第6話 いよいよ《魔法空間》実習!

 授業が始まって一週間ほどしたある日の午後。

 ついにこの時がやってきた。


「今日から少しずつ、実際に《シード》に触れていきます。以前も話したように、《魔法空間》は【魔法空間師】の体の一部のようなものなの。だから心や思い、考えの影響を強く受けるわ」


 リオン先生はそう言って目を閉じ、手のひらを上にして両手を前に出して意識を集中させる。

 すると室内なのにふわっと風が吹いて、そこに白く輝く光の玉が現れた。

 もしかして、これが《シード》!?

 き、きれい……。でも《魔法空間》には見えないな。

 まあわたし、《魔法空間》って見たことないんだけど!


「これが《魔法空間》のシードよ。これは皆さんに見せるために分かりやすく具現化したけど、本来は【魔法空間師】の体内に宿っているものよ。もちろん、あなたたちの中にもね」

「こ、これが。僕が本で見たのはイラストだったので、現物を見たのは初めてです」

「わたくしもですわ……。なんて綺麗なの……」


 勉強熱心なゾーンはもちろん、普段はおしとやかなエリヤまで目を輝かせ、ひたすら《シード》に魅入っている。

 わたしも昔お母さんが描いてくれたイラストで見たけど、当時は「お話の中に出てくる魔法みたい!」くらいにしか思ってなかった。

 実物を見ると、直径10㎝ほどしかないのに吸い込まれそうなほどの存在感で、目が離せなくなる。


「まずは意識を集中して、《シード》が体内に宿っているのを感じてみましょう。目を閉じて、今見た《シード》を体内に思い描いて」


 わたしは言われるままに目を閉じ、胸に手を当てて光の玉を思い描く。

 あれがわたしの体の中に――

 ――中に?


 しばらく集中してみたけど、宿っている感覚なんて言われてもよく分からない。

 以前、スペース様から授かったときに感じたあの感じのこと?

 でもあの時も、べつに体内に光の玉がある感じはしなかった。

 ……ほかの2人はどうだろう?

 隣からゾーンのうなり声が聞こえるから、きっとゾーンはできてないな!

 わたしは2人の様子が気になって、こっそり薄目を開けてみる。

 するとエリヤの周囲には優しい風が舞い、体が柔らかな光に包まれていた。


 ――エリヤ、成功してる!?

 こんな短時間で――まだ始めてから5分くらいしか経ってないのに。

 そしてそんなことを考えているうちに、ゾーンの周囲にも風が舞い始めた。

 ま、まずい。わたしも頑張って成功させなきゃ……。


 わたしは慌てて再び目を閉じ、集中しようと試みる。

 でも焦ってしまって、全然集中できなかった。

 そうこうしているうちに時間は過ぎて――


「……今日はこれくらいにしておきましょう。3人とも目を開けて。《シード》は感じられた?」

「あの、わたくし、《シード》を感じたと思ったら何もない真っ白な空間に立っていて……」


 エリヤは戸惑うような震える声で、恐る恐る自身に起こった出来事を告白した。


「すごいじゃない! 《シード》の内側に到達できたのね!」

「僕はそこまでは……。でも、ちゃんと《シード》は感じ取れました」

「うんうん、えらいえらい。エリヤさんは適性が強かったみたいで一気に内側まで行っちゃったけど、今日は感じられれば大成功よ」


 褒められる2人とリオン先生のやり取りを見て、心臓がぎゅっと掴まれたような気がした。やっぱり2人はすごい。

 わたしは結局、風を起こすこともできなかったのに。


「ソラさんも頑張ったわね。大丈夫よ。《シード》は自分のペースで育てていくものだから、焦っちゃだめ。余裕があったら部屋で練習してみるのもいいわね。1人の方が集中できるってこともあると思うし」


 うあ。これってもしかして、わたしがさぼってたのバレてる!?


「はい……」

「それじゃあ少し早いけど、今日の授業はここまでとします。お疲れさまでした」

「「「ありがとうございました」」」


 ◆◆◆


「ねえソラ、元気出して?」

「だってわたしだけできないなんて恥ずかしいよ……。わたしだって一応、選ばれたはずなのにさっ」

「リオン先生が言ってたでしょう? 焦りは禁物、ですわよ」

「そうですよ。そもそも全然努力してないのに、そんなほいほいうまくいくはずないじゃないですか。どれだけ自信過剰なんですか」

「うるさいなもう! わたしだってわたしなりに頑張ってるんだよっ」


 まったく、こんな時くらい優しい言葉をかけられないの!?

 ほんと男子ってデリカシーないんだから!

 たしかに一般教養科目のとき寝ちゃったりするけど。

 リオン先生の授業も、ちょっとだけうわの空だったこともあったけど。

 でもだって、やっぱり急には頑張れないよ……。


「2人ともごめん、今日は部屋に戻るね。晩ごはんも部屋で食べるから、今日は2人で食べて」

「……そう。分かりましたわ。それじゃあまた明日」

「ん。また明日ね」


 部屋に戻ると、リアが蜂蜜入りの紅茶を用意してくれていた。

 蜂蜜の甘い香りに包まれると、少しは心が落ち着く気がする。


「この部屋って、リアの《魔法空間》みたいだよね」

「ええっ!? そんな、私はただのメイドですからそのような力は――」

「うん。でもなんか癒される。本当は、わたしなんかよりずっと適性あるんじゃないかなあ?」

「……ソラ様、何かあったんですか?」

「……ねえリア、わたし、ちゃんと【魔法空間師】になれるのかなあ?」


 わたしは気づくと、リアに今日あったことをすべて話していた。


「……そんなことが。大丈夫ですよ。ソラ様が【魔法空間師】として成功できるよう、私が全力でサポートいたしますから。ソラ様は安心して修行に励んでください」

「ありがとう。いつも愚痴ばっかりでごめんね」

「いえ。ソラ様を見守るのも私の務めですから。それに私、ソラ様のこと好きですよ。これまでも数々の【魔法空間師見習い】様のお世話をしてきましたが、メイドである私をこんなに気遣ってくださる方は初めてです」

「え? そう、かな。べつに普通だと思うけど……」


 ああ、この笑顔。やっぱりリアの笑顔は癒される。

 それにわたしなんて、愚痴言ってお世話してもらってるだけなのに。

 なのにそんなふうに思ってくれるなんて。

 落ち込んでても疲れてても、リアと話すとあっという間に心を溶かされちゃう。

 わたしもこんなふうに誰かを癒せる【魔法空間師】になりたいな……。


 ――わたしは、どんな《魔法空間》で癒したいんだろう?

 リオン先生が言ってたけど、《魔法空間》はそれぞれが思い描く「癒しの姿」に育てていくものらしい。

 お母さんの《魔法空間》は、ハーブ園のようなところだって言ってたな。

 お母さんはうちの庭にもたくさんのハーブを植えてるし、わたしが何か泣き言を言うと、決まって甘いハーブティーやお菓子を出してくれた。

 わたしにとっての「ハーブ園」は、いったい何だろう?


 リアに持ってきてもらった晩ごはんを食べ終えて、わたしはベッドに寝転がってひたすら考えた。

 考えて考えて、そして――

 気がつくと、いつの間にか眠ってしまっていた。


 そしてわたしは、ある日の幼い頃の夢を見た。

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