第1話 ミツミネ ツカサ

 三峰司はどこにでもいる高校二年生だ。


 友人と馬鹿げたこともする、思春期らしい下世話な話しもする。一丁前に恋もする。


 そんなどこにでもいる少年だった。


 その日違ったことと言えば、天気が悪かったことだ。どんよりとした曇天は重くて、気圧そのものが視覚的に押しつぶして来そうな、そんな天気。司は天気予報士の声を聞きながら家から出たくないな、と、そんな当たり前で自然な感想を持っていた。


 もしその気持ちどおり仮病でも使っていたら、未来は少し違ったのかもしれない。




「司、朝ごはん食べて早く行きなさい」


「わかってるよ」



 ぶっきらぼうな回答はいつものこと、仕事支度をしている母親は小さくため息を吐く。その音は優しい。



「お弁当、あんたの好きなミニハンバーグ入れてあるから、気圧に負けない、ね?」


「うるさいな、頼んでないだろ。さっさと行きなよ」



 はいはい、と答え、母がヒールを履いてつま先を整える。


 いってきます、の声に、いってらっしゃい、がとても小さく返される。


 三峰家の朝の光景だ、父親は夜勤のあるエンジニアで今朝は不在。働きながら、自分と司の分の弁当を拵える母親と迎える毎朝。それをありがたいとわかっていつつも、素直になれない年齢なのだ。



 そんなありきたりな毎日はその日を最後に終わりを迎えた。


 その出来事は通学途中だった。司は電車に乗っていた。



 誰かがなんだあれ、と呟き、スマホに視線を向けていたり、席を譲りたくなくて寝たふりを決め込んでいた人が顔を上げて窓の外を見た。


 朝焼けが今来たのかと見間違う程の赤い光。曇天を突き破って落ちる何か。



「なんだあれ」



 司も呟いた。電車はスピードを落とすことなく、車内だけが騒然となっていく。


 覚えているのは、ひゅ、と息を吸ったことだけだった。




 ―― 司の記憶はそこで終わっている。




――――――



「―― いやほんと、あれなんだったんだよ」



 わいわいがやがやと賑わう冒険者ギルド併設の酒場で、司はツカサとして存在しテーブルに突っ伏していた。


 あの謎の赤い光は未だ謎のまま。

 この場所に来て4日、ツカサは正直途方に暮れていた。



 異世界転生や異世界転移に憧れはある、実際にそうなったら勉強から解放され不思議な力を得て無双をしたり出来るのだろうと思い描いていた。


 けれど、実際に身に起こるのとではいろいろと違うのだ。


 気が付いたら森にいて、テンプレートのように魔物に襲われ、助けられた。

 言葉は通じたので記憶を失くしたふりをして、一先ずこの町へ保護をしてもらった。



 検問のお金は身の上がそれなので免除されたが身分証がなく、助けてくれた冒険者が一応の責任を持って冒険者ギルドまで案内をしてくれたがそこで解散。


 隣町に行っているギルドマスターが戻ったら犯罪歴や事情を聴取するのでしばらく待機、と言われての四日目だ。



「テンプレすぎる…」



 そしてこの先の自分の身の振り方をどうすればいいのかがわからない。


 もしかしたらどこかの貴族の子息かもしれないとのことで、寝食はギルドから提供されているのは不幸中の幸い。生来の図太さと要領の良さで、それをわざわざ否定することもなく受容出来る辺りはラノベに感謝した。


 受けられる善意とか厚意とかラッキーは受け取っておけよ!と読みながら思ったことも多々あったのだ。


 食事のレパートリーの少なさとパンの固さには言葉を失ってしまったし、トイレがぼっとん式で水洗が恋しくなったけれど、田舎のじいちゃんちを思い出せば乗り切れた。


 我慢ができないのは風呂だ。お湯とタオルを渡されるだけありがたいが、拭くだけでは物足りない。ざばーっとお湯を被りたくなる。



 しかし我儘を言える身分ではない。

 何もしないでいられるわけでもない。


 今まで憧れていたからこそ、どうすればいいのかをツカサはよくわかっていたのが幸運だった。

 まず冒険者ギルドの理解を深めた。今現在もリサーチのためにギルド併設の酒場に居るのだ。



 冒険者ギルドは各国、各村町街に存在している大きな組合だ。


 この町、サイダルは冒険者ギルドで成り立っているようなもので、収益のほとんどが冒険者からと言っても過言ではない。


 サイダルの町のそばにはいわゆるダンジョンが存在し、そこで採れる鉱石の一種が汎用性の高さから定額で買い取り、販売、流通がされるのだ。会話の端々からダンジョン内にも魔物がいるであろうこともわかる。しかも、鉱石は魔物から落ちるらしい。



「まぁ初っ端魔物に襲われたあたり、そういうもんだとわかってたけど」



 厚意で出されている果実水を飲む。水質が悪いらしく、ただの水はサイダルでは高級品だ。煮沸かして茶を淹れるよりは、果物をすりおろした方が薪代もかからない。


 

 そして冒険者にはランクがあり、上から金、銀、銅、灰と下がっていき、スタートは灰色だ。



「うん、そこは俺の知っているものと、大体同じ」



 転生や転移は大体初っ端に金や銀と出会うものだと思っていた。全然出会わない。サイダルにはいても銅なのだ。


 それだけ危険性が低く、冒険者としての依頼達成実績を狙いやすい場所なのだとも言える。そのため、ここにいる冒険者はツカサと同年代だろう年若い層が多い。



 最初にサイダルに入った際、助けてくれた冒険者が通行税を払っていなかったので、移動をする前に冒険者ギルドに加入した方がいいだろう。聞いた限りでは、サイダルに商人ギルドなどは存在しない。


 現状の理解はこんな感じだ。


 日が沈み始め酒場の方に冒険者が増えて来たので、ツカサは宛がわれている小さな部屋に戻る。


 親切なギルド嬢もおらず、カウンターを預かる中年の女性は最初から今までツカサを邪魔者扱いしていた。厚意で果実水を出してくれたのも、貴族の子息かもと提言をしてくれたのも、酒場の強面の主人だった。名前はアーサー。



 今はアーサーの厚意で寝食があるが、ギルドマスターが戻って来て貴族ではないとわかったらどうなるのか。まぁ、アーサーの元でただ働きをして少し基盤を作ればいいだろうとツカサは楽観視している。



 部屋のランプに教わった通り火を入れ、小さな机の上にノートを出す。通学途中だったのでリュックに入っている筆記用具や教科書はそのままここにある。スマホは充電が出来ず、今は鞄の中で沈黙している。



 初日、この部屋に通された後スマホを見て圏外であることを確認し、届くかわからないメールを母に友に送り続けた。いつかどこかで電波が通って、向こうが受信できたらいい。


 とにかく今は必死だった。帰りたい気持ちと泣き叫びたい気持ちが許容量を超えてしまったがために、逆に冷静になっているが、いつか本当の意味で限界が来た時が怖かった。


 ツカサは必死に気持ちを切り替えていたが、それでも、こんなに冷静であれることが不思議でならなかった。



「たぶん、これもまた恩恵ってやつなのかな」



 ステータスオープン、とふざけて言ってみたところ、眼前にステータスウィンドウが表示され、初日はいろんなものに驚いて疲れた。


 もう驚きもなくなった画面を指でなぞる。



 【三峰 司(17)】

 職業:迷子

 レベル:1

 HP:135

 MP:90

 【スキル】

 空間収納

 鑑定眼

 変換

 馴染む者

 


「馴染む者、これだよな、絶対」


 あぁ、なんだか考えることにすら疲れて来た。



 固いベッドの上に寝転がり、ツカサの四日目は終わりを告げた。

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