第2話 物語の中のような世界

「こちらがソラ様のお部屋です。申し遅れましたが、この修業期間中、私、リアがソラ様専属のメイドとなりお仕えいたします。何かご用がありましたら、遠慮なくお申し付けくださいね」


 リアは柔らかな笑みを浮かべ、深々と頭を下げる。

 優しそうな人でよかったああああ――ってそうじゃなくて!

 専属のメイドって何?

 わたし、もしかして誰かと間違われてる?

 でも、さっきたしかに空様って言ってたし……。


「あの、わたし、これから修行を始める見習いなんですけど……」

「はい。存じ上げております」

「なのに、専属のメイドさんがつくんですか?」


 わたしの疑問に、リアは驚いたような表情を見せる。


「当然です! たとえ見習いであっても、【魔法空間師】の能力があるということは、それだけでとてもすごいことなんですよ。ソラ様が修行に集中できるよう、精一杯サポートさせていただきます。身の回りのことはすべて私にお任せください」


 【魔法空間師】って、そんなにすごいものだったんだ……。

 生まれた時から身近な存在だったから、全然知らなかった。


「まずはスペース様にお会いいただきますので、この服にお着替えください。こちらが、【魔法空間師見習い】としての正装となります」


 リアは衣装棚と思われる棚から真っ白なワンピースを取り出し、渡してくれた。

 よく見ると、袖、襟、裾の部分に金色の糸で刺繍が施されている。

 服を脱いで袖を通すと、生地はしっかりとしているのにふわっと軽く、肌触りもスルスルとしていて抜群にいい。

 わずかにひんやりとした服の感触に包まれて、後ろのファスナーをリアに上げてもらうと気持ちまでシャキッとしてくる。


 いよいよこれから、【魔法空間師】になるための修行が始まるんだ。

 帰り方も分からないし、もう後には引けない。

 普通の中学はもうちょっと春休み長いのに、とか、今頃あさひちゃんたちはおそろいの制服着て見せ合いっ子してるのかな、とか思っても、もうここでやっていくしかない。


「よくお似合いです」

「あ、ありがとうございます」

「……ところでソラ様、私に敬語は不要ですよ」

「え、でもリアさんって年上ですよね?」

「私はソラ様のメイドですので、どうぞお気遣いなく。名前もリアと呼び捨てにしてください」

「わ、分かりました……じゃない、分かった、リア」

「ありがとうございます」


 リアはそう、にこやかに微笑んでくれた。

 この笑顔に、寂しさやもやもやが少しだけふっと和らいだ気がした。


「それではソラ様、スペース様がお待ちですので、《神の間》にご案内いたします。今年はソラ様を含めて3名の【魔法空間師見習い】様がいらっしゃいます」


 3人が多いのか少ないのか分からないけど、仲間がいるんだ。

 いったいどんな子たちなんだろう?

 仲良くなれるといいな。


 わたしは期待半分、不安半分で、ドキドキしながらスペースという神様がいるらしい《神の間》へと向かった。


 ◆◆◆


 《神の間》に着くと、リアが扉を開けてくれた。

 そこは白と水色、金色で統一された広く天井の高い空間で、奥の方に短い階段があり、その上には豪華な椅子が置かれている。


 な、なに、ここ。

 物語の中でしか見たことがないような「THE☆お城」といった雰囲気に、わたしは思わず息をのむ。


「ソラ様、どうぞ中へ。皆さまお待ちです」


 リアにそう促されて前の方を見ると、そこにはわたしと同じ服を着た女の子、そして同じく白地に金色の刺繍が施された正装を身にまとった男の子が並んでいた。

 そしてその横には、リアと同じメイド服の女性がそれぞれ待機している。

 あの2人が、同期の【魔法空間師見習い】――かな。

 緊張で高鳴る鼓動をどうにか抑え、わたしは2人の元へと歩いていく。

 こういうのは最初が肝心だ。


「あ、あの……」

「あら、あなたがもう1人のお仲間かしら? わたしくはエリヤ・エリア。よろしくね」

「僕はゾーン・フィールドです。よろしくお願いします」

「あ、えっと、わたしは間中空っていいます。よろしくね」


 エリヤはふわふわとした金髪と緑の瞳が印象的な、おっとりした雰囲気を持つ女の子、ゾーンはきちっと切りそろえた黒髪のボブカットと眼鏡がよく似合う、キリっとした印象の男の子だ。

 というかどっちもすごい美男美女! 顔面偏差値高すぎない!?

 わたし、この中でやっていけるのかな……。


「……ソラ様、そろそろスペース様がお見えになります」


 リアがそうわたしに耳打ちする。

 と、その時、玉座に一層目を引く美しい女性が現れた。

 ウェーブのかかった髪と瞳は綺麗な水色で、力強い眼差しをたたえながらも落ち着いた大人の余裕、優雅な所作で私を魅了する。

 わたしは思わず、その美しい女性――スペースに釘付けになった。

 エリヤとゾーンも同様に、固まってスペースに見とれている。


「【魔法空間師見習い】の諸君、よく来てくれた。私は空間を司る神・スペースだ。これから3年間、君たちには私のもとで【魔法空間師】になるための修業をしてもらう」


 スペース様は、穏やかさと強さの入り混じる声色でそう告げた。

 外見とよく通る声が醸し出す威厳に、こちらまで背筋が伸びる。


「――が、その前に1つ大事なことを話す。【魔法空間師】が持つ力は、私との適性が認められたごく一部の者にのみ発生する希少かつ特別な力だ。本来は《魔法空間》を操って【悩み人】を導くための力だが、使い方によっては人を堕落させたり、殺したりすることだってできる。人は私たちの力を奇跡と呼ぶ。この力に、【魔法空間師】であることに、おごりではなく責任を持って生きると約束してほしい」


 スペース様の言葉に、わたし、エリヤ、ゾーンは静かに頷く。

 この2人も、両親のどちらか、もしくは両方が【魔法空間師】なんだよね。

 2人は、いったいどんな思いでここに立ってるんだろう?

 やっぱりわたしみたいに、家族に言われて仕方なく来たのかな?

 それともちゃんと目指す姿があって、素敵な【魔法空間師】になろうって意気込んでるのかな?


 ◆◆◆


 スペース様のお話が終わったあと、わたしたち3人は、メイドさんたちにお城を案内してもらうことになった。

 お城の中はとても広く、案内が終わるころには13時をまわっていた。


 というか。

 おなかすいたあああああああああ!


 ぐぅぅぅぅぅぅぅ……


 わたしの心の声を表すように、おなかも悲鳴をあげる。

 ぎゃー! は、恥ずかしい……。


 いっそ誰か笑ってくれればいいのに! 知らん顔しないでよー!

 わたしが赤面してうつむいていると、メイドのリアがクスッと笑って立ち止まる。


「みなさま、お疲れ様でした。昼食をご用意しております。どうぞこちらへ」


 通されたのは、大きなテーブルが置かれたダイニングルームだった。

 テーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられ、中央には細長い、美しい模様の刺繍が入った金色の布が横断している。

 その上には、お花やフルーツが飾られていた。すごい。


 部屋に入ると、リアが椅子を引き、座るよう促してくれる。

 エリヤとゾーンも同様に席についた。

 なんだかお高いレストランに来たみたい……。


 わたしたち3人が座り終えると、別のメイドさんたちが次々と料理を運んでくる。

 ふわっふわの焼きたてパンに金色に輝くスープ、おいしそうなお肉料理にマッシュポテト、それから瑞々しくて彩り豊かなサラダもある。


「どうぞお召上がりくださいませ」

「おいしそう! いただきますっ!」


 わたしが勢いよくパンに手を伸ばすと、エリヤとゾーンが驚いた様子でぽかんとしているのが目に入った。


「……えっと、どうしたの? 食べないの?」

「い、いいえ何でも。いただきますわ」

「で、では僕も。いただきます」


 2人ともどうしたんだろう?

 もしかして、この世界独特のマナーとかあった?

 でも何も言われてないし、そんなの知らないし……。

 まあいいよね。


 パンは絹のような繊細かつなめらかな舌触りで、口の中でふわっと溶けていく。

 まるで雲でできてるみたい!


「おいしいっ! わたし、こんなおいしいパン初めて食べた」

「そ、そう。そうね」


 スープもどうしたらこんなにおいしくなるの!?

 お肉もやわらかーい!

 こんなにおいしいと、苦手なにんじんも頑張れちゃう!


 私はあっという間に完食してしまった。

 エリヤとゾーンも、私に続いて完食。


「おいしかったね」

「そうね。ソラの食べっぷりを見てたら、わたくしまで食が進んでしまったわ」

「そうですね。緊張して食事なんて――と思っていましたが、僕も完食してしまいました」


 エリヤとゾーンは、わたしを見ておかしそうに笑う。

 え、この2人、緊張してたの!?

 すっごく落ち着いてるように見えてたのに。


「というかゾーン、あなたいつまで敬語なの? わたくしたちは同期の仲間なんですのよ?」

「すみません、クセなんです。この方が話しやすいだけなので気にしないでください」

「そうなの? そういうことなら構わないけれど」


 エリヤとゾーンって、わたしと同い年なんだよね?

 2人ともどことなく優雅な雰囲気が漂っていて、こんなファンタジーな空間にいても違和感がまったくない。すごいなあ。


「それではお食事も済みましたし、一度お部屋に戻りましょう。今後のスケジュールをご説明します」


 リアの一言で、わたしたちはそれぞれ、メイドさんとともに各自部屋に戻ることになった。

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