謎のカリスマデザイナーの中の人のとある一日

相内麗

第1話 突然の緊急ヘルプ

 昨日の夕方のことだった。デザインセンター長が立ち上がって職場全体に聞こえるような大きな声を発した。

「ちょっと皆んな聞いてくれ」

 何事か? とデザインセンターの面々がセンター長に注目する。私もセンター長の方に注目した。

「明日オープン予定の窪川ガーデンタワー店なんだが『想定よりも大勢の人がオープン時に来場する可能性がある』とガーデンタワー側から各テナントに通知があった」


 窪川ガーデンタワーか。東京北部地域から北関東の需要を満たす期待の大型店で今や手狭となった赤羽店に取って代わることになっている。雑貨、衣料、宝飾、食品、エレクトロニクスのカテゴリーを網羅する基幹店だったはず。

「明日のオープン時に人が足りないとヘルプがあったが近隣の店舗からの応援だけでは足りないので本社からも人を出すことになった」

 人を出すって言われてもデザインセンターで誰か行ける人はいるのかな?


 ファッショングループは来夏の商品の実物確認に生産工場に出向いていてこの時期は人がそもそもいない。フードグループは既にお歳暮の応援要請が来ていて現場に出払っている。エレクトロニクスグループは普段から人がいない。

 雑貨担当のバラエティグループはリニューアルするペンの最終案に忙殺されている。来春YESが開業するホテルに使う調度品も生産のピークを迎えていて担当者は生産現場に張り付いて品質管理をしている。

 ペンは本来であれば発売からちょうど十年になる今年の春にリニューアルする予定だったんだけどチーフ・デザイン・コンセプターからダメ出しを食らってリニューアルは一年の延期となった。


 ペンがダメ出しされた理由は上辺だけのリニューアルだったから。デザインのキープコンセプトは良い。それならば他の部分、例えば色や使い易さを大胆に変えないといけない。

 それなのに二百五十六色のままで他に特筆すべき特徴もない。『ちょっと見た目のデザインを変えただけ』ではリニューアルする価値がない。

 まぁ、ダメ出しをしたチーフ・デザイン・コンセプターの中の人は私なんだけどさ。


 『YESブランド』のファウンダー兼チーフ・デザイン・コンセプターの『Y』は謎の人物で一切表には登場しない。製品発表会にはメッセージを出すだけ。取締役会は身内だけだから良いとして、経営会議は全てリモート会議で参加している。しかも覆面。だって、そういうの得意じゃないもん。

 本当は役員なんかしたくないんだけど、社長の亜美から『この会社は裕香あんたの創作物を売る会社なんだから裕香あんたが役員にならなくてどうするの? 名前だけでいいから役員になって』と言われて仕方なく役員をしている。ホントはデザインだけしていたいのに。


 そんな理由で『YESブランド』を展開しているYESデザインズのファウンダー兼チーフ・デザイン・コンセプターの『Y』は姿を見せない謎の人物となっている。

 でも、『Y』の中の人である私、関山裕香はデザインセンターで宝飾関係のデザインを担当しているジュエリーグループのシニアマネージャーをしていて毎日会社に通勤している。

 お陰で私はファウンダー兼チーフ・デザイン・コンセプターの『Y』としての社籍と関山裕香としての社籍と二つの籍がある。従業員証もそれぞれ持っている。


 さて、ざっと考えてみたところで、どこのグループも人を出せる状況にはない! と言うことは実質ジュエリーグループうちしか人が出せない!

 とは言うものの誰を出すかと考えると困ってしまう。

 応援者が現場で足を引っ張るわけにはいかないので新人は外す。人材的には店舗での経験が豊富な木村沙美さみが最適だけど沙美のチームは『ファースト・シリーズ』のリングのデザインを終えたばかりだから少し休ませてあげたい。沙美のチームは本当に良い物を出してくれた。

 と、なると私しかいないじゃん!


「私が行きましょうか?」

 やむなくセンター長に申し出た。

「シニアマネージャーが直々に出てくれるのか?」

 だって私しか応援に行ける人がいなさそうだもん。

「応援ですから新人は出せませんし沙美さみのチームは『ファースト・シリーズ』を終えたばかりで休ませてあげたいので」

「そうか。裕香くんなら大丈夫か」

 商品のことは大丈夫です。難があるとすればコミュニケーション力の方です。

「じゃぁ、済まないが明日は窪川ガーデンタワー店の応援を頼む。店舗には伝えておくから」

 『コミュ力に難がありますが商品知識はあります』とか伝えられちゃうんだろうか? どんな奴が来るのかと思われちゃうよね。


 そんな訳で私は今日、『YESブランド』窪川ガーデンタワー店のオープンに応援としてやってきた。


====

 このお話は全5話です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る