第64話 ナルメシアさんという人

 みんなとの別れはさびしくてしょんぼりしていたんだけども、またみんなとも会える! なんてたって旅ですよ! この異世界にきて初めての旅行だったりしますよ!


 期待するなって方がおかしいでしょう。でも本当におかしいのはこのナルメシアさんです。僕の攻撃をさらりとかわし、すれ違いざまに頭を木刀でうたれ僕はあえなく気絶する。


 上には上がいるもんだね! と僕はちょっと魔法学校対抗戦で優勝して、四天王の1人に勝って慢心まんしんしていたと恥ずかしくなった。理由が分からず、何度やっても木刀で撃たれ気絶していた。気絶から復活した瞬間、


「僕はどうしてこんなにやられるんですか?」


 ナルメシアさんに聞いてみた。


「それが君の実力よ?」


とにこやかに微笑まれるだけという。


 そうなのだ。この先生は厳しい。まず何も教えてくれない。けれど「稽古をつけてください」というと、一度たりともその申し出を断られることはなかったのだった。


 例えば「君は相手にならないから」といって放っておいても、「私の任務に君の訓練は入ってないから」とドライに断ってもいいはずなのに絶対に断らない。


 シャルリエーテ様は僕がコテンパンにのされているのを見て、


「大丈夫ですの?」


と心配してくれている。


 シャルリエーテ様も一緒に訓練したいという話もでて、一緒に訓練するのだがシャルリエーテ様が気絶するまで木刀で叩きのめされることはなかったのだった。


「これは差別です! 均等な対応をお願いします! 端的たんてきにいうと僕だけ気絶するまで叩きのめさないでください!」


 そう言ってもナルメシアさんは


「それが君にとって一番良い訓練よ?」


と真顔で言うのだった。


◇ 


 そうは言われても、僕だってレベルアップしたいのだ。だから僕は現状の使える強化魔法を自分にかけ自在に操作つつ、2人の訓練を見るという方向に変え、僕は自由に操作できる強化魔法の数をさらに増やすという訓練をしようと思った。


 何度も何度もナルメシアさんとシャルリエーテ様の戦闘訓練を見ているうちに、もっとよく見えるようにならないかなと思った。


 ナルメシアさんが速すぎて見えないなぁと思いながらも、もっと見えるようにならないかなと30個くらいの操作していた強化魔法の1個をなんとなく目にかけた。


 本当に偶然だったのだが、それが僕の見える世界が大きく変わった瞬間だった。


 まずスピードが遅く感じるようになった。速すぎて見えないと感じていたナルメシアさんのスピードが、きついけど対処できないほどのスピードじゃないと思えるくらいに。そしてシャルリエーテ様の方はちょっと遅いかなと失礼ながら思ってしまうくらいに。


 僕の見る世界が一変した。


 そこから先の時間はナルメシアさんのしていることと、その結果をみてナルメシアさんの思考回路を考えるということにつぎ込んだ。


 正直に言うと気絶するのが嫌だったしね。


 けれど僕の強化魔法で強化した両目で、見れば見るほどナルメシアさんは、シャルリエーテ様に明らかに手加減してるのが分かる。


 ナルメシアさんの全身を俯瞰ふかんして注意深く見る。


 フェイント、フェイントの目線、肩や手そして足の力の入れ方や踏み込み具合等で、思い通りにシャルリエーテ様を意のままに動かしているのが分かった。けれどシャルリエーテ様は相手の意のままに誘導されていることに気付いていない。


 もうそれが分かっただけでナルメシアさんを敵に回したときの危険度は、僕の中で今まで経験したことがないレベルで警鐘を鳴らしまくっていた。この人を絶対に敵に回してはならないと、命がいくつあってもたりないと、そう思わせるには充分だった。


 けれど、だからこそ僕はこの凄いナルメシアさんの技術を盗もうと、僕なりの練習方法をひねりだし必死に訓練をする。


「オリタルト? あなた最近何もしてないようですけど大丈夫なんですの?」


「大丈夫です! 僕はナルメシアさんの対策に余念がありませんよ!」


と元気に答える。それでも心配なのか


「本当にですの? あんなに気絶させられて、すっかりやる気をなくしてしまっているかと思ったのですけれど?」


「僕はそんなにやわじゃありません。この魔法学校に入学して、あきらめたりは絶対しないってことを誓ったんです」


と胸を張る。けれどナルメシアさんの攻略の糸口が全く見えてなかったら、前言撤回で全くダメだったかなとは思うけどね。


 でもそんなことは気にしない。いつも通り僕はいつもの訓練を始めるのだった。もし言葉をかけてこなくても、僕に教えていてくれているのは間違いないのだと気付いたことがあった。


 武術には型がある。けれど型というか特別な縛り? をいれてナルメシアさんは戦っているのではないかと。


 何度も何度も見ているうちに最初はただのフェイントでシャルエーテ様を動かして1本。次は目線のフェイントで1本、その次は肩や手そして足の力の入れ方のフェイントで1本。さらに踏み込みでシャルリエーテ様を動かして1本をとっていた。


 ナルメシアさんがこの順番を忠実に守り繰り返し、実はループさせていることに気付いた。


 この順番のループがナルメシアさんが駆け引きを覚えなさないと僕に暗に示していた縛りなのではないかと。順番通りにして実践してみせるから、それに対応してみせなさいと。


 本来はこんな面倒なことして戦ったりはしないだろう。縛りのあるループを見せてくれているならば、それを利用する僕なりのループ破りを見せない訳にはいかないなと気合を入れる。


 そんなことを考えながら僕はナルメシアさんとシャルリエーテ様の戦いをずっと見ている。ナルメシアさんは実戦経験も豊富なのだろう。戦い方は実に狡猾こうかつすきがない。


 それは狡猾な戦い方のまさにお手本といえるものだった。


 その戦い方を見る中でフェイントの使い方とその対策を、僕は一つ一つナルメシアさんとシャルリエーテ様の戦闘訓練を見て学んでいったのだった。



 ナルメシアさんの傾向と対策は僕の中ではある程度完成した。


 目標は今まで10秒ほどで気絶させられていたので、せめて30秒くらいは立って動いていたい。それくらいの小さな目標をまず立てた。小さい目標を立ててステップアップしていく。僕にあった作戦といったらこれだろう。


「ナルメシアさん! 僕も次、稽古をつけてもらってもいいですか?」  


「いいわよ。かかってきなさい」


 ナルメシアさんはいつも通りだ。断るでもなく面倒くさがるわけでもなく。平常心は乱れない。そして僕もそうありたい。感情を乱される時点で相手の術中にハマっているのと同じだからだ。


 深呼吸してナルメシアさんを見る。その隣に心配した顔をしているシャルリエーテ様が見える。あまり心配ばかりかけてもいけないかと気を引き締める。そして強化魔法を魔力操作して両目と両手両足、すね等の強化したい部位にそれぞれ操作して準備完了。


 僕は瞬時にナルメシアさんの間合いに踏み込んで、まっすぐ木刀を振り下ろす。ナルメシアさんは予想通り回避を選び、木刀で僕の胴を狙いに来る。


 それを後ろへ飛び、ぎりぎりで回避する僕。今までなら何もできずに、ここで気絶で稽古終了だった。


 まずはナルメシアさんの行動が見えて対処できた。第一段階突破だ。喜んでいるとすぐさまナルメシアさんはこちらへ間合いを詰めてくる。そして左へ体を移動させるとみせかけて正面から切り込んできた。


 速すぎてこれってフェイントになるのか!? と思ったりもするけれど見えていればフェイントになり、見えない程度の相手ならそこまでだ。


 僕は大丈夫。しっかり見えている。左へ釣られずしっかりと正面からの一撃を防ぐ。手加減してくれているんだなというのがその一撃を受けて分かった。くらえば気絶してしまう威力だけど、死にはしない。ナルメシアさんの実力なら木刀だろうとまともにくらっていれば、死んでいてもおかしくないのだ。


 色々と考えている間にも次々に攻撃をしかけてくる。目線のフェイントも肩手足の力の入れ方でのフェイントもかろうじて回避した。


 そしてナルメシアさんの訓練の型の最後、踏み込んで相手を動かしてフェイント。けれど来るのが分かっているフェイントなど既にフェイントではない!


 だからナルメシアさんが僕に踏み込んでくるフェイントにあわせて、ナルメシアさんが左右どこに避けられても対応できるように木刀を横からぎ払う! 

 

 それを見たナルメシアさんは、防ぐでもなく左右に回避するでもなく後ろへ飛んだ。そして僕の顔をみて


「やっぱりそうでなくっちゃね。魔法学校対抗戦の優勝校のリーダーが、こんなていたらくではつまらない。分かってきたじゃない」


とナルメシアさんがニッと笑って踏み込んできた後、フェイントのループを崩し目線でフェイントをいれ右に動かされ、踏み込みのフェイントで後ろへ動かされ、体勢をくずされたところをトドメとばかりに木刀を頭に入れられ僕はまたしても気を失った。


 次に気がついた時には、僕はシャルリエーテ様に膝枕されていた。


「あら。起きましたの? もうちょっと寝てるといいですわよ。頑張ったサービスです」


と顔を真っ赤にしたシャルリエーテ様が目の前にいた。なにがなんだか分からない僕だったが


「負けちゃったんですかね?」


と聞いてみると、


「『大健闘!』ってあのナルメシアが言ってましたわよ。あのいつも無表情なナルメシアが笑っているのなんて初めて見ましたわ」


「そうですか」


と答え、記憶を探りナルメシアさんがしてきたことを思い返す。


 2つのフェイントを効果的に使い僕の体勢をくずし止めを刺す。一言で言ってしまえる内容だった。けれどそれを実践してみせたというところがナルメシアさんの凄いところだ。


 フェイントの複合技か……考えたこともなかったなと、僕はただただ、とんでもない技術に感動するのだった。あとシャルリエーテ様の膝枕も幸せだった。



 ☆ナルメシア視点☆


 7年連続最下位のエルバラン魔法学校を率いて、1年生でリーダーとして優勝へと導いたという。その話を聞いて、私はオリタルト君に興味を持った。


 どんな人物かと正直、期待していた。会ってみたときの第一印象は優男でいつもニコニコしてて苦労したことなんてなさそうな顔をしている子だなと思った。それを見てすんなり私はこの子に教えるのはやめようと思った。最初から教えるつもりはなかった。


 それでも教えてくれというから10秒で叩きのめしてやった。気絶してなさいと、

それがこの子にはお似合いだ思ったのだ。


 そしたら稽古をつけてくれとは言わなくなった。一人で何かしつつ私とシャルリエーテ様の訓練をじっと見ているようになった。何を考えているのか分からなかったが、私は気にせずクライアントであるシャルリエーテ様の訓練を続けていた。


 シャルリエーテ様の訓練は仕事だ。お金をもらっている。仕事は完璧にする。それが私の信条だ。けれど私は自分の訓練もしたい。だから自分にしばりをいれていた。


 そう、フェイントを順番通りにいれて戦うというものだ。これはこれで私にもいい訓練になる。どういうタイミングでフェイントを入れられるかという訓練になるからだ。


 実際お金をもらってないオリタルト君は速攻で叩きのめしてるわけだし。


 抗議してきたけど「それが君にとって一番いい訓練よ?」と言われれば黙るしかないだろう。男なんてそういうものだ。


 そういう日々が続いていたが、ある日突然、オリタルト君は急に稽古をつけてくれといいだした。私はまたいつも通り10秒以内に気絶させるつもりだった。それがだ。おかしいのだ。


 瞬時に私の間合いに踏み込んできて、まっすぐ木刀を振り下ろしてきた。私は回避を選び、木刀でオリタルト君の胴を狙った。いつもならここで終わりだ。何も反応できずに私が叩きのめして終了だ。そのつもりだった。


 それを後ろへ飛び、ぎりぎりで回避してきたのだ。


 私の行動が見えて対処してきた? この短期間に? まさかそんなことがありえるの? と私はそんな疑問を打ち消し、そんなことはないだろうと思った。


 私はすぐさまオリタルト君との間合いを詰める。


 そして私は自分縛りのルール通りこの子が反応できないであろうフェイントを左にいれて、そのまま正面から頭を叩き、気絶させて終わるつもりでいた。


 見えているならフェイントに釣られなかったことをめるべきだろう。けれどこの子は私のフェイントに釣られず、さらに私の正面からの一撃をきちんと防いで見せたのだ。


 これに私の好奇心は刺激された。まぐれかどうか確かめてやろうじゃないと私は思った。次々に攻撃をしかけた。目線のフェイントもいれた。肩手足の力の入れ方でのフェイントも入れてみせたが回避してきた。


 そして私の自分縛りのルールの最後、踏み込んで相手を動かしてフェイント。これで本当に見えているかどうかが分かる! だから私は横から薙ぎ払うように踏み込んでみせて、この子が後ろに下がったところを頭に木刀を叩きつけるつもりでいた。


 ところがこの子は私のフェイントを意にも介さず、左右どちらに私が避けても対応できるように木刀を横からぎ払ってきた。 

 

 それを見た私は防ぐでもなく左右に回避するでもなく後ろへ飛んだ。それしかなかった。


 そして、何も教えてないのにも関わらず、こんな短期間で急成長してきた子を私は見たことがなかった。これは面白い子が出てきたものだと思って話しかけた。


「やっぱりそうでなくっちゃね。魔法学校の優勝校のリーダーが、こんなていたらくではつまらない。分かってきたじゃない。」


と私はニッと笑って踏み込んで、目線でフェイントをいれオリタルト君を右に動かし、踏み込みのフェイントで後ろへ動かし、体勢をくずしたところを木刀で頭を叩きオリタルト君を気絶させた。


「大健闘!」


と私は思わずこのオリタルト君を称賛しょうさんし笑っていた。こんなに素直に笑ったのはいつだっただろう。気絶したオリタルト君を見て、ちょっとこの子に期待してもいいのかもしれないと考えなおしている私がいた。


 けれど、シャルリエーテ様が何か不思議なものを見るような顔で私を見ていたので、そそくさとこの場から私は退散したのだった。

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