第5話 雨降って地固まる

 初めて使う《収納ボックス》の力にすっかり魅了されたわたしは、結局自習時間いっぱいまで練習を重ねた。

 おかげでだいぶコツも掴めたし、数秒あれば発動できるくらいには上達。

 これなら普段使うのにも困らないよね!

 ちなみにゾーンはというと、瞬時に出し入れできるまでになっていた。


 7時間目までの授業を終えると、夕食までは自由時間。

 わたしたちは団らん室に集まって、それぞれ疲れを癒したり参考書を読んだり、気ままに過ごしていた。

 ちなみに参考書を読んでるのは、もちろんゾーンだ。


「はあ、疲れたー。毎日7時間目までって絶対中学生の学習量じゃないよ。そりゃあ《収納ボックス》は便利だけど……」

「そうね。わたくしたちは【魔法空間師】になるためにここにいるのに、一般科目が多すぎますわ。こんなことをしていて立派な【魔法空間師】になれるのかしら」

「どちらも完璧にこなしてこそ一人前になれる、ということなんじゃないですか?」


 ため息をつくわたしとエリヤに、ゾーンは淡々と正論をつきつけてくる。

 眼鏡の奥からは、困惑しているような視線さえ見て取れた。

 たぶん、こいつには勉強嫌いなわたしの気持ちなんて一生分からない。


「でもだって、べつに好きでこの道を選んだわけじゃないのに。お母さんの子どもってだけで勉強漬けの日々が課されるなんて不公平だよ。そう思わない?」


 わたしは何気なく、本当に何気なく愚痴ったつもりだったんだけど。


「…………なら、修行なんてさっさとやめて家に帰ったらどうです? そんな気持ちでここにいられると迷惑です」


 ゾーンの、さっきまでの困惑とは違う、睨むような鋭い視線が突き刺さる。

 もしかしてゾーン、怒ってる?


「な、なんでそんな怒ってるの……」

「ソラがどんな流れでここに来たのかは知りませんけど、【魔法空間師】は誰もがなれるものではないんです」

「そんなことは分かってるよ。でもだからって」

「力を授かるのは、毎年3人から5人と言われています。《修練の城》はここだけではないようですので、もちろん別の神様から授かる方もいますが、それでも無限に存在する世界から、選んでもらえるのはごくごく僅かなんです。そして力は遺伝ではなくあくまで授かるものなので、同じ家系でも【魔法空間師】の資格が得られない場合もあります」

「――――え?」


 そ、そうなんだ……。

 わたしはてっきり、両親のどちらかが【魔法空間師】ならその子どもも受け継ぐんだと思ってた。

 わたしに【魔法空間師】になる資格があると知らされたのは、小学3年生のとき。

 どうやって知ったのか分からないけど、うちはおばあちゃんもお母さんも【魔法空間師】だし、お母さんは気が気じゃなかったかもしれないな。

 でもだからって、ゾーンにそんなこと言われる覚えは――


「僕には双子の兄がいます。……どういうことか、分かりますよね」

「そ、それって――」

「うちは代々長男が力を授かってきたんです。だから僕も兄も、家族全員、兄が授かるものだと思っていました。でも結果は――」


 そう、だったんだ。

 だからゾーンは責任を感じて、必死で――。

 人の気持ちが分からない勉強バカだと思って、ひどいこと言っちゃったかも。


「……ごめんなさい。わたし、あんまり詳しいことは聞いてこなかったから、そういうの全然知らなくて」

「…………いえ。僕の方こそすみません。ソラには関係ない話なのに」

「わたし、勉強はたしかに嫌いだし、本当は友達と一緒に普通の中学に通いたかったけど。でも【魔法空間師】になりたくないわけじゃないんだ。……ただ、友達と離れてるのが怖いの」


 ――そっか。自分で言って分かった。

 わたしは、友達との関係から置いていかれるのが怖いんだ……。

 小学生のときは家も近くて、登下校が一緒だったのはもちろん、週に何度も遊んでいた。帰ってからも、毎日のようにチャットで会話してた。

 あさひちゃんも、つむぎちゃんも、みおちゃんも、ひなちゃんも、ゆずはちゃんも。

 みーんな同じ中学に進んで、きっと今も変わらない日々を送ってる。

 それがたまらなく怖いんだ……。

 そう思った途端、鼻の奥がツーンとして熱くなり、じわっと涙が溢れてくる。


「――なっ、何も泣くことないじゃないですかっ! ちゃんと謝ったでしょう!?」

「ちが――違うの。わたし、ひとりぼっちになったらどうしよう」

「ソラ……」


 涙が止まらなくなったわたしを、エリヤがそっと抱きしめてくれる。


「大丈夫よ。きっと、たぶん――ですけれど、たった数ヶ月離れたくらいでお友達じゃなくなったりしないわ。それにわたくしたちだっているもの。ね、ゾーン?」

「――え。…………いや、まあ、そう、ですね」


 泣かせた責任を感じているのか、ゾーンは真っ赤になって視線を逸らしながらも肯定してくれた。

 案外、悪いヤツじゃないのかもしれない。


「そう、だよね。夏休みになったら帰れるんだもんね」

「そうよ。いつかお友達が【悩み人】になったとき、助けてあげられたら素敵じゃない?」


 エリヤはそう言って笑う。

 本当に、エリヤは絶対【魔法空間師】として成功するよ。


「エリヤはすごいね。怖くないの? 友達と離れてること」

「えっ……。え、ええと……わたくしあまりお友達というものに馴染みがなくて。幼なじみはいるけれど、そこまで頻繁に会うわけではありませんし……」

「嘘でしょ!? そんなに可愛くて性格もいいのに!?」

「へっ? か、かわっ――。その……わたくし学校に通ったことがなくて……。お勉強は教育係と家庭教師がいたからその方々に……」


 き、教育係と家庭教師!?

 やっぱりこの子、きっとすごいお嬢様なんだ!


「世間知らずで恥ずかしいわ。……でも、だからその、わたくしともお友達になってくれたら、嬉しい、です」


 エリヤは急にしどろもどろになり、こっちまで熱が伝わってきそうなくらい真っ赤になって見つめてくる。

 か、可愛い……。

 わたしが男子だったら惚れてたかもしれない。


「わたし、エリヤはてっきりクラスの人気者ポジションだと思ってたよ。面倒見もいいし、穏やかで優しいし」

「そんなこと初めて言われましたわ。妹が2人いるからその影響かしら」

「お姉さんかあ。というか2人とも姉妹や兄弟がいていいな。わたし一人っ子だから。でも、ゾーンが弟ってなんか意外!」

「わ、悪いですか!?」

「べっつにー?」


 ゾーンが怒りだしたときはどうしようかと思ったけど。

 でもおかげで2人のことが知れて、ちょっとだけ距離が縮まった気がする。

 悩みや不安を抱えてるのはわたしだけじゃないんだ。

 エリヤもゾーンも同い年だもんね。

 わたしももっと頑張らなきゃ。

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