第4話 敬語
この夜は、昨夜のようなお店の出ているところには行かず、暗い、しかし家の明かりがほのかに外に漏れている道を一人歩いた。右の腰には刀を構えている。
「おい、一人なのかぁ。」
体つきの良い大男が目の前に立ちふさがった。両手を胸の前で組み、何重にもついた筋肉を見せびらかしていた。
「ここは俺たちの縄張りだ。なぜいる。ここの者ではないだろう。」
「えっ、あ、そうなのですか。申し訳ございませんでした。それでは失礼致します。」
振り返った途端、その先にも一回り小さい輩が二、三人いた。
「入ってしまった以上、逃がすことはできない。やれ。」
そのボスのような輩は親指を首に立て、命令した。昨夜この者を襲った輩よりも1.5倍の大きさに勝ち目は断然なかった。しかし、降参しようにも捕まったらこの旅は終わりだ、どうする自分、と心の中で自問した。剣を抜き、おでこの前で横にし、二人の剣を精一杯に防御した。今までにないくらい歯を食いしばり、履いていた草履は大きく擦れた。しかし、全てを防ぐことはできず、腹の横、肩の先、腕、徐々に血の面積が増えていった。
「あっっ、、、!」
長期戦により、刀が二人の力に負けてしまい、月で照らされた薄暗い空を舞い、地面に戻ってきた。しかし、その者から1メートル離れたところである。
「なかなか粘ったが、お前のようなか細い女はいくら強くても俺たちに勝てんだろう。降参すればた〜くさん愛でてやるぞぉ。」
ちらっと見えた舌は、蛇の舌のように長く感じ、恐怖を覚えた。
「お、お前らのような輩の手にかかるものか!汚らわしい!」
あちらこちらから血が出ていたため、立っていられるのもあと数十分ほどであった。それに加えて刀もない。相手の二人はまだピンピンしていて、戦いを欲しているようなオーラを纏っていた。その者の煽りは二人の闘志に油を注いでしまった。
(ここまでか、恥だが逃げるしかない。あの二人の横を素早く抜けられれば、、、)
走り出そうとしたが、足が動かず、その場で膝をついてしまった。男は刀を振りかぶった。
(あ、死ぬ、、、!こんなところで、死ぬわけには!)
死を覚悟して目をつぶった。が、刀はその者に当たることはなかった。目を恐る恐る開けると、目の前に二人とボスの間くらいの大きさの男が刀を防いでいた。
「お前、なんでこんな危ない目にあってんだよ!」
「この声は、、、あのときの!」
「こいつら、やっつければいいのか?」
「お、、、お願いします。」
「おっしゃ、任しとけ!」
足手まといになると感じ、逃げようと思い後ろを振り返ると、大男は倒れていた。佐伯、というやつは、二人の剣をことごとく防ぎ、自らも致命傷を負わせていた。二人とも、倒れた大親分の姿を見てさらに闘志を燃やしている。しかし、相手の一人が逃げるその者に気付いてしまい、追っかけた。
「あ、おい!女相手に卑怯だぞ!」
闘志を燃やしている輩は、エネルギーを集中させて突進をしてきた。足に力が入らず、加速することもできなかった。すでに布は地面に落ち、自分や相手によって踏み潰されていた。
「いやぁぁぁっ!」
その者めがけて刀を振り落とした。その刀はその者の体には当たらなかったが、暗闇にいくつもの黒い線が飛び散った。黒い矢が放たれたように。
「このやろう!」
佐伯が男に追いつき、その男の腹部を刺し、地面に崩れるように倒れた。口が少し動いていたので、大親分、と言っていたのだろうと推測した。勝負が決まったのはその後すぐであった。もう一人の相手も一瞬にして佐伯に打ちのめされ、佐伯とその者の呼吸の音しか響いていなかった。
「お前、女だったのか。そりゃ腕があんなに細いわけだ。真っ白いのはよくわからんが。」
「助けてくださり、ありがとうございました。この御恩、忘れませぬ。」
「いや、別にそんなかしこまらなくてもいいんだけど。じゃあ、忘れるなよ。」
見下ろした目でにやっとしながら胸を張った。
「なぜ貴方様はこんなところにいたのですか?あなた達が向かったところとは反対なような気がいたしますが。」
「俺の実家、このすぐ近くなんだよ。親父が亡くなってから家族は俺とおふくろと妹の三人になっちまって。おふくろと妹だけだと心配だから、こうしてたまに帰ってるんだ。」
「貴方様は、お優しいのですね。」
佐伯に偽りのない微笑みを見せた。佐伯は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐにいつもの柔らかい顔になった。
「なんか、敬語とか、体かゆくなるからやめれば。」
「え、ご、ごめん。」
「そっちのほうがいい。」
顔を桃色に染め、そっぽを向いてしまった。
「助けてくれて、ありがとうな。じゃあ、またな。」
刀が刺さった地面の方へ歩きながら言った。
「え、おい、また一人で旅に出る気かよ。」
「当たり前だろ。お前に、これ以上迷惑をかけるわけにはいか、ない。」
いずれペリーが言うだろう言い方で、佐伯と会話を続けた。
「迷惑なんかかけてねえけど。あ、お前がこれ以上厄介ごとにつっこまれる方がめ、い、わ、く、だ!」
その者の眉間に向かって人差し指をつき立てた。
「え、そっちの方が迷惑、なの?」
「おうよ。だから、お前は俺と一緒に来いよ。守ってやる。」
馬は返事をするかのようにヒヒーンと鳴いて前の両足を高くあげた。
「で、でも、、、わっ!」
刀に手をかけながら離していたが、佐伯が馬の上から手を無理矢理引っ張ったため、刀は勢いよく地面から離れた。その跡は暗闇に同化して消えた。強引な佐伯にぶつぶつ文句をつぶやきながら刀を鞘にしまった。
「お前のその長い髪、残念だったな。せっかく綺麗な黒髪だったのに。」
突然後ろから髪を触られ、大きく見開いた目が、闇夜に浮かんだ。が、すぐにもとに戻り、ひらめいたかのような顔で鼻を鳴らし、前へゆっくり向いた。
「なあ、私の髪、もう少し短く、横を揃えて切ってくれないか?」
「え、もっと切るの?」
やけに上機嫌な声の主の顔を見たくて身を乗り出した。
「ああ、この髪もまた、縛られた身だ。いっそ、切ってしまえば楽になる、かもな。」
その声は、なにかを決意したような、さっぱりとした感じであった。
「ふーん、まあ頼まれた以上、仕事はこなすけど、、、」
「、、、頼む。」
言われたとおりに斜めに切られた長い髪は、肩の上でなびくようになった。切り終わり、ゆっくり後ろを向いた。
「ど、どうだ?」
顔を桃色に染め、うつむきながら言った。
「うん、いいじゃん。なんか、美青年、って感じだな。もしかして、男に見られるかもな。」
またえくぼがちょこんと顔をだした。
「それは好都合だ。ありがとう。」
そういって前を向き直した。耳は愛らしいほど赤く染まっていた。
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