第15話 金は使わねば学べない、しかし無ければ使えない
――何故ですか?
「私の無知故です。非常識と言っても良いでしょうか。高校卒業までに百万ほど貯めていたのですが、既に多くを費やしていました」
――え?
「笑わないでくださいね? 当時の私は、家賃だけを払えば部屋に住めるものだと考えていたんです、はは。実際には、家賃に加えて、敷金二ヶ月分、礼金二ヶ月分、仲介手数料一ヶ月分、保証会社を通すのにさらに一ヶ月分、他に火災保険やら鍵交換代やらですね。さらに家具も揃えたら……もう笑うしかなかったです。何でこんなに家賃の高いところを選んだのかと自分を責めました。立地の良さや外観の格好良さなんて本当に必要だったのかと」
――下調べをすべきでしたね。
「ですね。ただ言い訳をさせて貰えば、今ほどインターネットに手軽に接続できる時代でもありませんでしたから。スマートフォンも無い時代でしたし、当時はPCに触ったこともありませんでした。周囲の大人に意見を聞こうにも『止めとけ』だとか『まずは親御さんと話し合ってから』って感じでしたし。まぁ馬鹿正直に尋ねないで、もう少し上手いやり方をすれば良かったとは今なら思いますけどね」
――それからどうなさいましたか?
「バイト先を探しました」
――就職先ではなくですか?
「まだ進学を諦めきれていなかったんです。それで就職を躊躇っていました。社会人として生きる覚悟が無かったというのもあると思います。やっと自由になれたんですから、もう少しだけ好きに生活したかったんです」
――……なるほど?
「そのように呆れた目で見ないでください。幼稚であったのは自覚しています。でも、しょうがないじゃないですか。ずっと我慢して生きてきたんです。人生で一度くらい好きに生活してみたかったんです。ほら、よく言うじゃないですか。子供の頃にゲームやお菓子を買ってもらえなかった子供は大人になってからタガが外れたかのようにハマるって。それですよ」
――聞いたことはあります。
「一人暮らしを開始したばかりの当時は、もう何もかもが楽しくて仕方なかったんです。全てが輝いて見えました。世の中にはこんなにも、それこそいくら時間をかけても消費し切れない程に多量のコンテンツが溢れていたのかと」
――ですが、その生活は金銭的にも危険なのでは?
「それは勿論そうですよ。ですが、どうしようもなかったです。結局ですね、お金や時間の使い方は実際に使ってみなければ学べないんです。小遣いも与えられず、我慢を強いられてきた子供が自由になれば、それはもう夢中で使いますよ。自制心という名のブレーキがぶっ壊れた状態です。……という言い訳でどうでしょうか?」
――悔しいことに一理あると思ってしまいました。
「ですよね。そうです、仕方がないことなんです。この時期の私は、ある意味では、お金の使い方を〝必死に学んでいた〟とも言えるわけです」
――本来の意味では、ただ遊んでいただけですけどね。
「はは、こればかりは反論できないです。……松延さんに将来子供さんができた際には、私みたいにならないように気をつけてあげてくださいね。締め付け過ぎはよくないです。後で必ず反動がきますから。それよりも、親の庇護下にあるうちに、ある程度の裁量権を与えて出来るだけ多くの経験をさせてあげてください。失敗しても良いんです。むしろ失敗した方が良いです。それが将来掛け替えのない財産になりますから」
――やけに自己弁護感が強い発言であるのが気になりますが、憶えておきましょう。しかし、七篠さんの場合は計画性に問題があり過ぎます。進学という目標があるならもう少し慎重になるべきでは?
「……面目ない」
――身近に止めてくれる方は居なかったのですか?
「当時お付き合いをしていた彼女に再三の注意を受けていました。真面目で堅実な方だったので。私のだらしなさが許容できなかったのでしょうね」
――馴れ初めは?
「高校時代の同級生です。引っ越した先が彼女のバイト先に近かったようで、偶々駅で再会したのを機に交際に至りました」
――高校時代には仲は良かったのですか?
「いえ、あまり接点は多くありませんでした」
――なるほど。
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