第15話 次の課題、そしてゾーンの苦しみ

「――えっ? ボーナス?」

「うん。さっき《魔法空間》でもらった」

「わたくしもさっき入ったけれど……でも何もなかったと思うわ」

「僕も、見た記憶はありませんね……」


 ええっ!? じゃあ、もらったのわたしだけってこと!?

 な、なんでだろう……?

 落ちこぼれだからこれで頑張れ、とか?

 いやでもまさか。


「もしかして、実際に誰かを癒したり幸せにしたりするともらえるんポイントなんじゃないかしら」

「え、じゃあ夏休みに焼きおにぎりパーティーしたやつ?」

「そうとしか考えられないわ。わたくしたちは、見習いでも【魔法空間師】だもの。働きにはきちんと報酬が与えられるのよ、きっと」

「なるほど、たしかにそうかもっ。エリヤ頭いい!」

「なら、見習い中も積極的に活動した方がいいってことね。わたくしも街に出て何かやってみようかしら?」

「いいんじゃない? エリヤならきっとたくさんの人を幸せにできるよっ」

「………………」


 ◆◆◆


 翌日リオン先生に聞いたところ、ボーナスは活動への報酬であることが分かった。

 リオン先生も、わたしが早くもボーナスを獲得していることに驚いていた。


「――ということで、《シード》を《魔法空間》へと進化させたあなたたちは、これからは自主的にポイントを得ることもできるわ。ポイントはGに換えることで《魔法空間》内を充実させることができる重要な財源になるから、余裕がある人はボーナスも狙ってみてね。得られるポイント数は、システムによって総合的に判断されます」


 あの焼きおにぎりパーティーが、まさかボーナスになるなんて。

 でもまあ、2000ポイントももらえたのはきっと偶然だよね。

 あまり期待はせずに、できることを地道にやっていこう……。

 そう思っていたんだけど。


 え、またボーナスが入ってる!?

 しかも今度は3000ポイントも!

 さっき、メイドさんたちに焼きおにぎりを振る舞ったから……?

 配布されるのは月々2000ポイントなのに、こんなたくさん。

 もしかしてこれって、ボーナスを獲得しないと《魔法空間》の育成が厳しくなるってことなんじゃ?

 よく見てみると、たしかに【SHOP】に売られているものの中には高額な商品もちらほらある。やっぱり!

 わたしがほしいものにはあまり高いのなさそうだけど……。

 まあでもわたしでさえ獲得できてるんだから、2人ならあっという間だよね!

 ――そう思ったけど。このシステムが思わず事態を招くことになる。


 ◆◆◆


 2学期も、相変わらず一般科目と【魔法空間師】科目で週5日、7時間目までの日々。

 土曜日は自習、日曜日は休みだけど、日々の宿題もあるし余裕なんて全然ない。

 でも、わたしは焼きおにぎり作りの練習をすることもあって、ボーナスはそこそこ地道に稼げていた。

 最初の2000ポイント、3000ポイントほどのボーナスがつくことはそうそうないけど、でも塵も積もれば何とやらだ。


 エリヤも、街にお気に入りのブティックを見つけたらしく、そこにデザインを提供することでボーナスを獲得している。

 しかし、問題はゾーンだった。

 ゾーンの《魔法空間》のテーマは図書館。

 わたしたちはまだ《魔法空間》に誰かを入れることはできないわけで、現実世界で可能な範囲で誰かを癒す必要がある。

 でも、学校を訪ねて勉強を教えたり参考書を勧めたりしてみても、ポイントは一向に増えなかった。


「ゾーン、元気出して? まだ2学期は始まったばかりよ。わたくしだってボーナスは合計しても1000ポイントくらいのものですし」

「……お気遣いありがとうございます」


 ゾーンは最初こそ平常心を装っていたものの、次第に目に見えて焦り始めた。

 やってることは正しいはずなのに、なぜかボーナスが得られないというのだ。

 わたしとエリヤは、2人でいろいろとアドバイスをしてみたけど。

 ゾーンにはゾーンのこだわりがあるらしく、その壁はなかなか突破することができなかった。

 ゾーンがイライラしていることで、ゾーンの専属メイドも疲れ果てている。

 これでは、いい方向に進むとは到底思えない。


 ――なんとかしなきゃ!

 でも、どうやって?

 こんな状態のゾーンに焼きおにぎりなんて作っても、きっとそもそも食べてももらえないだろう。何か、何か別の手で……。


「――ゾーン」

「……ソラ。なんです? 笑いに来たんですか? ソラは余裕ですね」

「そうじゃなくてっ。ゾーンってさ、絵本も読むの?」

「絵本? ……そういえば幼少期にはよく読んでいましたね。なぜです?」

「わたしさ、小さい頃すっごく体が弱くて、しょっちゅう入院してたの。そのときお母さんがよく絵本読んでくれてね、それが毎日の楽しみだったんだ」

「……それは何というか、大変だったんですね」


 ゾーンは私の突然の告白に驚きつつも、まるで自分自身のことのように考え、思ってくれる。

 やっぱりゾーンって、根っからの冷たい性格ってわけじゃないんだよね。


「そ、その、だから、難しい本もいいけどもう少しハードルを下げるのもアリなんじゃないかなって思うの。ほら、わたしたちの仕事って、先生じゃないんだし」

「…………絵本、ですか。考えもしませんでした。ソラは普段はダメダメですが、時々的を射たことを言いますよね。でも、僕が絵本なんて扱っても、癒されてくれるでしょうか……」

「大丈夫だよ。わたしだって、料理なんてほとんどやったことなかったんだから!」

「……言ってましたね。それで屋台にしようと考えたソラの思い切りは、素直にすごいと思います。……ありがとうございます。少し検討してみます」


 ――よ、よかった。

 まあ絵本を選択するかは置いておいて、言いたいことはきっと伝わったはず。

 あとはゾーン次第、かな。

 ムカつくことも多いヤツだけど、ずっと頑張ってるのは本当だし。

 どうにか、自分の進むべき【魔法空間師】の道を見つけてほしい。


 ◆◆◆


 ゾーンと話をしてから一か月後。

 ゾーンはなんと、わたしの出した「絵本」という案を採用し、幼稚園や小学校を回って読み聞かせをしていたらしい。

 読み聞かせは大当たりしたようで、今や次々とボーナスを獲得している。

 絵本とは言ったけど、あのキャラであの性格で、まさかそこまでするとは思ってなかったよ……。真面目ってすごい。

 読み聞かせをするようになって、心なしかゾーン自体も柔らかくなった気がする。


「ソラ、ありがとうございます。僕は兄の力を奪ってしまったという罪悪感で、自分を見失っていたのかもしれません。これからは、もう少し僕らしい方法で【魔法空間師】を目指そうと思います」

「ううん、わたしはただ、思ったことを伝えたかっただけ。ゾーンが頑張ったからこその結果だよ。わたしも負けずに頑張らなきゃ」

「ふふ、やっぱりソラはすごいわ~。わたくしも負けませんわよ」

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