第10話 《シード》を《魔法空間》へ進化させろ

 具体的なテーマかあ。

 可愛くて、何でも食べたいものが出てきて、好きな環境で食べられる屋台って思ってたけど。

 でももし【悩み人】が男の子やおじさんだったら?

 そしたら可愛さなんて求めてくれないかもしれない。

 女の子だって、かっこいいのが好きな子もいるし。


「これからどんな【悩み人】が来るか分からないって思うと、難しいよね」

「そうですね……。でもソラ様の《魔法空間》に入れるのは、ソラ様と波長の合う【悩み人】だけです。ですから、ソラ様自身がいいと思うものになさっては?」


 わたしがいいと思う《魔法空間》、か。

 うーん、やっぱりせっかくの屋台なんだから、ワクワク感はほしいよね。

 嫌なことがぜーんぶ吹っ飛ぶような、非日常な感じ。

 それでいて、お母さんの《魔法空間》みたいに安心できる要素も入ってるの。

 もしもあのハーブ園にくーちゃんがいなかったら、わたしはきっとすごく心細かったと思う。


 ――あ。森の中にある小屋みたいな屋台ってどうかな?

 周囲には座れるきのことか切り株があって、そこに座って食べるの。

 ときどき小鳥やくま(怖くないやつ!)、うさぎ、りすなんかもやってきて、そっと寄り添ってくれたら嬉しいな。

 ……虫は嫌いだからいないことにしよう。


 えっ、わたし天才じゃない!?

 こんな素敵な屋台、きっとほかにないよ!


 わたしは思いついた《魔法空間》を、思うままに紙に描いていった。

 描けば描くほど、ワクワクが止まらなくなって、どんどん理想が溢れてくる。

 店頭には瓶詰めのお菓子もいっぱい置きたいな。

 山の中だし、ちょっとは飾りもほしいよね。

 テレビのおしゃれキャンプ特集でよく使われてる、三角がいっぱいくっついてるあれ、なんて名前なんだろう……?


 ああ、楽しみだな。

 わたしの《シード》に、これからこの世界が宿るんだ……!

 そうだ、ちゃんと《魔法空間》が作れるように、《シード》とのなじみもよくしておかなきゃ。


 わたしはこの日から3日間、ひたすら《魔法空間》のテーマを練りつつ、出来上がった《魔法空間》を想像しながら《シード》に入る練習を重ねた。

 ちょっと前まで勉強も修行も嫌って思ってたのに、早く帰りたいって思ってたのに、今わたしすごく楽しんでる!

 夏休みが着々と迫っていることもあって、最近はみんな課題のことで頭がいっぱい。

 ゾーンなんて、自分の部屋と図書室をひたすら往復してるらしく食堂にも来なくて、ここ数日、専属のメイドさんしか見ていない。


「ゾーンもたまには息抜きしにきたらいいのにね」

「そうねえ。ゾーンは勉強熱心だから、わたくしたちのペースでは合わないのかもしれませんわね……」


 そんなに根詰めてやってたら、ゾーンの方が【悩み人】になっちゃいそう。

 お兄さんのこともあるんだろうけど、でもゾーンの人生はゾーンのものなのに。

 お兄さん、そんなに優秀だったのかな。


 そんなことを考えながら、わたしとエリヤは相談し合いながら《魔法空間》のテーマに具体性を持たせていく。

 図書館で借りた本を読んだり、それぞれの両親の《魔法空間》について語ったり、リオン先生に話を聞きに行ったり、いろんなところから情報収集もした。

 抽象的すぎてもいけないけど、あまり細かく決めすぎてもよくないから難しい。


 そうして夏休みまで2週間を切った頃。

 わたしとエリヤは、ついにそれぞれのテーマを完成させることができた。

 リオン先生から見たら、まだまだ未熟かもしれない。

 でも、今のわたしたちにとっては最高の出来に仕上がったと思っている。


「なかなかいいじゃない! 初めてにしては上出来だわ」

「やったー! ありがとうございます!」

「何もないところから作り上げていくのって、難しいけれど楽しいものね」


 リオン先生からOKをもらったわたしとエリヤは、手を取り合って喜ぶ。

 ……そういえば、ゾーンはどうなったんだろう?


「ゾーンも、苦戦してはいたみたいだけど、一昨日テーマ案を持ってきたわよ」

「えーっ!」


 なんだ、1人でもちゃんと順調に進んでるんだ。

 心配して損した!

 まあ、あのゾーンだもんね。

 わたしたちなんていない方が、集中できてはかどるのかも。


「ここからは、いよいよ《シード》を《魔法空間》へと成長させる段階に入っていきます」

「……あれ、そういえばわたしたち、そのやり方って」

「大丈夫、これから教えるわ。たまに先走って勝手に手を加えちゃう子がいてね。収集つかなくなると困るから、課題2をクリアした子から順に教えているのよ」


 リオン先生は、そうクスクスと笑う。

 たしかに事前に全部聞いてたら、ゾーンに負けたくないって思ってやってたかも。


「まず、《シード》の内側に入ったら、基礎となる枠組みを作ります。枠組み、というのは、ソラさんなら森、エリヤさんならブティックの店舗ね」

「あれ、屋台じゃないんですか?」

「まずは一番大きな外枠を作って、そこから育てていくのよ。草木のないところに突然花は咲かないでしょ? 《魔法空間》も同じなの」


 な、なるほど……。

 ちゃんと聞いてからにしてよかった!


「動線は分かりやすくシンプルに、森や店舗は後々レベルアップさせることもできるから、始めは大きくしすぎないこと。【悩み人】が迷っちゃうっていうのもあるけど、あなたたちはまだ見習いだから、癒す前に力尽きちゃうわ。そのテーマ案どおりのサイズ感なら問題ないはずよ」

「分かりましたわ。……それで、枠組みはどうやって作ればよろしいのでしょう。わたくし、建築の知識はありませんが」

「大丈夫。《魔法空間》内で必要なのは建築の知識じゃなくて、具体的かつ詳細に強くイメージする力よ。ぼやけていても倒壊することはないけど、【迷い人】が不安になっちゃうでしょ」


 たしかに、せっかく入った《魔法空間》がぐにゃぐにゃで曖昧だったら台なしだ。

 というか、もはや悪夢でしかない。


「あなたたちの《シード》についているストッパーを外しておくから、入ったらチュートリアルに従って進めてみて。ここからは個々に《魔法空間》内で進めることになるから、分からないことがあれば私が相談に乗ります。中断はいつでもできるわ」

「はーい!」

「分かりましたわ」

「それじゃあ、素敵な《魔法空間》ができるのを願ってるわね」


 ◆◆◆


 部屋に戻り、わたしは早速、《シード》の内側へ入り込む。

 すると、まるでゲームシステムのような、少し無機質さを感じる音声が聞こえてきた。


『ようこそリア様。これから、《シード》の育成に入っていきます。音声ガイダンスに従って、育成を進めてください』

「へえ、すごい! ほんと、ゲームのチュートリアルみたい!」

『まずは目を閉じて、《魔法空間》の範囲、それから全体像をイメージしてください。強く詳細にイメージするほど精度が上がります』


 範囲――。

 早速リオン先生が言ってたやつだ。

 わたしの《魔法空間》の中心はあくまで屋台なんだから、そんなに広くなくていいよね。広さはあとで変えられるって言ってたし。


 わたしは目を閉じて、自分の思い描く《魔法空間》の範囲をイメージする。

 そしてその範囲に、森のイメージを乗せていく。

 できるだけ具体的に。具体的に――。


『背景の育成が完了しました。目を開けて、仕上がりを確認してください』

「な、なんか怖いな……大丈夫かな……」


 わたしは恐る恐る目を開けて周囲を確認する。

 周囲には、私が思い描いた森が広がっている。しかし。


「……な、なんか雑じゃない?」


 一見すると、森の形をしてはいる。

 でもよく見ると、葉っぱは緑一色で筋すらないし、木々の形も何かがおかしい。

 ……たしかうちにもこんな木あったな。何だっけ、さるすべり?

 庭にある分には幹がスベスベしていて美しいけど、森の中だと何かが違う。


『確認できましたか? イメージ通りであれば【はい】を、修正が必要な場合は【いいえ】を押してください』

「えっ!?」


 チュートリアル音声がそう告げたと思ったら、目の前に【はい】と【いいえ】2つのアイコンが浮かんだ。

 まさかこんなゲームの主人公みたいなことする日が来るなんて。《シード》ってすごい。

 もちろん【いいえ】をタップ!


『かしこまりました。それでは編集に移ります。修正したい部分に触れ、再びイメージしてください。修正箇所が多い場合は、全体を修正するイメージをしてください』


 えーっと……修正……。

 あれ、森って地面どんな感じだっけ。芝生とは違うよね?

 それにどこか殺風景な気がする……。

 もっと木がいっぱいあって、でも木の葉の間から木漏れ日がキラキラしてるイメージなんだけど……。

 森なんてネットでもテレビでもいくらでも見てきたはずなのに、いざとなったら細かい部分が全然思い出せない。


 ――――あ。

 もしかして、城下町が充実してたのってこういうときのため!?

 たしか最初にもらった「【魔法空間師見習い】になる人へ」に載ってた地図に、森もあった気がする。

 そうか、あれってこの世界に住んでる人たちの生活エリアってだけじゃなくて、わたしたちの資料でもあったんだ!

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