第3話 仕事

「取り乱して悪かった」


 出身を尋ねたあと、アーサーは手に持っていた野菜を桶の中に落とし、それからツカサをカウンターの向こう側から身を乗り出して抱きしめて大泣きした。


 あまりの大声にまたギルマスが駆けつけ、パーティの作戦会議のために酒場でテーブルを借りていた冒険者たちがぎょっとした顔でツカサたちを見ていた。


 ツカサを抱きしめる光景が、なにか怒りをかって絞め殺される光景に見えたらしい。数人の冒険者が救助のためにギルマスと一緒にアーサーとツカサを引き剥がしてくれた。


 そうして今は果実水を出され、改めてカウンターで二人話し込んでいるわけだ。


「いえ、あの、俺もすみません…え、そうすると俺英語を話しているんですか?」


「いや、この世界の公用語だな、英語ではない」


 アーサーが授業や映画でよく聞く英語を話してくれて、ツカサはそれを理解できないことに困惑をした。


――変換を発動します。以後パッシブスキルとして発動します。別の変換が必要な場合は再度使用してください。


 機械音声が聞こえた後、アーサーの英語が日本語として理解が出来るようになった。


「なるほど、こういうスキルなんだ」


「ツカサ、英語喋れたのか」


「あ、ええと、俺のスキルみたい」


 スキル?と首を傾げるアーサーに首を傾げる。そういえばアーサーのスキル欄にはツカサのような不思議なものはなく、現実に取ったスキルだけがあったように思う。


「あのさ、アーサー、この世界の公用語は自分で覚えたの?」


「そうだぞ、ここに来た頃には右も左もわからなくてな、ギルマスに殴られて気絶したんだぞ俺は。今じゃこうして生きる場所になってるから感謝はするけどな」


 本人が懐かしそうに笑っているので、ツカサも笑えた。だがそうすると、スタートラインはかなり違うらしい。


「こっちに来てどのくらいなの?どうやって来た?」


「英語で話してりゃ問題ないか…、俺はここに来てもう15年にはなるぞ」


「結構長いんだね」


「そうだな。俺の生まれはイギリスなんだが、その頃不況で仕事がなくて、食うに困っていた時だった」


 アーサー曰く、求職して歩いているとき、路地裏から呼ばれた気がして足を向けたのだそうだ。そして、暗がりに足を踏み入れてそのまま穴に落ちた。


 気づいたら森の中、混乱し喚いて騒いで、近くで魔獣狩りをしていた当時銀級冒険者だったギルマスと出会ったらしい。


「言葉はあいつに教わったよ、戦うなんてこと、ゲームならまだしもこの手ではできなくてな、今はこうして酒場の主だよ。調理師免許は持ってたからな」


「そうだったんだ」


 幸運だったかもしれない。【変換】のスキルのおかげで会話が通じる、それだけで有利性が違う。


「ツカサ、スキルって言うのは?」


「えーと、アーサーはゲームってわかる?さっき言ってたよね」


「あぁ、十五年前のゲームならわかるぞ。お前が俺と同じ年代から落ちて来てたらばっちりなんだが」


「キャラクターが覚えるもので、あー、要は使える技みたいなのがあって、俺にはそれがついているみたい」


 アーサーは暫く考えた後、一つ頷いた。


「なるほど、そんなこともあるんだな。それで言語が通じる訳か。勤勉に英語を学んだ訳ではない?」


「ごめん、成績あんまりよくなかったよ」


 アーサーが笑い、頬に軽く拳をあてられる。映画で見たじゃれ合いのようなものだ。


「ところで俺の出身がこの世界じゃないとなんでわかった?」


「運転免許なんて、ここで使う?」


「あぁ、そういうのがわかるタイプなんだな?」


「うん、話しすぎかな」


「他のやつには黙っといた方が良いな」


 カウンターから出て来たアーサーが手招き、ギルドカウンターの方へ向かう。大人しくその後をついていき、アーサーがロクシーと会話するのを変換で公用語に変えて聞く。


「冒険者登録だ?その小僧が?」


「ロクシー、ツカサだ、名前で呼んでやってくれ」


「記憶喪失なんだろう?それが本名かもわかったものじゃない」


 嫌われているのはわかっているが、それにしても嫌われ過ぎではないか。ここに来て五日、ロクシーの迷惑になることはやっていないと思うのだが。


「さっきギルマスとも話したんだが、犯罪歴のチェックをし忘れているんだ。冒険者登録をすればそれもはっきりするだろう?名前だって確認できる」


「そりゃそうだがね、記憶を失っていて、記憶にない犯罪は宝玉が反応しないだろう」


 ピンと来た。なるほど、ロクシーはツカサが犯罪の末、記憶を失い、彷徨っていたと思ったのだ。嫌われていたのではなく、警戒をされていたのだ。犯罪者だと。


「今の宝玉は精度が上がっていて、肉体の記憶そのものを読むんだとギルマスから説明されただろう?物は試しだ、今やってみよう」


 話についていけないが、アーサーの言う黙っておいた方がいい、から冒険者登録までどう繋がるのかがわからない。


 こうなったらアーサーの行動を信じるのみだ。


「ツカサ、文字は読めるらしいが、書けるか?」


「試してみる」


 小声で英語で話しかけられ、慌てて【変換】を行い小声で返す。渡された用紙はごわごわしていて不思議な感触だった。


 名前、職業、血判、スキルの場所があり、ツカサはまず名前のところに記載を試みた。


 司、と書いた文字。手が不思議に動きツカサと書いた。見覚えのない文字だが読めるようになっている、少し気持ち悪い。


「職業どうしよう、俺、迷子になっているよ」


「そこはあとで変更が可能だ、ゲーム的に言うとジョブチェンジができる」


 大変わかりやすいたとえをありがとう。


 ここは素直に迷子と記載する。


 それから血判だ。


「親指を出せ、ちょっと針で傷をつけてここに血をつけるんだ」


 公用語で言われ、少し身を引く。アーサーはツカサの手を掴んで問答無用で小さな箱に指を突っ込ませた。軟膏薬を開ける時と同じだ、上から押すと下にある突起が刺さるようになっている。ちくりとした痛みのあと、傷口確認もしないまま紙にぐりぐりと押し付けられた。


 赤い色がついているのできちんと怪我をしたらしい。痛い。


「これで一旦はOKだ。次は鑑定」


「鑑定?できるの?」


「さっき話してた宝玉だ、それが犯罪歴とか持っているスキルを出してくれる」


「なるほど」


 もうなすがままで行く。


 不承不承ながら両手で持てる程度の宝玉を持ってロクシーが戻って来た。冒険者たちもカウンターの向こうから覗きこんで事の行く先を見守っている。


「触んな、触れるならね」


 つっけんどんに言われ、ツカサはもう何を言う気にもなれず宝玉に触れる。


 ふわりと淡い青色が光り、宝玉の中に名前とスキルが浮かび上がる。隠した方がいいスキルが見えてしまうことに慌てたが、アーサーが英語で「日本語だと思う、俺にも読めない。俺はスキルがここに出なかったんだ」と言われた。


 スキルは知っていてもツカサにスキルとは何かと聞いた理由はこれだったのだ。


 アーサーは地球のスキルしかないため、ここに出なかった。ツカサがこの世界に適したスキルを持っているとは思わなかったのだろう。


「ふん、犯罪歴はないみたいだけどスキルがおかしな文字で浮かんでいるね」


「スキルなんて言うのは本人が把握できればいいんだ、有用なものだといいんだが、それは追々自分で調べるんだな」


 アーサーのフォローに感謝しつつ【変換】を解いて日本語で紙に書きこむ。この文字なら誰にもスキルが読み取られない。


 手続きを済ませたことで気づいた。一人で登録をしていたら、スキルについて話したり、文字について尋ねたりしていただろう。アーサーのおかげで誰にもスキル内容がばれずに身分証が作成できたのだ。


「さぁ、これで灰色冒険者証の完成だ」


 今書いた紙を近くにある水盆にアーサーが放り込む。じわりと溶けて行ったと思ったら、ぷかりと灰色の定期券が浮かんできた。


「魔法ってやつだよ」


「すごいね」


 英語を使い小声でやり取りをする。少し【変換】に慣れて来た気がする。


 今後は肉体とこの冒険者証ギルドカードがリンクして管理され、犯罪を犯せば犯罪歴が、賞金首を殺せば報奨金が、討伐依頼を受けて魔獣を倒せばそれが記録されていく。照会は冒険者ギルドで可能だ。


 しかも本人でないと引き出せない口座を持つことも出来るという。ギルドカード様様である。


「ところで登録料はどうするつもりだい?」


「俺の部下になったんだ、俺が払っておくさ」


 ロクシーの態度が少しだけ軟化したように思える。アーサーが言ったことに反対はせず、三万リーディ、とだけ答えた。銀色の貨幣が三枚支払われた。


「いずれダンジョンに行っても良いが、まずは俺のところでしっかり働いて少しでも金を貯めろ。そうしたら自分で装備を整えればいいさ」


「事情が事情だ、古いもので良ければ倉庫から持って行け」


 そう声をかけてくれたのはギルマスだ。


「おっと、これはラッキーだなツカサ」


「警報は?」


「もう鳴らん。そうだな?ロクシー」


「はん、あたしは盗人かどうか確かめてやっただけさ」


 見守っていた冒険者たちから笑いが溢れる。ツカサは肩を竦めてから笑った。


 ロクシーには鍵の魔法があるらしく、それを解かないで中から持ち出そうとすると警報が鳴るのだそうだ。ギルド嬢になるための条件なのだが、この世界では鍵魔法を持つ人は多いと説明を受けた。鞄に鍵をかけたりして盗難を防げることから、パーティメンバーとしても冒険者から重宝されている人たちなのだ。


 そして最初に信頼を得たからこそ、こうして堂々と持ち出せるのだ。


――使いこまれた短剣。手入れが行き届いている、ダンジョン産。所有者なし。


――記憶の宝玉。


 短剣を選んだことを知らせ、宝玉は空間収納にある財布の中に入れた。


 そうして倉庫を出たが、警報は鳴らなかった。



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