第4話 検証

 アーサーの仕事を手伝い始めてあっという間に一ヶ月が過ぎた。


 酒場は若い冒険者たちでいつも賑わい、調理師免許を持つアーサーの食事は他の町に比べると美味しいらしく大人気だ。この辺での味付けはほとんどが塩のみで、出汁やフォンドヴォーは取らない。だから魔獣の骨で出汁を取るスープは売れるし、牛乳が手に入った日のシチューはすぐに売り切れる。


 日本の食事やファーストフードに慣れているツカサからすると物足りないが、調味料的に今が限界なのだと言う。


 何か流行らせたかと聞けば、チップスと答えられたがそれはすでに原型があったので改良をしただけ。アーサーの言うチップスは、フライドポテトのことだ。


「すごい、毎日が芋の皮むきで終わるね」


「そう言うな、原価が安くて売値も安いが一番売れる、うちの看板メニューだぞ。それに仕込みさえ終わってしまえばあとは楽だろう?」


 そうなのだ。大量に仕込んでさえおけば、あとは油で揚げるだけなのだ。ファミレスバイトで揚げていたポテトを思い出すので調理も出来る。


「いまいちわかってないんだけど、こういう食材どこで手に入るの?」


「野菜は畑やアイテムボックス持ちの商人が持ち込んでくる。肉はほとんどが魔獣だな。もちろん家畜もいるぞ、だがこの国じゃそういうのは貴族のものだ」


「どっちのが美味しんだろう?」


「俺は断然魔獣だな、解体が大変だが装備にも使えるし、肉は美味いし」


「家畜の存在意義は?」


「そうだな、牛乳とたまごかな」


 なんとなくわかった。肉以外は家畜に頼っている、ということだろう。


「アイテムボックスって多いの?」


「サイダルじゃ持ってるやつはいないな、たまーに来る行商人が持っていて、牛乳はそこで仕入れてる。まぁ金級冒険者は持ってる奴が多いな」


「そうなんだ」


 あれから空間収納の機能を検証し始めている。


 どのくらい入るのか、中に入れたものは混ざらないのか。収納したものの時間の進み方は、などを休み時間に試し続けている。


 結果として非常に性能の良い、時間停止機能付きのアイテムボックスみたいなものだった。これは大変なチートである。しかも入れたものは混ざらないので、水を入れて服を入れて鞄を入れて。無くしたくないものは全てしまうようにしている。


 容量もかなり多く、ちまちまと井戸水を汲んでは空間収納にしまっておき、洗い物や調理の際に楽を出来るようになって来た。アーサーにも言えないでいるが、仕事の効率的にバレていそうではある。


 そして夜にはギルマスから渡された本を読み進めた。


 本は旅記りょきだったが、赤い光についても書いてあるのだ。旅行記ではないのかと尋ねたら、旅記だろう?と答えられたので、この世界ではそう言うらしい。


 内容は、旅記を綴っているその人が訪れた場所、出会った人、食べたものなどが記されており、読み進めるとただの楽しい旅行記なのだ。


 しかし不思議なことに見舞われる人で、赤い光を見た後、気づいたら別の場所にいたとか、はたまた違う時には赤い光に自ら飛び込んだり、そして最後には短剣を使い、赤い光を閉じる旅をして、自分の国に帰っている。


「何度読み返しても、これが嘘でなければ世界を越えているよな、この人」


 ギルマスに聞いたところ、趣味でこれを書いて発刊したらしく、ギルマスの手元にあったのもたまたまなのだそうだ。

 引退する冒険者から、故郷に帰るのに荷物を軽くしたいと言う理由で押し付けられたと言っていた。ギルマスも読んではみたが、荒唐無稽な内容に想像力の富んだ人物だと一笑に付していた。ただ、赤い光と言う点でツカサに渡してみたに過ぎない。


 著者は現存するらしい。


 印刷技術が進んでいる隣の大陸で書かれたこの本。


 【自由の旅行者】の著者。


「赤い光を閉じて回った旅が本当なら、きっと知ってる」


 戻る方法を、そしてあの光がなんなのかを。


 会いに行きたい、話しを聞きたい。


 最後のページに書かれた手書きのサイン。


 Lasラス



 少しだけ希望が生まれた気がした。芋を剥くだけの生活が変わるような気がした。


 そのために今は読書と検証を行わなくては。


―――――


 朝、買い出しが終わると昼過ぎまで時間がある。


 十四時くらいからは夜の仕込みが始まり、十七時から戻り始める冒険者の為に酒場が開く。終わりは冒険者が酔いつぶれるまで。流石にアーサーは二十三時を回るとツカサを下がらせた。


 最初の二週間はその生活サイクルに慣れず、空き時間を寝たり読書で過ごしてしまった。何せツカサのそれまでの活動時間は家を出るのが七時、帰宅が早くて十七時、ファミレスバイトも長くて二十一時にはあがる。その後自由時間なので体を動かす時間が若干ずれているのだ。


 慣れてきたら町を見て回った。サイダルは、聞いたところによると国の中でおよそ中心に位置し、今は温暖な気候なものの山に囲まれた田舎町。石畳もなければ水道も引かれておらず、手押しポンプがあちこちにありそれを利用する。


 これからの時期はだんだんと寒くなるので、薪拾いを今以上にしなくてはならない。魔獣から出る魔石を使った暖房器具ももちろんあるが、それは高価なのだ。サイダルには存在しないとアーサーに言い切られた。不便だ、エアコンが欲しい。なお調理場も薪である。不便だ。


 それに、空間収納があったところで拾える薪にも限度はある。薪を拾うのはツカサだけではないのだ。


 町に出たことで学んだこともある。貨幣だ。


 これは先駆者アーサーがいたので非常にわかりやすい。


 おおよそこんな感じだ。


 単価名称はリーディ(R)。


 銭貨が100円 100 R


 銅貨が1,000円 1,000 R


 銀貨が10,000円 10,000 R


 金貨が100,000円 100,000 R


 さらにその上、


 白金貨が1枚で1,000,000円 1,000,000 R


 蛇足だが、商家の娘息子はリーやディがつく名前が多いそうだ。金に関わる名前を付けることで、その加護をもらおうという意味があるらしい。


 サイダルでの物価はだいたい一つの買い物が銭貨で済む。仕入れや数量が増えると銅貨や銀貨と思っていい。

 例えば、アーサーのフライドポテトは仕入れの芋袋が一万リーディ(銀貨一枚)として、一袋で二十食分のフライドポテトができる。フライドポテトの売値は千リーディ(銅貨一枚)なので、単純に一万リーディ(銀貨一枚)の売り上げになる。


 サイダルの冒険者が一日に稼げる金額を調べたところ、六千~二万の幅がある。宿代はだいたい二泊三日食事なしで七千リーディ。じわじわと貯まっていく計算になる。


 ちなみにツカサの給料は一日銅貨四枚の四千リーディ。ギルド暮らしで三食がついている暮らしなので消費が少なく好待遇だ。いずれ装備を整えさえすれば、ダンジョンでもう少し稼ぐことが出来る。


 その場合の問題は、魔獣を倒せるかわからないことだ。検証のためには一人では危なすぎる。


 現在ダンジョンに出ている冒険者パーティに参加することも考えたが、経験のないツカサはパーティを組むと言うよりも、護衛を依頼することになるらしい。その依頼料が七万リーディ(銀貨七枚)と少々出費が大きい。また、依頼料の二割はギルドの収入になる。これは少し後回しにすることにした。



 旅記を手持ちのノートに書き写す作業も行い、少し高かったがギルドで職員用の鉛筆を買い短剣の練習がてら芯を削って使うことにした。シャーペンやボールペンは使い切りたくなかった。


 真っ白なノートは一冊しかなく、ギルドでも販売がない状態だった。もっと都市部に行けば買えるらしいが値段も高く、サイダルでは望み薄。物理のノートと数学のノートにも転記し、さらには教科書の隙間に番号を振って書き込んだ。ギルマスが旅記を持って行っていいと許可をくれれば無駄なことになるが、必ず許可が出るとは思わないでおきたい。ひとまずこうしておけば、都市部で紙を手に入れた時にまた写せばいいだけだ。


 最悪の事態を想定して先回りをすることも、父が教えてくれた。もう少し仕事内容を詳しく聞いておけば良かった。懸念を潰し検証し、どんな仕事だったのだろう。無駄だ要らないと思ってもやっておけばあとで後悔しないだろう、と教えられた。


 ここではそれに倣っておきたい。この場所で、唯一父との繋がりを確認できる作業でもあるから。


 それから、魔法についての検証を始めた。


 MPがあるからには用途があるのだろう、いや、正直に言えば憧れから検証を開始した。


「だってやりたいじゃん!ドーンと炎とか、ズバーンと風とか!」


 憧れは何よりもエネルギーに変わるのだ。ギルマスの本棚から魔法に関する書物を借りたり、ラノベで読んだ覚醒法を試したりした。


 この世界で魔導士と呼ばれる魔法使いにMPマナを流してもらい、どういうものかを手繰ろうともした。


 結果、わかったのはツカサには魔法の才能がないと言うことだった。


 それどころかマナを流されると体調を崩し、サイダルへ来て初めて高熱を出した。


 憧れは憧れのまま、ツカサの悔し涙で流れ出て行った。


 鑑定眼の検証は日々行われた。人に対して、物に対して。繰り返し使うことで熟練度が上がるらしく、今では知りたいと思ったところをピンポイントで見ることが出来るようになった。こういった成長が嬉しく、ツカサは鑑定眼をどんどん伸ばしていった。


 熟練度が上がると情報も増え、簡単な経歴も見れるようになった。これが非常に便利だった。


 町に来る行商人の嘘を暴くのにとても有用だったのだ。特別な地域で仕入れて来たと言う品物が、実はその地域を通ったこともない粗悪な模倣品であったり、どこそこの貴族と付き合いがあるという話が嘘であったり、ツカサは自分の身を守るためにかなり重宝している。


 そして三ヶ月が経つ頃には、ツカサは戦闘を除きほぼ全ての検証を完了させていた。


 【馴染む者】は【適応する者】へと進化を遂げていた。


―――――


 サイダルでの生活が四ヶ月目を迎えた頃、その人物は現れた。


 丁度仕入れが終わり、ツカサはギルドカウンターで顔馴染みの冒険者と話していたところだった。


『冒険者組合はここで合っているか』


 凛と通る声が入り口からカウンターまで真っ直ぐに届き、ざわついていたギルド内が水を打ったように静かになった。


 入口を見遣ると、そこには不思議な格好の男が人を背負い立っていた。


 バイクのヘルメットについているバイザーのようなものが鼻筋までを隠し、露わになっているのは口元だけ。そのバイザーを結んでいるのか、耳辺りから垂れている装飾品がチャリチャリと小さな音を立てていた。


 バイザーから続いているフードは深く被られておりマントは肩から前も隠していて、一見動きにくそうに見える。首から下にも一枚布が脛まで垂れていて、全体的にシルエットが非常にわかり辛い。


「なんだって?」


 ロクシーが怪訝そうに聞き返し、その人が首を傾げたことで理解した。


 この人の言語はツカサだけが理解できている、と。


――変換を発動します。以後パッシブスキルとして発動します。別の変換が必要な場合は再度使用してください。


 これだけは手動で切り替える必要があるのがやや手間だ。


『どうしました?』


 ツカサの問いに表情の見えないバイザーがそちらを向く。真っ黒な黒曜石のようなバイザーから外が見えるのだろうか。


『言葉が通じるようだな。魔物に襲われていたので助けたが、手当てをする義理まではない』


 どさりと床に投げ落とされた冒険者は、顔馴染みの内の一人、クーバーだった。二ヶ月前にサイダルへ来て経験を積んでいる最中の冒険者だ。


 慌てて駆け寄り躊躇しながらも体に触れる。血の滲んだ服の感触がねちゃりと手に伝わり鳥肌が立つ。言語を【変換】し、ロクシーに手当てが必要なこと、この人物が助けてくれたらしいことを伝える。


『ありがとう、クーバーは助かるみたいです』


『そうか』


 マントについた血を気にすることもなく手当てされる様を眺めているその人を不思議に思った。鑑定眼に何も情報が出ない。真っ黒な鑑定窓には一言【鑑定阻害】と表記されている。


 初めて鑑定眼が阻害された。


『ここの町の名前は』


『あ、サイダル、です』


『聞いたことのない名前だな』


 ツカサは深呼吸をした。この人は短い会話でツカサのことを確かめている、試している。


 決して嘘を吐いてはならない、そんな気がした。



 だからこそ、はっきりと尋ねた。



『ここは、あなたにとって異世界ですか?』


 ツカサには見えない双眸で見据えられ、ぐっと背筋が伸びた。


『それが知らない場所を指す言葉であれば、どうやらそのようだ』


 淡々とした声が肯定をし、ツカサの背後で治癒魔法が間に合ったクーバーの起床に歓声が上がった。






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