第3話 好待遇、だけどハードな生活!?

 部屋に戻ると、リアに数枚の紙を渡された。


「こちらが1学期の時間割です。月曜日から金曜日は毎日7科目の授業を受けていただきます。土曜日は自習の日、日曜日はお休みです」

「な、7科目って、7時間目まであるってこと? 多すぎない!?」

「皆さま【魔法空間師見習い】である前に中学生ですから、一般科目も一通り受けていただきます。それに加えて【魔法空間師】としての科目が追加されますから」


 ええええええええええ!

 ここって、【魔法空間師】になるための修行だけしてればいいんじゃないの!?

 普通の授業もあるなんて聞いてないよ……。

 やっぱりもう帰りたい……。


「それから、ここはソラ様がいらっしゃった世界とは別の世界ですので、スマホなどの通信機器は電波の都合で繋がりません。ですので代わりにこちらを」


 リアに渡されたのは、一見スマホと何ら変わらない端末だった。

 側面にあるボタンを押すと画面が明るくなり、いくつものアイコンが表示される。

 電話、チャット、設定、アプリ検索、それから――


「って、文字は一緒なんだ」

「この端末はソラ様専用のものですので、ソラ様の世界の言葉に変換してあります。必要なアプリは、お好みでご自由に入れてくださって構いません」

「あれ、そういえばお金は? どうするの?」


 一応財布も持ってきてるけど、日本のお金はさすがに使えないよね?

 ほしいものがあったらどうしたらいいんだろ?


「必要なものはすべてこちらで手配しますので、ほしいものがあれば遠慮なくおっしゃってください。許可が下りれば、経費としてスペース様がご負担くださいます」

「えっ、何それすごい! おやつとかゲームも頼めるの?」

「……ゲームは少し難しいかもしれませんね。おやつはこちらのアプリからいつでもご注文いただけます。ただし毎月の制限数がありますので、ご利用は計画的にお願いします」


 なーんだ、何でもOKってわけじゃないんだ。

 リアに言われてアプリを開くと、画面の上の方に「2000ポイント」とあった。

 その下には様々なお菓子やジュース、マンガや本など商品がずらっと並んでいる。

 商品にはそれぞれ消費ポイントが記されていて、毎月2000ポイント分まで購入できる仕組みみたい。


「ちなみにこのポイントは、こちらの【魔法空間ポイント】、通称【MP】と交換することも可能です。【MP】は、ソラ様が《魔法空間》内で使用できる力の素だと思っていただければ」


 な、なんかゲームみたいになってきたな。

 まさか自分にそんなポイントが付与される日が来るなんて……!

 でも、これはちょっとテンション上がるかも!


 つまり、ポイントはおやつやマンガに変えて消費するのもよし、【MP】に変えて《魔法空間》を充実させるのもよし、ってことかあ。


「説明すべきことはざっと説明しましたが、何かご質問などありますか?」

「このポイントって、使い切れなかったらどうなるの?」

「使い切れなかった分は、翌月に持ち越されます」


 そっか、じゃあ貯められるんだ!

 なんかちょっとやる気出てきた!


「ありがとう」

「いえ。また何か分からないことがあれば、何なりとお申し付けください」


 リアはそう、にっこりと微笑んでくれる。

 この笑顔、本当に癒されるなあ。

 もういっそ、リアが【魔法空間師】を目指したほうがいいんじゃないかな。

 私なんか、見た目も中身もごくごく普通の中学生なのに。


 ◆◆◆


 城内の案内やここでの生活についての説明で初日を終えて。

 2日目からはいよいよ授業が始まる。

 ちなみに昨日の晩ごはんは、白身魚のムニエルがメインだった。

 普段ならお肉の方が好きだけど、あんなふわっふわのおいしいお魚なら毎日でも食べたい。

 お母さんの料理も好きだったけど、やっぱりお城で出てくるご飯は違うな……。


「おはようございます、ソラ様。もうお目覚めなのですね。顔を洗うお湯と着替えをお持ちしました」


 お湯と着替え……そんなものまで持ってきてくれるのか。

 授業が7限目まであるのはすごく嫌だけど、こうやってお姫様扱いされるのは悪くないな。

 これなら気持ちよく過ごせそうだし、案外楽勝かも!


 ――そんなふうに思っていた時期がわたしにもありました。


 ◆◆◆


 午後。

 ようやく7限目までの授業を終えた私とエリヤはぐったりと疲れ果てていた。

 今日は普通の授業が5時間と、【魔法空間師】としての授業2時間。

 今日受けた【魔法空間師】としての授業は、「【魔法空間師】基礎」と「【魔法空間師】実技」。

 と言っても今はまだ実技はなくて、《魔法空間》の歴史や基礎的な仕組み、役割、守らなければいけないルールなどをひたすら座学で学ばされる。


「この程度でへたるなんて本当に情けないですね……」

「いやいや、ゾーンが元気すぎるんだよ」

「ゾーン、息抜きも必要ですわよ……」


 ゾーンは授業を7つも受けたというのに、団らん室でも参考書を読んでいる。

 しかもなんか難しそうなやつ!

 こういう子、クラスに1人2人はいるものだけど。

 まさか3人中1人がこんな勉強オタクなんて!

 でも勉強が苦にならないのは羨ましい……。


 わたしとエリヤ、ゾーンはみんな別の世界から来ているため、同じ教室でありながらそれぞれが別の課題に取り組むスタイルになっている。

 同じ授業は【魔法空間師】科目だけ。

 2人の教科書はわたしのものより分厚いし、難しそうに見える。


「ソラの世界の教科書はとてもカラフルですわよね。イラストも多くて可愛いし、羨ましいわ~」

「そ、そうかな。ありがと」

「……そんな薄い教科書で学べるんですか?」


 こいつっ!

 ゾーンって本当空気読めないな!

 わたしの教科書を見てムカつく疑問を投げかけてくるゾーンにムッとしてしまう。


「わたしにはこれでも多いくらいだよっ!」

「僕たちは神に選ばれた存在なんですよ。その自覚がないんですか?」

「ゾーンこそ! わたしたち【魔法空間師】は人を癒すのが務めなのに、そんなんでやっていけるの?」

「――どういう意味です?」


 ムッとした様子のゾーンを見て、思わず「思い知れ」なんて気持ちがよぎる。


「ま、まあまあ2人とも落ち着いて。わたくしたちは全員、ここにいる時点で神に選ばれてるのよ。互いを罵り合うことは、神への冒涜だと思いませんこと?」

「――べ、べつに僕は罵ってなど」

「わたしだって……」

「なら、仲良くできるわね?」


 ――う。

 そんなふうに言われたらぐうの音も出ない。

 まあでも、わたしも少し言いすぎたかな……。

 言い始めたのはゾーンだけど(ここ大事!)、仕方ないからわたしが大人になってやるか。


「ごめんね、ゾーン。言いすぎた」

「……僕も少し言いすぎたかもしれません。気をつけます」

「2人とも偉いわ~」


 エリヤはにこやかに拍手をしている。

 ……えーと。エリヤって同い年の同期だよね?

 まるで先生かお母さんみたい。

 きっと立派な【魔法空間師】になるんだろうなあ。


 夕食を済ませ、みんなと分かれて部屋に戻ると、一気に疲れが押し寄せてきた。

 わたしは思わずベッドに倒れ込む。


「お疲れですね、ソラ様」

「だって7時間も授業があるんだよ? これが週5日続くなんて、わたしここでやっていけるのかなあ」


 しかも、これから宿題もしなきゃいけないし!

 あーあ、普通の中学生活が送りたい……。


「……ソラ様、甘いものが食べたくはありませんか?」

「え? ま、まあ食べたいけど……」

「少々お待ちください」


 リアは部屋を出ていき、10分ほどしてトレーに何かを乗せて戻ってきた。

 リアの方からは、何やら甘い香りが漂っている。

 この匂いは――


「チョコレート?」

「ふふ、正解です。少し前にスペース様にいただいたものなんです。よろしければ一緒に食べませんか?」

「えっ? で、でもいいの? もらったものなら大事なんじゃ」

「1人で食べるより、一緒に食べた方が楽しいでしょう?」


 近寄って箱の中を見ると、まるで宝石のように美しくデザインされたチョコレートが整然と並んでいる。

 3つほど減っているのは、リアが食べた数なのだろう。

 一気に食べてしまわないところがリアらしい。

 こういうのを”奥ゆかしい”って言うのかな。

 リアは、ティーポットから2人分のカップに紅茶を注ぐ。


「どうぞ。蜂蜜入りの紅茶です。ミルクはお好みでお使いください」

「ありがとう。いい香り……」


 チョコレートと蜂蜜の甘い香りに包まれ、ふっと体の力が抜けていく。

 そんなわたしを見て、リアは悪戯っ子のような笑みを浮かべて。


「……本当は、メイドから皆さまに物を差し上げるのは禁止されているんです。ですから内緒ですよ?」

「ええっ? リア、そういうことするんだ。意外ーっ」

「たまには臨機応変に、です」


 ――そっか。

 わたしが疲れた様子だったから、元気づけてくれようとしてるんだ。

 リアだって1日中お仕事してるのに。

 リアはすごいな……。


「……ねえリア、あとで宿題教えてくれる?」

「ふふ。はい、かしこまりました」


 わたしはチョコレートを1つ口の中に放り込む。

 チョコレートは甘くなめらかに口の中に広がって、少しだけ私の疲れを溶かしてくれた気がした。

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