第2話 販売現場復帰

 『関山さんって社長と何か関係がある人なんですか?』という質問は既にFAQと化していて『たまたま偶然なんですよ』と返す返事もまた決まり切った回答となっている。初めて会う社内の人にはほぼ聞かれる質問だ。今日も既に何人からか聞かれた。


 万が一にも『社長の亜美は私の叔母さんなんです』なんて言っている事が亜美の耳に入ろうものなら亜美からねちっこく苛められるに決まっている。

 亜美は『叔母さん』という言葉にアレルギー反応があるのだ。でも、亜美だってもう三十五才になった。立派な叔母さんだと思う。

 亜美は小さい頃から『私は裕香のお姉ちゃんだからね。お姉ちゃんとか亜美ちゃんって呼んでね』と、しつこく私に言ってきた。亜美は母の妹なんだけど二人は十六才も年が離れている。私とは四つ違いだ。


 店に着いて店舗の制服に着替えた。この制服を着るのも久し振りで懐かしい。変わってないんだ。

 朝礼が始まり店長が挨拶を始める。

「本日、『YESブランド』窪川ガーデンタワー店がオープンします。最新のフォーマットで『YESブランド』の全カテゴリーを揃えた基幹店の一つになります。窪川ガーデンタワー自体の注目度も高く多数のお客様のご来場が予測されています。社内のあちこちの部署から急遽多数の応援の方にも来ていただいています。どうか無事にオープン日を乗り越えたいと思います。本日はよろしくお願いします」

 ——よろしくお願いします

 こうして数年振りとなる私、関山裕香の販売現場復帰の一日が始まった。



 オープンと同時に大勢のお客様が窪川ガーデンタワーに雪崩れ込んできた。人、人、人。当然、『YESブランド』のお店も人が一杯。私もオープンと同時にお客様の接客に追われていた。

 午前中に来られたお客様の中に若いカップルがいた。来年の春に結婚を控えていて結婚指輪を探している最中だと言う。

「指輪の値段ってどうしてこんなにも差があるんですか?」

 男の子の方が聞いてきた。そう思うよね。

「指輪の値段の差って材料の違いなんですよ。プラチナと金の違い。金だとその含有量の違いで値段が変わってきます。宝石の付いた指輪ですとその宝石の値段の差が大きいですね」

 指輪に使われている金属が合金だと知らなかったと男の子は言っていた。純金だと柔らかすぎて変形し易すくアクセサリーとしては加工し難いからね。


「こういうのって後からお直しとかはしてもらえるものなんですか?」

 女の子はそういうの気になるよねぇ。

「『YESブランド』のアクセサリーはお買い上げ後は保証期間内であれば修理やお直しを無償で承ります。保証期間はアクセサリーの種類で違いますが、お近くの取扱店か『YESブランド』のお店にお持ち下されば承ります」

「その後は?」

「無償保証期間後は有償にはなりますが永久保証です。ここで言う永久とは『頑張れるだけ頑張りますけど、どうしてもダメだった時にはごめんなさい』という意味での永久です。修理やお直し依頼は必ず受け付けて、出来そうか無理かを判断してからお返事をしています」

「永久なんですか? ずっと?」

「材料がもう手に入らないとか、加工が出来ないとかでない限りは。お金は掛かりますけどね」

「凄い」

「だって、永遠の愛を誓い合って填める指輪ですから。保証も永久にしています」

 その女の子は『うわぁ』と感激してくれて、そのカップルにはシンプルなプラチナの結婚指輪を買って頂いた。


 『YESブランド』がこうした保証サービスを提供できるのは私が二年前に手掛けた九十年も前に作られた指輪の修理依頼に遭遇したから。その指輪は母から子に、そして子から孫へと太平洋と戦争という距離と時間を超越して引き継がれた正に芸術品と呼ぶに相応しい逸品だった。

 販売元のスファーナも古い商品の修理は受け付けている。でも、それは八十年間だけ。殆どの商品では問題とならない保証期間ではあるが、その代々引き継がれてきた逸品は販売元での修理を断られ山梨の職人さんたちのところに流れついた。

 私が『「YESブランド」のロゴが入った商品は永久保証にする』と決めたのはこの修理依頼に遭遇したからだった。


 ——そう。で、これは他のブランドのと比べてどうなの?

 ちょっと強い口調の声が耳に入ってきた。声のする方を確認すると品の悪い服とアクセサリーで身を固めた年配のババア、、お、お客様が若い販売員に詰め寄っている。

 ——若い子じゃダメね。全く品っていうものを知らないんだから

 いえ、あなたも品は無いか、あっても一番下だと思いますよ。したひんって書いて下品げひんって読むんですよ。

 あの子泣きそうになってる。仕方ない助けてやるか。


「お客様、何か?」

 そう言って近づいていったら私を頭の天辺から爪先まで見て値踏みしてからひと言言った。

「普通ね」

 悪かったわね、普通で。普通が一番良いのよ。

「この指輪はロンドンで買って来たの。ロドリゲスで一番高いやつなの」

 あぁ、ロドリゲスね。スファーナのパクり物ばかりを作って安く売ってるところ。そもそもロドリゲスはマドリードの会社でロンドンはただの支店。ロンドンまで行ってロドリゲスを買う人なんかいないんだけど。

「これのような奴が欲しいのよ」

 いやぁ、そんな質の悪い物は商品として置いてないんだけどな。だってその指輪の石、カットをミスってますよ。この距離からでも分かりますからね。

「無いのね?」

 無くはないけど見せるほどの物ではないかな。この人は値段が高い物を身に付けていれば自分の価値が上がると信じているだけの人だから。


「やっぱり国産はダメね。ジュエリーはヨーロッパに限るわね」

 カチンときた。じゃぁ、出してあげるよ。そこまで言うのならばとっておきの逸品を出してくるよ。

「最高の商品はあります。ただ、お値段が——」

「出せるわよ。馬鹿にしないでちょうだい。日本のブランドごときが。すぐにそれを持ってきなさいよ。買ってやるわよ。どうせ大した事ない物だろうけどね」

 では、買っていただきましょうか。

「ただいまお持ちいたします」

 私は最高級の逸品を取りにバックヤードに戻った。



 バックヤードに戻り店長室に行く。店長は売れ行きをパソコンで見ていた。

「おっ、どうした?」

「あっ、ちょっとお客様が高い商品を買いたいと仰っているのでお見せしようと商品を取りに来ました」

 私は店長室の金庫の電子キーを首からぶら下げていないもう一枚の方の従業員証を使って開けた。中には基幹店にしか置いていないアレが一つ置いてある。

「そうか。そういうお客様がいると売上げに貢献してもらえるなぁ。頼むね」

「はい」

 私はアレを金庫から取り出して再び金庫の鍵を閉めた。


 再びあの年配のお客様のところに戻る。この人、どういう反応をするかな。腰抜かすかな?

「お待たせいたしました。こちらが『YESブランド』の最高級作品となるスーパー・ブライトです」

 お客様の前でスーパー・ブライトの入ったジュエリーボックスを開ける。その瞬間、お客様の目の色が変わったことを私は見逃さなかった。

 そうだろ、そうだろ。ロドリゲスごときで喜んでいちゃぁダメだよ。そもそもスーパー・ブライトこれはスファーナやマーク・ミルソンを凌駕するために贅の限りを尽くしたんだから。


「如何ですか? まず、中心にあるセンターダイヤモンドの大きさにご注目下さい。これで3.5カラットあります。透明度や色についてはご覧いただいている通りの最高品質です」

 まだまだいくよ。こんなものでは済まないのがこのスーパー・ブライトなのよ。

「でも、これだけでしたら普通です。スファーナやマーク・ミルソンに行かれても同様の物は直ぐに出てくると思います。実は違いが出るのはこの周囲の石なんです」

「周囲?」

「ええ。このセンターダイヤモンドを取り囲んでいる小さなダイヤモンドですが全て熟練した職人による手仕上げで六十四個の石が全く同じカットになっています。見ての通り輝き方が均一になります」

 そう言うとお客様は自分で填めているロンドンで買ったというロドリゲスの輝き方を見ている。反射が一定でないよね。ここからでも充分にわかる。

「なるほどね」


「このスーパー・ブライトは『YESブランド』が一切の妥協をしないで作り出した最高級作品です。ただ、非常に手前暇掛けて職人が一つ一つ手作業で作っているのでお値段も最高級です」

「お幾らなの?」

 驚かないでね。

「一千七百万円です。プラス消費税が百七十万円で一千八百七十万円でございます」

 あはははっ。目が驚いてる。

「お一ついかがですか?」

 今度は目が泳ぎだした。

「そう。日本のブランドも良い物を作れるようになったのね。ちょっと検討してみるわ」

「はい。お待ちしております」

 もう来ないだろうね。


 後はお見送りをしてとっとと帰ってもらおうと思っていたのだけれど。

「あなた、この時計って……」

 ん?

「もしかしてXUNDIOザンディオじゃないの?」

 そんな名前だったかも。亜美からもらった物だけど。

「そうですけど」

「姪っ子のお祝いに買ってあげようとしたらビックリするくらい高くて。あなた凄い時計してるのね」

 私も叔母さんあみからもらっただけの姪っ子なので値段は知らない。見た感じで高いんだろうな? くらいは想像してるけど。

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