第8話 課題と城下町の探索
幼いころ迷い込んだ《魔法空間》のことを思い出してから、わたしは眠たい授業も頑張れるようになっていった。
だからって、苦手科目がそう簡単に消えることはないんだけど。
それでも先生に聞いて、一生懸命考えて、成績も少しずつ上がっていった。
だってわたしは【魔法空間師】に救ってもらったのに、自分は助けられませんなんて、そんなの絶対に嫌だ。
頑張って頑張って、《シード》もいつでもしっかりと感じられるようになったし、《収納ボックス》なんて半分寝てても操れるようになった。
そんなある日。
「夏休みまで1ヶ月切ったし、今日は期末課題について説明するわね」
「……期末課題? テストじゃなくて?」
「ある意味テストでもあるけど、ここでは課題としているわ。クリアすることを目的とするんじゃなくて、その過程をしっかりと感じてほしいの」
リオン先生はそう話して、わたしたち3人に概要が書かれたプリントを配布する。
プリントには、こう書かれていた。
【魔法空間師見習い】1学期期末課題
夏休みまでに、《シード》を《魔法空間》へ成長させましょう。
1 まずは《シード》の内側へ入ってみましょう。
2 自分がどんな《魔法空間》を築いていきたいか、「テーマ」を考えましょう。
3 《シード》を《魔法空間》に成長させられたら、課題クリアです。
※《修練の城》の書庫には、歴代の【魔法空間師】たちの資料が揃っています。こちらを見ても構いません。
※《魔法空間》のテーマは、自分が心から愛せるものにしましょう。
「プリントにも書いてあるように、期末課題の最終目標は《シード》を《魔法空間》に成長させることよ」
「たった1ヶ月で!?」
「大丈夫よ。みんなもうしっかりと《シード》を感じられているし、テーマについても考えてきたでしょう?」
「僕は図書館をテーマにしたいと思ってます」
「わたくしは、ブティックにしたいと思っていますわ」
そ、そんな……。
エリヤもゾーンも、もう決まってるんだ。
わたし、また置いていかれてる!?
そっか、そうだよね。
最近けっこう頑張ってるつもりでいたけど、頑張ってるのはわたしだけじゃないもんね。2人とも、同じように進んでるんだ。
わたしは――
「まだ時間はあるから、焦らないでじっくり考えてちょうだい」
――そうだった。
焦ったって何も解決しない。
わたしが作りたいのは、わたしみたいに苦しんでいる人を癒せる《魔法空間》。
お母さんのハーブ園みたいな、優しい空間。
「ちなみに、1学期の授業は今日でおしまいよ。明日以降は期末課題に集中してもらいます」
「一般科目のテストや課題はないんですか?」
「一般科目は、日々の授業に取り組んでもらうことでちゃんと終わるようになってるの。時折テストが挟まれていたでしょ? だからそういうのはなしよ」
「本当!? …………あっ」
しまった、嬉しさのあまりすごい勢いで立ち上がってしまった。恥ずかしい。
エリヤとリオン先生がクスクスと笑っている。
ゾーンは――相変わらず呆れた表情でこちらを見ていた。
そんなドン引き!みたいな顔で見ないでよ! もう!!
「ソラさんは本当に正直ね。きっと素敵な【魔法空間師】になれるわ」
「先生までからかうの!? 絶対思ってないでしょっ」
「そんなことないわよ。あなたには、人を惹きつける力があるわ。それは【魔法空間師】にとってとても武器になる力よ」
「本当かなあ……」
ゾーンなんていっつも馬鹿にしてくるし、人を惹きつけてる感じなんてまったくしないけど。
まあ実際、ゾーンの方がずっと優秀なんだけどさ……。
◆◆◆
授業が終わると、いつもどおり団らん室でエリヤと会話を楽しんで、3人で晩ごはんを食べて、それぞれ自室へ戻る。
最近はこのパターンがすっかり定着している。
ちなみにこの《修練の城》の周囲には城下町が広がっていて、そこにはファンタジー世界の市場のような空間が広がっている。らしい。
なのに、ここに来て3ヶ月近く経つのに、全然遊びに行けてない。
大人だって週休二日制なのに、どうしてわたしたちは週休一日制なの!?
休みの日くらいいっぱい寝たいし、宿題もあるし、全然時間がないよ!
「――というわけで、城下町に遊びに行きたいです!」
「……は?」
「わたしたち、まだ中学生だよ? 子どもは遊ぶのも仕事のうちなの!」
「それは、もっと幼い子どもの話では?」
うん、ドン引き視線にもだんだん慣れてきたな。
「……そうねえ。でもたしかに、わたくしたち一度も外に出てないわよね。外の世界を見てまわるのも、いい勉強になるかもしれませんわね」
「エリヤまで……。というか行きたいなら勝手に行けばいいじゃないですか。なんで僕まで」
「えー、置いてっていいの? 実は街に出てヒントを得るのも隠れミッション、ってこともあるかもよ? だってこの《修練の城》って、わたしたちが修行するための場所なんでしょ? 意味もなく城下町が設置されてるなんておかしくない?」
「…………そ、それはまあ、たしかに一理ありますね」
本当はただ3人で行きたいだけなんだけど。
でもこうでも言わなきゃてこでも動かなそうだもんね!
「よし、じゃあ明日行こう!」
「ええ。わたくし、お友達とお出かけなんて初めて!」
「……まあ、そうですね。先を越されるわけにはいきませんし、僕も行きますよ」
やった!!!
◆◆◆
「わーっ! 思ってた以上にすごいっ!」
「本当、こんなに賑わいのある場所に来たの、いつぶりかしら……」
「……で、いったいどこをどう回るつもりなんですか?」
翌日、わたしたちは約束通り、城下町に遊びに行くことになった。
リアン先生に行っていいかと聞いてみたら、子どもだけでは危ないから各専属メイドも同行させるなら、って言われて。
今、わたしたちのうしろには3人のメイドさんが同行している。
忙しいメイドさんたちを巻き込んでしまったのは、ちょっと申し訳ない……。
街には、休日を楽しむ私服のメイドさんや使用人たちも混じっていた。
店頭には、いつも庭園を整備しているおじさんもいて。
新品の大きなハサミをいくつも天にかざし、キラキラした目で品定めしていた。
果物をたくさん買うからまけてくれ、と交渉している料理人もいる。
「――あの。ここってもしかして、《修練の城》で働く使用人たちのために設置された城下町なのでは?」
「あ、ばれた? わたしもそう思う」
「なっ――だましたんですか!?」
ふふん。今まで気づかなかったなんて、ゾーンもまだまだだね!
でもべつに嘘ではないもんね!
「だましてはないよ。【魔法空間師】は【悩み人】を癒すのが仕事なんだし、たくさんの人に触れておいたほうがいいじゃん」
「それはそうですけど。でもそれ今することですか!? 期末課題が終われば夏休みがあるじゃないですかっ」
「夏休みは帰省するもん。どれだけ待ち望んでると思ってるの?」
「…………はあ」
ゾーンは理解できない、といった様子でため息をつき、頭を抱える。
でも実際、何か《魔法空間》のテーマのヒントになる情報が転がってないかなって期待もしてるんだよね。
「まあまあ。せっかく来たのよ、楽しみましょう。はいこれ」
「え? あ、ありがとう……」
「あ、ありがとうございます……」
エリヤはいつの間にかお祭りのごとくいろんなものを買いこんでいた。
ちなみに今わたしたちに渡してきたのは、串に刺さったステーキ!
「ああ、楽しいわ。こんなふうに外で食べ歩きなんて、家にいたらできないもの。ねえ見て、あちらのお店では揚げたてコロッケが食べられるそうよ」
エリヤ、すっごく楽しそう……。
こんなにキラキラしてるエリヤを見たの、初めてかも。
もう、わたしたちのケンカなんてまったく目に入ってない。
幸せそうにステーキ肉を頬張り街を満喫するエリヤを見ていると、ゾーンと言い合うのが馬鹿らしくなってきた。
ゾーンも同じことを思ったのか、しぶしぶ受け取った串刺しステーキを食べ始める。
「――屋台かあ」
見回すと、周囲の人たちもみなキラキラと楽しそうな目をしている。
そういえばまだ体が弱かったころ、お母さんが家でお祭りごっこしてくれたな。
家で一緒にトウモロコシを焼いたり、たこ焼きを作ったり、綿菓子の機械を買ってきて綿菓子を作ったり、すっごく楽しかった。
元気になってからは、本当のお祭りにも行った。
家やお店で椅子に座って食べるのもいいけど、屋台での買い食いってそれとは違う魅力があるんだよね。
ワクワクするし、いろんな食べ物がごちゃ混ぜで売られている非日常感も楽しい。
屋台、アリなんじゃない!?
可愛くて、何でも出てくる屋台とか……。
「決めた! わたし、屋台にするっ!」
「屋台!? 素敵じゃない!」
「へえ、いいんじゃないですか? ソラって料理できたんですね」
「――え。ええと、トウモロコシなら焼いたことある。あとはおにぎりとか、卵焼きとか、目玉焼きくらいなら……」
「……そんなんで屋台なんてできるんですか?」
「…………。だ、大丈夫だよ! お母さんは料理上手だし、わたしだって頑張ればきっとなんとかなる!」
なんとかなる、よね?
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