第19話 ブロッコリーは小さい森、キノコは小さい家
「お洒落で素敵なお店ですね。良く来られるのですか?」
――いえ、初めてです。友人から素敵な店だと聞いていましたし、しっかりとした個室があるそうなので話をするのには最適かなと思ったんです。それで、今回は思い切って背伸びしてみました。ですが、七篠さんは、お酒があまり好きではないとのことでしたのでその点に関してはすみません。
「お気になさらず。私も決して飲まないというわけでもありませんから。単に醜態を晒す程に飲まれる方が嫌いなだけです」
――そうですか、それならば安心です。それじゃあ適当に頼んじゃいますね。好き嫌いはありますか?
「何でも食べられます」
――食べられるけど苦手なものはありますか?
「……ブロッコリーとキノコが苦手です」
――分かりました、ふふ
「何か?」
――いえいえ、別に。
――さて、食事も揃ったことですし、インタビューを再開しますね。場所やマイク等々、多少の違いはありますが基本的には今までと何ら変わりありませんので。では、よろしくお願いします。
「こちらこそよろしくお願いします」
――まず七篠さんがご実家を出られてからの経緯をまとめますね。
「はい」
――七篠さんは高校卒業と同時に一人暮らしを開始しました。しかし、世間知らず故に、身の丈に合わない家賃の工面やブラックバイトで世間の荒波に揉まれましたと。
「まぁはい。言い回しに棘がある点以外は合っています」
――では、そこから初めていきましょう。書店でのアルバイトと、建設や土木関係で生計を立てつつ貯金をしているところでしたね。その生活はどのくらい続けていましたか?
「一年ちょっとくらいでしょうか」
――つまり成人する頃ですね。その頃の心境をお願いします。
「気分的にはどん底でしたね。お金は順調に貯まってはいるのですが、十分とは言えませんでしたから。家賃に生活費に進学費用、税金、年金、保険。さらに受験費用や入学金のことを考えたら頭が痛かったです」
――彼女さんはそれについて何と言っていましたか?
「進学を目標にしていることについては話していませんでした。というか、書店でのバイト以外は何一つ話していませんでした」
――何故?
「確実に反対されるからです。実際に就職を勧められていましたし」
――それについてどう思いましたか?
「正しいと思います。仮にお金が十分貯まっても、そこからさらに受験勉強もありますから。そして、勿論その間も生活費が掛かります。それもあって、この時期は先が見えずに常にイライラしていました。その矛先が彼女に対して向き始めていることも少しずつ自覚し始めました」
――それは何故ですか?
「ただの嫉妬です。学業に、部活に、バイト。全てに全力で励んでいる彼女が眩しくてしょうがなかったです。劣等感が刺激されてコンプレックスが肥大化していくのを感じました」
――それを伝えましたか?
「言えるわけありません。こんな自分にもプライドはありましたから。醜く、矮小で薄っぺらなものでしたが」
――それは暴力に発展しましたか?
「しました。ですが、もう少しだけ先のことです。この頃はまだ自制心が機能していて、何とか取り繕うことができていました」
――彼女さんのことは好きでしたか?
「勿論です。時間が合えば会っていましたし、少ない時間ながらコミュニケーションは欠かしませんでした。ただ。やはり常にモヤモヤとした不安はありました。私は将来どころか、足元すら覚束無い身分でしたので。会う度に勝手に劣等感を感じて、勝手に落ち込んで、徐々に会うのが苦痛になってきていました。それでも、勿論好きでしたけどね。こんなにうだつの上がらないダメ人間には勿体無いくらいの方でした。真剣に向き合ってくれましたし、適切な距離感も保ってくれました」
――彼女さんは、七篠さんのご家庭のことはご存知でしたか?
「はい、話したことはあります」
――何と言っていましたか?
「『大変なのは分かった。でも、どうすれば良いか分からない。どう接して欲しい?』みたいな感じです。でも、そんなの私にも分からないです。自分のことが一番分からなかったですから」
――彼女さんの家庭はどのような感じでしたか?
「ドラマに出てきそうな素敵な家庭でした。立派な家に住んでいて、両親ともにお堅い仕事に就いていて、家族仲も良さそうでした。本当に羨ましくて妬ましくて、どうにかなってしまいそうでした」
――なるほど。それで、その後の関係はどうなりましたか?
「暫くはそのままの関係が続きます。表面的には仲良くやっていましたが、内面的には苛立ちと鬱屈で一杯でした。彼女も気付いていないフリをしてくれていただけで、気付いていたと思いますけどね。今考えても本当に面倒で滑稽な奴だなと我ながら思います」
――そうですね。私が彼女さんの立場ならスッパリ別れています。
「ふふ、辛辣ですね。でも、それが正解だと思います」
――ですよね?
「ええ、でも傷付くのでもう少しお手柔らかにお願いします」
――仕方ありませんね。はい、鮭カマの一番美味しい部分あげます。これで元気出してください。
「あぁこれはどうも。ジューシーで大変美味しいです」
――こっちのレバーも美味しいですよ? いかがですか?
「それは、ただ単に苦手なだけですよね?」
――分かります?
「顔に書いてあります。でも、体に良いので食べてください」
――はーい。
「それと、私は肉はもう結構ですので、食べちゃってください。松延さんは肉好きでしょう?」
――確かに好きですけど。本当に何でも分かっちゃうんですね。それも注意深く観察すれば分かるんですか?
「松延さんの場合は分かりやすいですから。頬が緩んでいますよ」
――またまた、そんなわけないです。……ないですよね?
「それじゃあ、続きを話しますね」
――ちょっと七篠さん?
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