第3話 言葉遊び
遠くから大勢の集団が見えた。ある人は路地に逃げ込み、ある人は逃げ切れず襲われていた。その者は、荒くれ大将と呼ばれるものが、立派な馬に乗り、強さだけを頼りに暴れまわっている、という情報を微かに耳にしていた。その馬に乗った者たちがその者の横を通り過ぎた。何事もなくことが済んだことにホッと一安心したとき、突然、昨夜と同じように、布を持っていた腕を掴まれた。馬の進んでいる方向へ引っ張られ、つまずきそうになったが、腕を掴んだものが馬の速度を落としたため、その者は転ばずに済んだ。しかし、腕を握られ、布が宙に浮いてしまったため、すぐさま片方の手で抑えた。
「お前、なぜ布をかぶる。私達の前で無礼ではないか。」
「わ、私は、太陽の光を浴びると肌が赤くなる故、こうして布をかぶって過ごしているのです。この無礼をどうか、見逃してもらうことはできないでしょうか。」
その者の丁寧な言葉に、その男のすべてが一瞬止まったが、すぐに歯車は再開し、言葉を放った。
「おお、これは失礼。しかし、太陽の光を浴びてはいけない、というのならば、今私が掴んでいる腕はどうなるのだ。ほーぅ、なかなか綺麗な白い肌ではないか。まるで血が通っていないように白い。」
「そのうち血が通います。」
「ははっ、言葉遊びが通じるやつだな。ここの生まれではないだろう。」
「いえ、この地で生活をしています。」
「気に入った。名はなんという。」
「名乗るほどのものではありませぬ。どうか私めの無礼を見逃してやってください。」
再び強く、確実に聞こえるように言った。
「見逃してやってもいいが、今はあいにく暇だからお前の腕に血が通うところを見ることにする。」
「私に用事があります。」
「やはり、お前はここの者ではないだろう。私に言葉を繋げてきたのはお前が初めてだぞ。他のものは私を恐れて、口が震えるだけで言葉が出てこない。情けないにこしたことはない。そんなやつらから早く抜け出したくてこの隊に入ったのだ。」
「口が達者なだけです。腕を離してくださいませ。行かなければならないところがございますので!」
思いっきり腕を振り払った。しかし、今までの者とは異なり、まったく力が緩まない。自分を女と思っていないがために力を予め強くしていたのか。私こそお前のようなやつは初めてだ、と心の中では呟いていた。頭の回転が早いのも楽ではない、と悟った。
「佐伯、大将が離れてゆくぞ。そんなに構っていられる時間はない。最後尾になってしまったではないか。」
佐伯、と呼ばれている者がやっと腕を離してくれる、と期待した。腕は、佐伯という者が強く握ったために少し桃色を帯び始めた。いざとなったら使える、と考えた。
「悪い、先に行っててくれ。私は遅れて行く。次は〇〇だろう。」
知らない土地名が聞こえた。いったい、この軍団はどこの者たちなのだろう、と思った。
「もう少しこいつと遊ぶから。」
「お前いい加減にしろよ。この前それで大将にこっぴどく怒られてたじゃねえか。」
「あれは向こうが悪いんだ!っていうかあれは、俺は帰ろうとしてたからな!向こうが俺の美貌に惚れちまって離してくれなかったんだよ。」
「まーた美貌とかいって。お前だろ、やらかしたのは。ほら、早く行くぞ。」
馬はヒヒーン、と高く鳴き、背中を強く叩かれ、進んでいった。
「ちぇっ。じゃあな、布のやつ。また会ったらよろしくな。」
そう言い残して、すぐに前を向き、その人のあとについていった。あっという間にその姿は見えなくなった。強く握られた腕は重力に従って落ち、布を握り直した。最後の言葉は、口は悪かったが少し優しかった気がした。凶暴な熊が身を鎮められ、人間にとって無害になるように。嵐が去り、元々目指していた方へ歩き出した。
(あの人、自分のこと、美しいって言ってた。あの言葉遊び、面白かったな。)
薄い布の中で、その者はふふっと声を漏らした。すれ違った人は顔も見えないその者を横目に見ながら不思議そうに通り過ぎていった。
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