第4話 《魔法空間》と《収納ボックス》

 翌日。

 授業が始まるギリギリに教室(ということになってる超豪華な一室)にすべり込むと。

 そこには既にエリヤとゾーン、それからリオン先生がいた。

 リオン先生は、わたしたちの担任の先生のようなポジションで、【魔法空間師】科目を教えてくれる【魔法空間師】でもある。



「お、おはようございます……」

「おはようございます、ソラさん。ギリギリ間に合ってるけど、できればもう少し余裕を持てるといいわね」

「す、すみません……」


 セーフなんだからいいじゃん!なんて思いつつわたしが席に着くと、同時に授業開始を知らせるベルが鳴った。

 ベルは、お城の高い位置にある時計の上に設置されているらしい。

 けっこうな距離があるのに、まるで教室の隣で鳴っているくらいにはっきりと聞こえるから不思議だ。


「それじゃあ、授業を始めます。まずは宿題を回収するわね」


 リオン先生はそれぞれの問題集を回収し、それを突然、何もない空間に消し去った。


「えっ!?」

「え? ああ、みんな《収納ボックス》を見るのは初めてよね。《収納ボックス》は、この《修練の城》でのみ使える小さな《魔法空間》の1つなの」


《魔法空間》にこんな使い方があったなんて知らなかった!


「生き物は入れられない限定的なものだけど、中のものに触れることができるのは自分だけだからセキュリティ対策もばっちりよ」

「すごーい! それってわたしたちも使えるんですか?」

「ええ、もちろん。今日の午後、スペース様からいただけることになってるわ」


 そっか、《収納ボックス》っていうアイテムみたいな名前だけど、これも《魔法空間》の一種なんだよね。

 だからスペース様からもらうのか。楽しみ!


「それと同時に《魔法空間》も授けられるから、立派な【魔法空間師】を目指して頑張ってちょうだいね」

「授業が始まってまだ2日目なのに、もういただけるんですね……」


 ゾーンは驚いたような、緊張したような複雑な表情を浮かべている。

 でもたしかに、こんなに早くもらえるとは思ってなかったな。

 わたしたち、まだ【魔法空間師】への道を踏み出したばかりの素人なのに……。


「【魔法空間師】はね、《魔法空間》を自分の体のように操れなくてはいけないの。だから早いうちから感覚知って、少しずつなじませていくのよ」

「先生の《魔法空間》は、どんな《魔法空間》なんですか? 入学からどれくらいで扱えるようになりましたか? ああ、あと――」


 いつもはどちらかというと無口でクールなゾーンだけど、授業中の彼はすごく積極的で、隙あらばリオン先生に質問をする。

 ゾーンはたぶん、望んでここにいるタイプだ。

 じゃなきゃ、7時間目まで授業をこんなに前のめりに受けるなんてできっこない。


 わたしもべつに、【魔法空間師】になりたくないわけじゃない。

 だって特別な力ってやっぱりかっこいいし、友達が困ってたら助けてあげられるし。

 ……まあでも今は、その友達と会うことすらできないんだけど!


 あさひちゃんたち、どうしてるかなあ。

 ここは電波がなくてスマホが使えないから、電話もメールもチャットもできない。

 小学6年生のときにスマホを買ってもらってから毎日のようにやり取りしてたし、今もグループチャットの未読が溜まり続けてるんだろうな。

 お母さんはこの修行がどんなものか知ってるはずだから、家に来たら説明してくれると思うけど。

 でも私のこと、忘れちゃったらどうしよう……。


「――さん! ソラさん!」

「あっ、はい!?」

「どうしたの、ぼーっとして。大丈夫?」

「えっと……すみません大丈夫です……」


 はっと我に返ると、リオン先生とエリヤは心配そうに、ゾーンは呆れたように私を見ていた。

 授業開始2日目からうわの空なんて、やる気のない生徒だと思われたかもしれない。

 でも、中学生なんてそんなもんでしょ?

 普通みんな授業なんて好きじゃないし、学校なんて友達に会うための場所だよね?

 せめて実習に移ってくれれば、もう少しは楽しそうなんだけどな……。


「与えられたばかりの《魔法空間》は、中に入ることすらできない小さな塊なの。私たち【魔法空間師】は、この状態の《魔法空間》のことを空間の種、という意味を込めて《シード》と呼んでるわ。この《シード》を育てることで、《魔法空間》へと成長していくのよ」


 リオン先生は口頭で説明しながら、教室の前にある黒板にスラスラと文字を記していく。

 生まれも育ちも異世界なわたしたちがこれを読めるのは、スペース様の特別な力が働いてるからなんだって。

 いったいどういう仕組みなんだろう?


 午前中の授業を終えると、お昼休み。

 お昼ごはんはいくつかの中から好きに選べる仕組みで、わたしはハンバーグ、エリヤはグラタン、ゾーンはオムライスを注文する。

 メニューはほかにもステーキや白身魚のムニエル、とんかつ、パスタ数種類、サンドイッチなど15種類はある。

 ちなみにお昼はリオン先生も一緒で、先生は白身魚のムニエルを食べていた。


「リオン先生含めても4人しかいないのに、こんなにメニューあって大丈夫なのかな……」

「一緒に食べるわけじゃないけど、メニューはここで働いてる子たちもみんな同じなのよ」

「……メイドも? それは驚いたわ。ずいぶん大盤振る舞いですのね」


 エリヤはぽかんとした様子で驚いている。

 そんなに驚くってことは、もしかしてエリヤは家にもメイドさんがいるのかな……。

 見るからにお嬢様っぽいし、いてもおかしくない気がする。

 そっか、メイドさんたちもちゃんと大切にされてるから、こんなに優しいんだ。

 ここのメイドさんたちは、みな和やかな表情をしていて、目が会うと優しく微笑んでくれた。


 ◆◆◆


 午後。

 わたしたち3人は正装に着替え、リオン先生に連れられて《神の間》へ向かった。

 奥には、すでに美しい水色の髪をしたスペース様が座っている。

 スペース様が座っている椅子と私たちを隔てている階段の手前には、6人ほどのメイドさんも待機していた。

 そのうち3人は、わたしたちの専属メイドだ。


「今日はソラ、エリヤ、ゾーンの3人に、《シード》と《収納ボックス》を授けよう。《収納ボックス》は、この《修練の城》内でのみ使える収納スペースだ。これは今日からすぐに使える。《シード》は、これから授業を通してなじませていくことになっているから勝手に手を加えないように」


 わたしたち3人が頷くと、スペース様は優しくにっこりと微笑む。

 ただ微笑んだだけなのに神様オーラがすごい!

 この笑顔だけで、このまま授業終わってくれないかなーなんていうよこしまな心が浄化されそう。


「それでは、1人ずつ前へ」


 スペース様がそう言うと、それぞれの専属メイドたちが誘導してくれて、エリヤ、ゾーンと1人ずつスペース様に力を授かっていく。

 最後はわたしの番。

 階段を上がってスペース様のすぐ近くまで行くと、自然と緊張感が高まって気持ちがシャキッとした。


「緊張しなくても大丈夫。力を抜いて」


 スペース様はそう言って私に手をかざす。

 すると、何か温かいものが注がれたような不思議な感覚があった。

 何がどう変わったかと聞かれると具体的には説明できないけど、でも確実に何かが違う。

 この儀式は10秒ほどで終わり、わたしは一礼して元の場所へと戻る。


 体がふわふわあったかい……。

 でも嫌な感じじゃなくて、まるでスペース様の手で優しく包まれているような不思議な感覚。

 これが力、なのかな。

 戻り際、ゾーンが少し頬を赤くしていたのが分かった気がする。

 いつもすましてるけど、やっぱり男の子なんだ。

 そう思うと、ゾーンが少し可愛く思えた。


 ◆◆◆


 教室に戻ったあとは、《収納ボックス》の使い方がレクチャーされた。

 わたしは今まで魔法が当たり前にある世界にいたわけじゃない。

 だから初めは感覚が分からなくて苦戦したけど――


「――できたっ!」


 アニメで見た魔法をイメージしたところ、ついに《収納ボックス》を出現させることに成功した。

 やったー! これは一番乗りじゃない!?

 そう思ったけど、気づけば2人ともすっかり《収納ボックス》を操っている。

 なーんだ……。


 そんなことを考えながらゾーンの方を見ると、勝ち誇った顔をされてしまった。

 ムッカつくっ! なんなのこいつっ!

 そう思うけど、ゾーンがずっと真面目に努力してきたことは容易に想像できるから、何も言えない。悔しい……。

 ちなみにエリヤは、我関せずな様子でひたすら楽しげに教科書類を詰め込んでいた。

 マイペースさんめ!


 でも、これでわたしも重い教科書やノートを持ち歩かなくていいんだ!

 こんな便利なものがあるなんて、やっぱり異世界ってすごい!

 せっかくなら、この《修練の城》でだけじゃなくてずっと使えればいいのに。

 そしたらお母さんに片づけなさいって言われなくてすみそうだし。


「この《収納ボックス》を扱えることは、【魔法空間師見習い】として修行していく上でとても大事なことなの。今日は午後は自習にするから、使いこなせるようにしっかりと練習してちょうだいね」

「はい」

「分かりましたわ」

「はーい!」


 座学じゃなくてしかも自習なんてラッキー!

 でも実技はまあまあ楽しいし、何より便利そうだし、ゾーンに負けたくない。

 だから今日は真面目に練習してみようかな。

 わたしだってやればできるんだからっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る