第9話 決戦

 前の馬たちが動きを止めた。ついに、到着したのだ。みのるは、胸の高鳴りとは反対に、唐突な不安が、身体中を走った。

「みのる、大丈夫か?今すぐ逃げてもいいんだぜ。」

佐伯は馬を横につけ、煽ってきた。しかし、ただの煽りではなく、不安をなくすためだと気付き、その優しい言葉とえくぼに感謝しながら顎を引き、大勢の敵をまっすぐ見た。そして、みのるは馬を進めた。佐伯は慌てて、おいっ、と声をかけたが、その目には敵の姿しか映っていなかった。

「どうしましたか、みのる様。」

先頭に立っていた大将は、みのるの気配を感じなかったことに奥深くに眠る恐れを感じたことを隠しながら、落ち着いて言った。

「ここで、自分に宣言してもよいか。」

いけません、とは言えない空気が漂っていた。

「どうぞ、気の向くままに。」

このときのみのるには何を言っても自分を貫く気がした。

「皆の者、もう一度言うが、己のために戦え。僕も、自分にかけられた縄や、網を掻い潜りながら進もうと思う。今こそ殻を破るとき。さあ、敵は目の前だ。」

くるっと敵の方へ向いた。武士たちの熱気で揺らいだ空間めがけて、大きく息を吸い込み喉がちぎれるような、空気が震えるような声で言い放った。

「行けーー!!」

一斉に軍が前進した。途中から合流した軍は、なんだこいつ、という顔を最初はしていたが、次第に心が吸い込まれ、唸り声を出していた。勿論先頭はみのるである。紐できつくしっかりと結んだ布を上下左右にはためかせながら進んだ。

 あちらこちらで戦闘が起きた。もうすでに犠牲者は双方で出ているようであった。

 やがて相手方が火のついた弓を鉄でできた門に放つようになった。遠距離からの攻撃に、盾部隊は次々とやられていった。

「侵入させるなぁ!」

「もう少しだ!進めぇぇぇ!」

色々な言葉が錯綜していて、どれもはっきり聞き取ることができなかった。この奥には優雅で、外の世界を知らない世界が待っている。それを汚してはならない。

 みのるはすぐさま門の方へかけていった。途中槍を伸ばしてくるものがあったが、弾き飛ばし、胸を刻んだ。返り血がみのるの顔や腕、布についたが、目もくれず突き進んだ。

「この先には行かせないぞっ!」

なんとか門の前に立ちはだかり、相手を次々と倒していった。大将は長く、重そうな槍を振り回し、周りを圧倒していた。

「行くなと、言っているだろうっ!」

力いっぱい、佐伯との稽古を思い出しながら、歯から血が出るほど食いしばりながら剣を交えた。みのるの声をものともせずに、人は次から次へと湧き出てきた。

「うはっ」

 大将から、何かを吐き出すような声が聞こえた。

「大将!」

みのりはすぐさま大将の方へと駆け寄った。

「大将、大丈夫ですか!くっ!おらっ!」

 怯んだ大将を見逃さずに、敵が詰め寄ってきた。それを剣を横にし、防ぎながら押し倒した。戦っている間もちらちらと大将の方を見た。

「くはっ!はぁ、はぁ、あぁ、休んでる暇なんかありませんでしょ。荒くれ大将の名が廃る!」

剣を地面に突き立て、ひざを支えに立ち上がった。

「みのり様、私はここで脱落するかもしれません。その時は、どうか、あなた様の守護神にさせてくださいませ。」

 みのるのすぐ横に来ると、ささやくような、震えるような、弱々しい声で耳打ちをした。

「ならば、死後ではなく、今、この門の、私の、守護神となれっっ!!」

 みのるはささやき声に対して、 戦場に響き渡るような、雲をも晴らす声で言った。

「、、、あなた様には勝てませぬ。」

死に場所は今ではないようだ、と抉られた腹を抑えながらみのるの前に立った。

「荒くれ大将、今行くぞっっ!!」

 大将の鎧は少し赤みを帯びていたような気がした。二メートル弱ある長い槍を、傘を回すように振り回し、敵を圧倒していた。次々と倒れていく。決して楽な顔ではなかった。門を守る隊がしっかりと機能していたおかげで、少し汚くはなったが、まだ鼠一匹足りとも侵入していない。

 みのるが大将の応戦に行こうとした瞬間、何者かに剣を弾き飛ばされた。

「お、、、前、、、!」

目の前に立っていたのは佐伯であった。

「お前さ、大将の足手まといになってるってこと、まだわかっていないわけ?」

上から見下して言った。

「だから、僕は今応戦に行こうと」

「だからさ、お前、死んでくんね?」

佐伯はみのるの言葉を遮り、剣がみのるの鎧をかすった。みのるは、間一髪避けたと同時に佐伯を勢いよく睨みつけた。

「いったいなんのおふざけだ。」

ちらっと剣の飛ばされた場所を気付かれないくらいの横目で確認しながら問うた。

「俺の親父がこんなのを助けるために命を落としたってのがずっと気に食わなかった。あの日、ゆら、誕生日だったんだぞ、親父が勝って、生きて帰ってくると思ってたのに、どうして、、、お前らみたいなのが生きてんだよぉ!!」

目からは、男が絶対に流さないような大粒の涙であった。みのるは思い知らされた。自分の今までの命は、誰かの犠牲を伴っていたことを。今度もみのるのすぐ横をかすった。

「ぼ、僕だって、こんな戦が勃発していたこと、知らなかったんだよ!僕達の人生だって縛られた物だ。」

『みのり、お前なら、この窮屈な馬小屋を抜け出せるはずです。さあ、進むのです!』

「僕は、お前の親父さんや姉上たちの命を背負っている。この命、そう簡単には取らせはしまい!!」

「っんなの知らねえよ!一回死ねぇぇぇ!!」

身を屈め、低い姿勢のまま剣の落ちた場所へ走り込んだ。

キーーン

剣と剣が混じり合った。しかし、佐伯の怒りに満ちた勢いは増すばかりであった。

(佐伯、お前と出会って自分の命は一つじゃないと知った、自分はわがままだと知った、愛される、愛されないが問題ではないことを知った。お前と出会って、良かった)

「「うおぉぉぉぉぉぉおぉ!!」」

二人は一瞬も気を抜かずに死闘を繰り広げた。お互いに手負いであるのにも関わらず。その顔は狂気に満ちていたような気がしたが、みのりが少しずつ吸い込んで浄化しているようにも見えた。

佐伯の剣が宙に舞った。こびりついた血が太陽に照らされてギンギンと輝いていた。佐伯は地面に座り込み、肩で素早く息をしていた。

「くそっ、強くなりやがって」

「佐伯からは、多くのことを学んだ。感謝している。しかし、今私を殺したところでなんの得になるというのだ。親父さんが生き還るのか?時間は刻一刻と進んでいく。今、この時間は、お前は『天皇を守るための戦い』に参加しているのだろう!?それはお前が決めたことなのだろう!?どうなんだ!」

その後ろから敵が刀を立てながら突進してきていた。佐伯はみのるに重なって見えていなかった。

「みのり様ぁぁ!!」

声が聞こえると、大将の腹が刀に突かれていた。

「大、、、将、、、?」

辺りは動きが遅くなったように見えた。ゆっくりと大将の腹の奥に刀が突き刺さっていった。鼓動が馬の足音のように早まった。

「た、大将!」

先に佐伯が一歩を踏み出し、襲ってきた敵を一撃で打ちのめした。その後に現実に引き戻された。

「大将、、、大将、、、!ど、どうして、私なんかのために、、、」

「な、なぜだか、あ、あなた様には、この世界を変えてくれるような、そんな未来が重なった、のです。わ、私の命で未来がよりよいものになるのなら、喜んで差し上げましょう。」

「私が、、、未来を、変える、、、?おっ、おい、大将、大将ぉぉぉぉぉぉぉ!!」

静かに目を瞑り、口角は少し上がっているように見えた。荒くれ大将は、みのるを見事に護ったのであった。

「ほ、ほらな、大将のお荷物なんだよお前はっ!!」

地面を両手でわしづかみした。指からわずかに黒い血が流れたように見えた。

「お荷物なんかじゃない、僕は、未来だ。佐伯、一回休戦にしよう。まずはこの戦に勝ってからだ!その後はどうにでもしろ。わかったな。」

「ううぅ。大将、俺は、やってやんぜえ!うおぉぉぉお!!」

涙を振りまきながら敵の中を駆け抜けて行った。まるで、ヌーの群れにライオンが突進するように。みのるは大将の亡骸をそっと壁にかけ、門を死守した。その後、無事天皇側が勝利した。三分の一くらいは大将の軍のおかげであろう。

「さあ約束だ、首は取らせてもらう。」

佐伯は頬や腕に何箇所も傷を宿らせながら言った。みのるは肩で息をしながら、口をもぞもぞさせた。そして、ためらいながら、下を向き、言った。

「二言、していいか?」

「まあ、いいぞ。」

少し口を尖らせながらそっぽ向いて言った。

「門を開け。」

そう言うと、門はギィィィ、と古臭く、重い音をしながら開いた。その後すぐに閉じた。

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