第33話 カガリ先輩の過去

 カガリ先輩を探しだし、緊張する自分に落ち着けといいきかせる。


「カガリ先輩はみんなと一緒に訓練はしないんですか?」


「私はそういうの、興味ない。」


と一刀のもとに切り捨てられた。僕はへこたれず自分の目がみたものを信じた。


「あんなに興味津々でみんなの話を聞いていたのにですか?」


「そ、それは……」


 図星か。みゃくはあると思った。


「僕の訓練に参加してくれればカガリ先輩の身体能力、魔法の威力と精度があがるように全力を尽くしますよ?」


「なんで1年が2年の私にそんなことを言うんだ?」


不審ふしんがる。それはそうだろう。


「『勝たなければならない相手がいる。』そう聞いたので。」


「あの1年、確かシャルリエーテといったか。あいつから聞いたのか……」


「そうです。どうしても勝ちたいなら僕たちと訓練をした方がきっといいですよ? あとはカガリ先輩のことを話すとき、みんながよく言っている『孤独で孤高ここうでカッコイイ!』なんて僕には分かりません……!」


 試験に落ち続けた前世は孤独だった。就職して前に進む友人たちとは共通の話題を話せなくなり、いつしか僕はみんなと連絡をとらなくなっていった。


 そこには負け続けたみじめな現実しかなかった。孤独や孤高なんて言われる状況のどこにいい所なんてあるんだろう。


 ましてや、それがカッコイイ? カガリ先輩と前世の僕とでは、周囲の状況は違いすぎて比べてはいけない気もした。


 けど、それでもその言葉はあまりにも他人事にみえて……だから、その言葉を甘んじて受け入れているカガリ先輩を放っておけなかったんだと僕は思う。


「先輩が勝たなければならない相手って誰なんですか? もちろん先輩がよければですけど……力になれるかもしれません。だから詳しく教えてもらえませんか?」


と僕が本当に真剣な目をして問いかけているのを見て


「仕方ないか……それは私の姉だ」


と、ぽつりぽつりとカガリ先輩は過去の自分の話をしてくれるのだった。


「私にはツグミっていう姉がいてな。小さい頃は本当に仲の良い姉妹だったんだ。姉のツグミは新しいことにすぐ興味をもって、どんどん新しい技術や知識を身につけていった。」


カガリ先輩は昔を思い出しているのか。懐かしそうに話していた。


「私は姉に追い付こうと姉の真似ばかりをしていた。でも姉は、次から次へとどんどん先に行ってしまう。それでも私は必死になって追いかけた」


「凄いお姉さんだったんですね」


と僕もカガリ先輩のお姉さんに興味を持った。


「でも、いつからだろう? 両親はそんな私たち姉妹をみて姉ばかりをめるようになっていった。『ツグミに比べてカガリはまったく困った子だね』というのが口癖のようになっていったんだ。」


「なるほど」


「姉と比べられるのが日常になって、それが苦痛になったのはいつからだったのか思い出せない。記憶からも消えてしまうくらいの昔の話」


 仮にもし僕にも兄がいたとして、親からなにかにつけて比べられたとしたら、それは嫌だなぁと思った。


「姉は当然とでもいうかのように風属性の名門、ネクサス魔法学校に進学した。けれど私はネクサス魔法学校には進学せずエルバラン魔法学校に進学した。もう姉と比べないでくれというのが私の本音だった。」


 僕は相づちをうちつつ、話をきいていた。


「エルバラン魔法学校に行けば姉もいない。もう比べられることもない。そう思っていた。だが現実は違った」


「というと?」と僕が聞くと


「私が入学してすぐクラス対抗戦があり、そこで私はリーダーとして1年生で優勝した。学年別対抗戦で上級生と戦ったんだ。その時の対戦相手の上級生から『お前。ネクサス魔法学校のツグミの妹か?』と聞かれた。」


カガリ先輩は当時を思い出したのか、ため息をついて


「私は『はい、そうですけど?』と聞き返したら『お前の姉貴は凄いな。俺とは別次元だったよ。自慢の姉貴だろう? お前も姉貴に追い付けるように頑張れよ!』と言われ、私はここでも姉と比べられてしまうのかと、姉から離れても姉より下だなと言われてしまうのかと思った。」


 僕はここはもの凄く重要かもしれないと思って聞いていた。


「そんな自分がすごく嫌だった。そんなことを考えてしまう自分が好きになれなくなっていくのを感じた。姉のこともほんとに嫌いになってしまっていた自分がいた。本当にどうしたらいいのか分からなくなってしまった。だからみんなから距離をとるようになったんだ」


 僕は黙ったまま、けれどうなずきカガリ先輩が話す内容を注意深く聞いて考えていた。


「それでも今年こそはクラス別は当然として学年別対抗戦で優勝し、魔法学校対抗戦にでて姉を倒すんだと心に決めていた。それが今回お前たち率いる1年生にすら負けてしまった。自尊心は打ち砕かれ強がりも何も言えない。そんな自分がいるんだ」


とカガリ先輩はお姉さんとの因縁いんねんを話してくれた。嘘偽りはない、今のカガリ先輩の本心を話してくれたんだと僕は感じていた。


 そして今までの話を全てふまえたうえで、


「カガリ先輩はお姉さんが嫌いなんですか?」


と僕はそう聞いた。


「そうだな、私はいつしか姉が嫌いになっていた」


「本当にそうなんですか? お姉さんと比べられるのが嫌なんじゃないですか? カガリ先輩のお話を聞いていると、お姉さん自体はカガリ先輩に特に何もしてないように感じました」


「それは……そうなんだが」


と戸惑うカガリ先輩。


「その、ちょっと言いにくいんですけど……カガリ先輩にツグミお姉さんのことを話した上級生の方は、心からお姉さんを凄いと思って追い付けるように頑張れ! ってカガリ先輩を励ますつもりで言ってくれたんじゃないかなと僕は思いましたよ?」


「いや、だが私は……!」


と拳を握りしめるカガリ先輩。


 それを見て、根が真面目だから自分をここまで追い詰めちゃったんだろうなぁと僕は思った。


「そうですよね。僕も自分がカガリ先輩と同じ状況にいたとしたら『全てが勘違いだった。だからお姉さんは悪くない』と言われてもきっと納得しないと思います。」


 僕も別にやりたくもない資格試験を12年も受け続けそして12回落ち続けた経験が無駄にある。


 隣で「1年で受かりました」って、兄がぬけぬけと言い出したら後ろから蹴とばしてやりたくなるだろう。い~~や、絶対におもいっきり後ろから蹴とばすね。


 大喧嘩勃発おおげんかぼっぱつ100%間違いない。


「それは今までの葛藤かっとうや感情の積み重ねがそこにはあるからです。……だからこそツグミお姉さんに勝ってコテンパンに叩きのめして見返してやりましょう!」


「な、何を言い出すんだ。あの姉に? 勝つ? しかもコテンパン?」


戸惑うカガリ先輩を気にせず僕は続ける。


「ハイ、もちろん。コテンパンです。魔法学校対抗戦でツグミお姉さんが率いるネクサス魔法学校に勝つんです。毎日できることをコツコツと。自分にできることを積み重ねていけば、いつしか自分にしかできないことができるようになるんです。だから僕たちと一緒に魔法の訓練しましょう! そうしましょう!」


「いや、ちょっと待て。私はまだ君たちと一緒に訓練するとは言ってなっ……!」


 まだ納得してなさそうなカガリ先輩の手をつかんで無理やり引っ張って、1年C組のいつものメンバーと代表メンバーの仲間の元に。


「カガリ先輩は孤高の人なんかじゃないです。僕から見た感じだと姉妹喧嘩きょうだいげんかをちょっとこじらせちゃっただけですよ。心配ないです」


微笑ほほえむ。


「クラスメイトはカガリ先輩の指示に従ってくれてるんだから孤独でもないです。でも仲間がいれば自分の限界を超えられるんですよ? カガリ先輩! 知ってました? 知らなかったら僕たち2人だけの秘密です」


「シ――!」と僕は冗談ぽく人差し指を口の前に持ってきて、カガリ先輩に明るく笑いかける。


「お前は本当に1年なのか? 私が一瞬、れかけ……たぞ……」


 どんどん小さくなる声に


「なんですかー? 聞こえないですよー?」


と僕は問いかけた。


 恥ずかしそうにうつむきながら笑うカガリ先輩の目には、光るものがあったのだった……。

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