第23話 お絵描き配信(5)〜たとえ相手に流されそうになっても否定することは忘れちゃいけない(経験談)〜
「このムカデはムカデだけどムカデじゃないんだよ」
「は?何言ってるんですか、ムカデじゃないですか」
「いや、人の話を聞けや」
「……うるさいですね、私の感じたことは全て正しいんです。私の言ったことは全て正しいんです。先輩は何も考えず私の意見を肯定してれば良いんですよ。私が世界なんです」
「……ルイ14世もびっくりの絶対王政だよ」
国家どころか世界を自分だと言うのは、この世に独裁者がどれだけ居ようとこいつだけだろう。
「……そんなことは置いといて、説明を続けるぞ。……実際この絵はムカデを目標として書いてはいる。だけど同時に他のものも目標として書いているんだ」
「他のもの……?」
雪は俺の言葉を聞いて再び画面と睨み合う。
「ほら、良く見てみろよ、何か見えてくるものがあるかもだぞ……?」
「むむむ、見えてくるもの……」
液タブを離したり近づけたりする雪だが、一向に思い浮かんでくる様子はない。
「そろそろ答え合わせでも—————」
「うるさいです‼︎」
……理不尽じゃない?
雪の負けず嫌いが発動したのを見て俺は一つため息を吐く。
コメント欄の方は少数だが分かった人たちがいるらしく、何人か納得した様子のコメントが見られる。
しばらく待った後、もう思いつかないか、と思った俺は答えを示すことにした。
「画面を傾けてみたらどう見える?」
雪は俺の言葉を聞いて、不服そうに画面を傾けてみる。
すると……、
「あっ‼︎」
分かったらしい。
・え⁉︎マジか⁉︎
・凄すぎて笑いしか出てこないw
・いや、天才だろこれ
・は⁉︎これ意図的に描けるのヤバすぎだろ
・まじか……、お前本当に天才だったんだな
どうやら、コメント欄も気付いたようだ。
「これ、傾けると別の絵になってるんですか……⁉︎」
そう、この絵は一見するとただのムカデの絵だが、傾けると同時に俺が雪に指輪を渡している絵になるのだ。所謂騙し絵というやつだ。
普通の騙し絵なら同じ向きで見るために分かりやすいが、今回のは横向きに描かれているので、みんな分からなかったのだろう。
「せ、せんぱいなんですかこれ⁉︎」
「ふふんっ、どうだ、巧いだろ?俺の絵」
「いや天才ですよこれ‼︎すごく自然で違和感が全くない‼︎おまけにちゃんと絵が上手い!すごいですね、先輩にこんな特技があったなんて‼︎」
俺の絵を回しながら割とマジで感動している雪。……そこまで言われると照れるのだが……。まぁ、悪い気はしないけど。
「ま、まぁな、これぐらいはな!」
「先輩、私と一緒に美術部入りましょう!そして天下取りましょうよ、私たちで‼︎先輩の絵があればいけますよ‼︎」
「お、おい、落ち着け!そもそも俺はこういう絵しか書けないから美術部は……、ってお前なんで入部届持ってるんだよ!あっ、勝手に名前書くな!おい、ちょっ、俺の印鑑も勝手に押すなー!」
興奮しながら一心不乱に俺の入部届けを書く雪を何とか止める。
この絵で天下取れるわけないだろ!美術習ってたのに美術舐めすぎだわ!
・マジですごすぎる
・雪ちゃん大興奮で草
・大興奮……?閃いた!
・通報しました
・変態ニキは帰ってもろて
・美術部草
・全国の美術部に怒られろ
・それは舐めすぎてるwww
・いや、入部届持ってるんかーい
・勝手に入部させられそうなジンくん草
・印鑑も持ってんのかよwww
・そりゃあ待ってるだろ、彼女だし
・一般的な彼女は彼氏の印鑑持ってるか……?
・苗字一緒だし自分ので問題ないんだろ
・納得
・勝手に入籍したことになってて草
「……じゃあとりあえずアンケートとるか」
「正直あまり勝てる気しませんけど……」
「なんだ、あそこまで自信ありげだったのに」
「いや、あんな絵を見せられたら勝てないですって。私に美術的な絵がナントカ、とか言っておいて何で先輩がそっち方面で勝負しに来てるんですか」
「別に良いだろ。普通に書いたら勝てないんだし」
そんなことを話している内にアンケートが終了したらしく雪が画面にアンケート結果を映し出す。
メア 39%
ジン 61%
「まぁ、仕方ないですね」
「……お前にしては潔いな?」
「別に?ただ私は素直に先輩の絵にはこの絵では勝てないと思っただけですよ」
「前言撤回、全然潔くねーわ」
ツンとした態度で言う雪のいつも通りの言葉に俺はどこか安心感を覚える。
「……もうさっさと次いきましょう」
「ああ、そうだな、でもその前に一つ聞いて良い?」
「別に良いですけど……?」
「お前約束のこと忘れてないよな?」
「………………何のことでしょう?」
「おいその長い沈黙は何だ?あと、目を見て言え、目を」
「ナンノコトデショウ?」
「どんどん誤魔化すのが下手になってるぞ?」
先程よりも棒読みで言われたその言葉に俺は突っ込みながら、雪に詰め寄る。それからも押し問答は数分間続き、そうしているうちに雪はようやく観念したようで一つため息を吐く。
「……じゃあ、私に何を命令したいんですか?」
うーん、いきなり言われてもな……。
「それは…………まだ決めてないけど……」
「何ですか、えっちなことですか?」
「だから決めてないって————」
「それはそうですよね、私可愛いですしね。先輩がそういうことを要求したくなる気持ちも分かりますよ」
「いや、だから本当に————」
「まぁ、先輩にはいつもお世話になっていますしね?別に少しくらいならそういうお願いでも大丈夫ですよ?」
「おい、ちょっ、お落ち着————」
「で、何をやれば良いんですか?ハグですか?キスですか?添い寝ですか?それとももしかしてそれ以上の————」
「だから落ち着けって言ってるだろーが‼︎」
俺はヒートアップした雪にチョップを食らわせて無理矢理静止させる。
「ううぅ、痛いですよ……、何するんですか……!」
頭を押さえながら涙目で俺を見てくる雪。どうやら暴走は収まったみたいだ。
「俺は本当に何も決めてないんだって。まったく……、お前は思い込みが激しすぎるんだよ。あと今配信中だから!」
「あっ!……うっ、すいません……」
色々とちゃんと理解できたらしい。少し気まずそうに謝ってる雪はコメント欄をチラリと見るとさらに顔を歪めた。
・あっ、メアちゃん正気を取り戻したー?☺️
・いいねー、仲良くて。おじさんニコニコしちゃうよ☺️
・えっちなお願いかー☺️
・へー?メアちゃんはジンくんの願いならえっちなことでも聞いちゃうのかー☺️
うわー、こめかみから青筋が浮き出てる……。雪相当イライラしてんなー。まぁ、俺は他人事だから見てる分には楽しいが。
「もう良いです!いい加減次に行きますよ!ほら、先輩早くボタン押してくださいよ!ほら、早く!」
「分かったわかった!分かったから俺を叩くな!」
俺はパシパシと叩く雪の手を振り払いながらボタンを押す。さて、今回は途中が長引いちゃったし、これで終わりかな……。俺が1時間ほど続いた配信を振り返って、なんだかんだ楽しかったな、と思っていると雪が話しかけてきた。
「そういえば先輩」
「ん?なんだ?」
「先輩ってさっき私が暴走してる時に説得しようとしてくれたじゃないですか?」
「ああ、したな」
「その時私にえっちな願いをしないとは一言も言わなかったんですね?」
悪戯が成功した子供のように微笑む雪。
……くそぅ、またやられた。
「………」
「ふふふっ」
どこかデジャブを感じる笑い。
俺はそんな雪の笑顔に一言も返すことができず、沈黙を守るのだった。
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