第96話 微睡みの中の微笑み【2】






「ヨル、少しでも辛い、眠いと思ったら横になるんだぞ」

「大丈夫だ! リンタロウ! 心配してくれてありがとな。この通り俺はまだまだ元気だ! それよりリンタロウは魔力もたくさん使ったんだ。早く休むといい」

「ありがとうヨル。先に休ませてもらうよ。行こうゼン」

「あぁ、ヨルすまない。先に休む」

「あぁ! ゆっくり休めよ!」



 ヨルの言う通り、俺の魔力はまだ余力が残っているとはいえ、なかなかの量を使ってしまっているので、疲労してないとは言い切れない。だが、同じくらい動き回っていたヨルの疲労も相当なもののはずだが、それでも彼はまだ大丈夫だと言う。

 心配していないわけがないのだが、彼の固く強い思いは変わらない。

 一言感謝の気持ちを伝えてヨルと別れ、俺とゼンは病院内の隅で、自分たちの荷物の中から毛布を取り出して丸まり、つかの間の休息をしたのだった。







 

 *********









「本当に休まなくて大丈夫だったのか」

「大丈夫だって! この通り元気さ。休んでいる間に患者の変化に気づけないほうが怖い」

「そうか…………」



 リンタロウとゼンが休んだ後、ヨルとオベールは二人で患者の様子を見回っていた。

 今は、一番重症であった子供達の部屋に入り一人ずつ様子を診察している。

 他の衛生兵達も手分けして患者の様子を見たり、町周辺のサシニアの花の駆除にあたってくれている。



「それにしても、驚いた。君のような若い子がこんな珍しい花の治療法に詳しいとは」

「俺の爺様が薬学者でさ。昔から家の中にはそういう本がいっぱいあったし、爺様自身も俺に色々と教えてくれたんだ。俺を爺様と一緒の薬学者にしたかったみたいだ」

「……? その言い分だと君は薬学者ではないのか?」



 治療のおかげか、患者たちの呼吸が落ち着いていて、すうすうと気持ちのよさそうな寝息が聞こえる病室の中。

 患者を起こさないように小声で話す二人。



「俺は都心部に行って騎士団に入って、英雄王みたいな強い剣士になりたいんだ!」

「英雄王、あの有名な?」

「そう! 魔力を使えなくても英雄と呼ばれた騎士、英雄王。俺はあの人に憧れてるんだ。俺も、魔力がうまく使えないから……」



 そう。ヨルが憧れている英雄王とは、ヨルと同じで魔力は持っていても、上手く思い通りに魔力が使えず。唯一扱えた魔法剣の腕一本で英雄王とまで呼ばれるまでのし上がった剣士であったのだ。

 自分と同じ部分があるにも関わらず、英雄。しかも王にまでのし上がった剣士。

 幼い頃、絵本で読んでからというもの、ヨルは憧れて仕方がなかったのだ。


 ちなみに、この英雄王が実在したのは、ゼンの出身国であるカルバーア国。

 魔法剣の腕一本で王へとのし上がった伝説は有名で、もちろんゼンもこの話をよく知っており、旅の途中でゼンとヨルの二人でリンタロウにも詳しく説明していた。



「そうだったのか、君ほどの知識の持ち主であれば我が医療部隊に招き入れたいほどなのだが」

「ははっ! 本当だったらありがたい申し出なんだろうけど、俺には目標があるから」

「……そうだな。それならばこれ以上勧誘するのも野暮だな」



 どこまでも、明るく笑い、優しい夕暮れの瞳で人を癒そうと懸命な姿を見せるヨルに、オベールはぜひとも自分の下で共に働いてほしいという気持ちになるが。

 ヨルの心の内を聞いたからには、無理強いはできない。

 しかし、オベールの心を強く揺さぶるほどに、ヨルには知識の豊富さと判断力や行動力。そして、傷ついた者に対する心優しさがあった。



 そして、ヨルは村人や村の医師、リンタロウ達が起きてくる昼頃まで。それまでずっと付きっ切りでオベールや他衛生兵達と病院内の患者達の看病を続け、オベールからさすがにもう休むように言われた後、さすがに事切れてぱたりと眠りについたのである。

 言葉通り、ぱたりとオベールの目の前で倒れこむように眠ったヨルを、オベールは慌てて抱え込み地面に倒れるのを防いぎ、簡易に作られた空いたベッドの上へとヨルを寝かせた。



「お疲れ様。ありがとう」



 温かな毛布を掛け、さらりとヨルの頭を撫でたオベールは、安心しきった様子で微笑んで眠るヨルの寝顔をしばし眺めたのであった。







 


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