる棚ぼたなのだから、全額を確保するのはいささかやりすぎな気がしてならない。
「毎年銀級に提示している買い取り価格で一体五十万リーディ、登録料を除いた十七万リーディを上乗せして六十七万リーディだ。そうだな、調べればわかることをあのタイプの冒険者に隠し立てはできない」
タンジャの中で漸く諦めと納得が行ったらしい。ツカサに頷いて見せた。
「登録料は支払う分から引かせてもらうが、六十七万、それで買い取ると伝えてくれ。内訳は聞かれたら答えて構わない。それ以上の交渉は悪いが受けられないので、そのままジャイアントベアーを持って行ってくれ、と話しておいてくれ」
これがタンジャの最後の提案なのだということだ。
「わかった」
頷いてギルマスの部屋を出る。
六十七万の三割、約二十万が自分の報酬になる。
ツカサはその報酬に内心でガッツポーズを盛大に取り、足早に酒場へ戻った。
―――――
『よくやった。それだけあれば十分だ』
仔細を伝えたところ、その人はあっさりと了承を示した。
『登録は今からできるか』
『うん、カウンターを見て来たけどあまり混んでなかったし、俺が対応していいってロクシーが言ってた』
通りすがりなので確認もしてきた。かなりうるさいパートがいるバイト先だったので、良い意味で先回りの癖がついていてよかった。
アーサーへ断りを入れその人と共にカウンターへ向かう。ダンジョンから戻った冒険者もいたため、その人と現れるとざわざわ音がひそひそ音に変わった。
『えっと、まずこの紙に、名前と職業と、血判を押すんだ』
『代筆はできるか、文字が読めん』
『わかった、ええと、そしたら先に鑑定していい?全部出るから』
『任せる』
ロクシーに頼み、鍵付きの棚から宝玉を出してもらう。
「そいつ本当に登録するのかい」
「ギルマスの許可は得てるよ」
「まったくどこのギルドなんだろうね?隣の大陸はカードが違うのかね」
「それはわからないけど」
都市部なら情報があるかもしれないが、サイダルくらいの町の規模だと情報も遅い。魔法道具でやり取りもできるが、なんだかんだ進んで情報を得ようとはしていない。
『これに手を置いてください』
冒険者たちが覗く中、迷いなく宝玉に手を置く。
淡く青い光を放ち、ロクシーが背後でほっと息を吐いた。振り返るとばつが悪そうにしていた。
「中にはいるんだよ、赤い光で犯罪者とばれてギルド内で暴れる奴が」
なるほど、ツカサの心配をしてくれていたらしい。なんだか面映くなってありがとう、と礼を言った。危険はないと判断したロクシーはそれ以上何も言わずカウンター業務に戻った。
さて、紙に記載をしなくてはならない。
『消えてしまうので、そのまま手を当てておいてください』
『わかった』
名前:ラング
職業:
スキル:
『パニッシャー?』
『そうだ』
その人の世界の文字で書き写しながら尋ねる。
『あの、これはどういう職業なんですか?』
『冒険者を取り締まり、殺す職業だ』
ツカサは眩暈を感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます