容姿が醜い魔法使いが愛したのは、死にかけの美しいお姫様でした。

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姫が願った世界


 とある国に、若く美しい姫がいた。


 彼女は明るく優しく、誰からも好かれていた。

 だが姫は不治の病に侵され、余命は幾ばくしかなかった。



 それを聞いた王は嘆き悲しんだ。どうにか助けてやりたいと国中の名医を頼ったが、姫の病を治すことは叶わなかった。



 焦った王は、姫の病を治した者を彼女の夫とするというお触れを出した。


 我こそはと医者や呪術師、薬師などが名乗りを上げたが、どれも失敗してしまう。



 王は怒り狂い、それらを鞭で叩いたあと、処刑してしまった。


 金でも玉座でも。何でも望み通りのものを与えるから、誰か姫を助けられるものはいないのかと喚き散らした。民は王の乱心に怯えたが、一部ではそれほどまでに娘を愛しているのだと同情する者もいた。



 王の他にも、姫を心配する者がいた。王城に勤めていた、お抱えの魔法使いだ。


 彼は国一番の魔法の使い手だったが、城の者たちからは不気味がられていた。幼い頃に負った火傷を隠すため、常に頭からローブを被っていたためだ。



 怪しい容貌と、かたくなに顔を見せない魔法使い。闇の禁術を使っているのでは、と陰で噂されていたが、彼の姫を想う気持ちは純粋なものだった。


 こんな自分が姫を助けたところで、醜い自分では夫になれないだろう。


 己の顔を呪い、歯噛みする。


 そんな魔法使いだったが、ある日彼は姫に呼び出された。




「私をひと思いに殺してほしいの」


 自室のベッドに横たわる姫は、ローブの裏で驚く魔法使いを射抜くように見つめた。


 弱々しい声には、確固たる意思が込められていた。紛れもない本心なのだろう。



「どうしてそんな事を……」

「どうして、ですって? 私はみじめな最期を迎えたくないの。貴方知ってる? ちまたでは娘のせいで王は狂ったと言われているのよ? 病が襲った悲劇だって。これが本当に悲劇だと言うのなら、自分の手で幕を引きたいの」


 姫の覚悟を聞いた魔法使いは息を飲んだ。



「お願い。大好きな国と民。この美しい世界を自分の手で汚したくないの」


 この国を愛するが故に流れた涙は、どんな宝石よりも美しいと思った。




 魔法使いは悩んだ。


 何も戦う術のない、威勢だけの小娘を殺すのは容易たやすい。だが姫を殺せば、間違いなく死罪となるだろう。むしろ共に死出の旅ができるのなら、それも良いかもしれないが。


 そう思う一方で、本当に姫の命を奪うべきかという疑問が浮かんだ。



 魔法使いにとって、姫は憧れの存在だった。


 美しさ、権力、金、人望。


 自分には無いものを彼女はすべて持っていた。


 殺すのではなく。そんな彼女を、自分が手に入れることができたら――。




 悩んだ挙句、魔法使いは姫のお願いを断った。


 それどころか、彼は本物の闇の禁術に手を出すことに決めた。




「これで姫は僕のものだ。この国も、すべては僕のもの……あははは!!」


 血に塗れた玉座で、高笑いを上げる魔法使い。


 彼は国民の命を代償に、姫を不老不死の存在へと変えることに成功した。




「私は貴方を夫として認めるつもりはありません」


 真っ白なシーツが敷かれたベッドの上で、一糸纏いっしまとわぬ姿の姫はキッパリと告げた。


 一度は死にかけだった彼女もすっかり健康体となり、シーツよりも白かった肌も今では朱を帯びるほどになっていた。



 対して蒼白となっているのは、魔法使いの方だった。せっかくすべてを犠牲にしてまで姫を助けたのに、これでは話が違う。



 ベッドに組み伏せ、無理やり我が物にしようとした。だが姫は断固として、彼を伴侶として認めようとはしなかった。




 そうしてひとつの豊かだった国が消えた。

 鴉が空を舞い、死肉を突きまわる死の国へと変貌した。


 国が崩壊したという噂は風に乗り、隣国へと届いた。



「傾国の姫、か。よし、我が救いに向かおう」


 隣国の勇敢なる王子がその噂を聞き、姫を助けんと立ち上がった。


 強欲な彼は、国ひとつを滅ぼすに至った姫に興味が湧いたのだ。



「邪悪なる魔法使いにより、とらわれの身となった哀れな美姫。彼女こそ、我の伴侶に相応ふさわしい」


 りすぐりの精鋭たちを引き連れ、隣国の王子は死の国へと進軍した。




 王子の意気込みとは裏腹に、姫を救う旅は拍子抜けするほど順調だった。


 何事もなく国境を越え、骨が散乱する街道を通って王城へとやって来た。



「おお、うるわしき姫よ。正義の使者である我がお迎えに参りましたぞ」


 無人となった王城の謁見の間にて、隣国の王子は目的の姫を発見した。



「ありがとうございます、善の心を持つ隣国の英雄よ。私は貴方をお待ちしておりました」


 美しい白のドレスを身にまとった姫は玉座から立ち上がり、ひざまずく隣国の王子に微笑んだ。



 その姿は、死に掛けていたとは思えないほどに美しい。美女を飽きるほど見てきた王子ですら見惚れるほどの美貌だった。




「英雄様。どうかあの者を救ってやってはくれませんか」


 謁見の間には、元凶である魔法使いの姿がなかった。姫に居場所を尋ねると、彼は王城の地下牢にいると言う。



「なんとみにくい……」


 姫に案内され、王子たちは地下牢へと向かう。



 光は差し込まず、湿り気のある重苦しげな空間。彼女の言う通り、たしかに魔法使いだったものはそこにいた。


 禁術の影響なのか、身体はグズグズに崩れ、僅かにうめき声を上げるだけの存在へと変わり果てていたが。



「たす、けて……」

「あぁ、今解放してやる。来世では、美しい存在に生まれ変われることを祈っているよ」


 王子は豪華な装飾のされた宝剣を振り上げると、魔法使いを一刀両断にした。



「――して」


 上半分になった怪物は、死ぬ間際に何かを呟いていたが、結局それは王子の耳には入らなかった。


 頭部と思しき部分の瞳は悲しげに光っていたが、それもやがて暗闇の中に溶けていった。



「さぁ、愛しの姫よ。君に相応しい場所へと帰るとしよう」

「――はい」


 我欲に溺れ、闇の禁術に手を染めし悪の魔法使いはこうして終わりを迎えた。


 隣国へと連れられた姫は温かく迎えられ、宣言通り王子の妻となった。




 十年が経ち、姫は王妃となり、王子は王となった。


 二人には子供は生まれなかったが、代わりに王妃は自分と同じ顔の孤児たちをどこかから拾ってくると、実の子供のように可愛がった。


 孤児たちは天使の子と呼ばれ、美しく成長した彼らは姫が生まれ育った国に住み始めた。



 いつしか城は昔以上に美しくなり、街は民であふれた。天使の子の手によって、一度死んだ国は生まれ変わったのだ。


 それはかつて姫が死の間際に願った、美しい世界かどうかは、誰も知らない――。






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