第7話 幼いころに見た夢

 実は小さい頃、わたしは病気をして長く入院していたことがある。らしい。

 当時5歳と幼かったからか、思い出したくないだけなのかは分からないけど、わたしにはその記憶はもうほとんどないんだけど。お母さんが言っていた。


 でも、うっすらと「わたし死ぬのかな」思った記憶がある。

 そして苦しくてもうだめかと思ったそのとき。ある夢を見た――。


 ◆◆◆


 気がつくと、わたしはきれいな植物がたくさん生えた庭園にいた。

 植物たちはみなとってもきれいで、ツヤツヤしていて、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 中には花を咲かせているものもあって、見知らぬ場所だったにもかからわず、わたしはすぐにその場所の虜になった。

 近くの葉っぱからは、レモンのような、涼しげで爽やかな香りも漂っている。


 でも――

 現実のわたしは病院にいて、大変な状態だってことも分かっていた。だから。


「……もしかして、ここって天国?」


 そう思った途端、とてつもない不安と寂しさ、恐怖に支配されて。

 わたしはどうしようもなくなり、わんわん泣いてしまった。

 そんなとき。


「――くーちゃん!?」


 突然、わたしのお気に入りのぬいぐるみ「くーちゃん」が姿を見せたのだ。

 本物のくーちゃんは、わたしが片手で抱っこできるくらいのふわふわしたクマのぬいぐるみなんだけど。

 目の前にいるくーちゃんは、なぜかわたしと同じくらいの身長がある。


「えっ――く、くーちゃん、だよね? 大きくなったの?」

(こくこく)


 無言のままうなずくくーちゃん。

 そして「ついてきて」と言わんばかりに歩き出した。

 わたしはわけが分からないまま、くーちゃんについていく。

 すると真っ白い可愛いおうち、それから真っ白なテーブルセットが現れた。

 くーちゃんは椅子を引き、わたしに座るよう促してくれる。


「あ、ありがとう……」

(こくこく)


 くーちゃんは満足げにこちらを見て、それからおうちの中へ入っていった。

 たぶん「待ってて」という意味だろうと受け取ったわたしは、椅子に座ったままそこで待つ。

 しばらくすると、木製のトレーに何かを乗せて戻ってきた。


「これ、何? 赤くてきれい……」


 ポットには、鮮やかに透き通った赤い液体が入っていた。

 くーちゃんは、その液体を氷がたっぷりと入ったグラスへ注ぐ。

 液体が注がれるたびに、氷がカランコロンと涼しげな音を立てて崩れていく。

 その様子がとても美しくて、音が耳に心地よくて、わたしはくーちゃんが注ぎ終わるまでじっと見つめていた。

 そして注ぎ終わると、スッとわたしの前へ差し出してくれた。

 お皿には、いろんな花が飾られたクッキーもたっぷりと乗っている。


「……もらっていいの?」

(こくこく)

「――! それじゃあ、いただきますっ」


 注がれた液体を口にすると、ふわっとみずみずしいイチゴのような味が口の中に広がった。

 少し甘さひかえめのクッキーも、このイチゴ味の飲み物とぴったり!


「くーちゃん、これ、甘酸っぱくておいしいね! クッキーも!」

(\(・・)/)


 ――え、これってバンザイしてる?

 心なしか、目もキラキラしてる気がする。


「嬉しいってこと?」

(こくこく)

「ふふっ、わたしもくーちゃんとお話できて嬉しいよっ。……ねえくーちゃん、ここってやっぱり天国、なのかな?」

(ふるふる)

「え、違うの? 天国じゃない――ってことは、わたし死んだんじゃないの?」

(こくこく)

「そ、そうなんだ。それじゃあ、またお母さんやお父さんにも会えるかな」

(こくこくこくこく)


 くーちゃんは一生懸命、力強くうなずいてくれた。

 まるで、くーちゃん自身も強くそう望んでくれているようだった。


「――そっか。わたし、まだ生きてたんだ。よかったあ。わたしが死んじゃったら、お母さんたちもきっと悲しむもんね。なんか元気出てきたっ! ありがと、くーちゃん」


 ◆◆◆


「――――はっ!」


 気がつくと、わたしは天蓋つきの豪華なベッドに横になっていた。

 そっか、今は【魔法空間師見習い】として修行中で。

 ここは《修練の城》のわたしの部屋なんだよね。


 時計を見ると、まだ朝の6時半で。

 起床時間の7時まで時間がある。


 ――あのあと、わたしは急に眠くなって、座ったまま眠ってしまって。

 気がついたら、病院のベッドに寝てたんだよね。

 目が覚めたときには、お母さんもお父さんも泣いて喜んでくれたっけ。


 今なら分かる。

 あれはきっと、天国でも夢でもなく、お母さんの《魔法空間》だ。

 わたし、お母さんの《魔法空間》に入ったことあったんだ……。

 というかくーちゃんでお出迎えって!

 たぶん、顔を見せられないからって思って考えたんだろうな。

 くーちゃんが喋らなかったのも、きっと喋ったらお母さんだって分かっちゃうからだ。


 きっと、わたしはあの《魔法空間》のおかげで助かったんだよね。

 苦しくて疲れていた当時のわたしは、心のどこかで「はやく楽になりたい」って思ってたから。

 でもあの《魔法空間》でくーちゃんとお話してから、みんなを悲しませたくないし、またお母さんに会いたい、頑張ろうって思ったんだ。

 それからいろんなことを頑張って、わたしは少しずつ回復して元気になった。

 今では病院生活も卒業して、ほかの子どもたちと変わらない生活を送れている。


 そっか、《魔法空間》ってこんなにすごいものなんだ。

 わたしは、この力をもらったんだ。

 なのに家に帰りたいとか、遊びたいとか、どこか後ろ向きな気持ちが大きかった。

 ……そりゃあゾーンも怒るよね。


 わたしも、お母さんみたいに誰かを救いたい。

 今度はわたしが救いたい。


 ガチャ……


「おはようございます、ソラ様。……少しは元気になられたようですね」

「おはよう、リア。昨日は話を聞いてくれてありがと。わたし、立派な【魔法空間師】になれるように頑張る!」

「はい。応援しております」

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