第77話 閉幕【1】







 ――――――あ……。


 あれ、ここどこだ?

 真っ暗だ……。



 ――――郎。



 ん?

 …………この、声は。



 ――――凛太郎。



 父さんの声だ。



 俺が声の主の正体を把握して後ろを振り返った先には、顔に靄のかかった父親の姿が目の前にはいた。



「父……さ、ん……?」





「凛太郎、なんだこの点数は」

「ごめんなさい」





「と、昔の俺……」



 振り返った先には父親だけでなく、昔の俺の姿もあった。

 こっちの姿は靄もかかっておらず、はっきりとしている。


 そうか、これは夢か。

 しかも最悪なことに昔の記憶の夢だ……。


 ………………なんで夢か分かったかだって?

 だってそうだろ。

 俺は三歳の頃から父親の顔を見てないから、どんな顔をしていたかなんて分からないし。この時のこのやり取り、正しい記憶は電話でのやり取りの内容だからだ。






「そんな言葉を聞いていないのは分かってるだろう。なんでこんな点数になったんだ」

「っ……、一カ所だけ、すぐに解けなかった問題があって、時間が足りなくて、それで……」

「はぁ……」

「っ!ご、ごめんなさい!」





 あー、そういえばあったなあ。

 小三年から中学受験の勉強させられて、小四の時に塾のテストで初めて95点以下の点数だしたやつ。

 ていうか、それまで俺の点数ほぼ100点か98点代しか取ったことなかったからめちゃくちゃ怒られたんだよなこれ。


 びくびくしてる俺、懐かしー。

 父さんは家を出てった癖に、世間体を気にして家に電話してきては俺の勉強をチェックして、新しい課題やらなんやらを与えて電話を切っていた。

 事実と少し違うのは、何故か夢の中では目の前に顔は見えないけど、父さんが小さな俺の目の前にいるってところ。

 俺の学力が低い事で、他の親御さんとか会社の人間に舐められないようにするために、勉強は昔から厳しくされていた。


 とは言ってもな? この時には俺、もう中二レベルの勉強させられてたんだぞ?

 今思えば、その年齢の子供にそのレベルの勉強は過酷だろう。と今なら思うけど。


 と、そんなこと思ってたら、急に周りの風景が変わった。





「凛太郎、中学卒業おめでとう」

「ありがとうございます」





 これまた何故か夢の中だと、顔が見えない父親が中学卒業したばかりの俺の目の前に居る。

 この時も、卒業式を終えてまっすぐ帰った後に鳴った電話を取った時の記憶だ。





「もうお前も高校生になるから、これからのお前の進路を伝えておこうと思う」

「……はい」





 俺は、父親から自分が何になりたいか、とかどんなことがしたいかだなんて一度も聞かれたことがなかった。

 俺はずーっと父さんが引いた、父さんの都合がいいレールの上を歩かされていて。

 この時にたしか、初めて俺に弟がいるっていうのを知ったんだよな。


 父さんが話した内容は簡単に言うと、俺はこのまま勉強をしっかり続けて、大学へ進学し卒業を終えたら、ちょうど四歳年下の弟が大学へ進学するそのタイミングで父さんの会社を継ぐために父さんの会社へと入社するという内容だった。


 ここまで聞くと、これは一族経営の大手企業などに多くあるような普通の話かもしれない。

 ここまで聞けば。だが。


 その後の話は、怒りやら吐き気やら頭痛やら動悸やらで電話を終えた後、膝から崩れ折れるくらいの気分の悪さだった。


 どうやら、俺は、その四歳年下の弟の為に作られた人形だったのだ。

 世間体を気にする父さんは、もちろん俺を会社に付かせて、ゆくゆくは父さんの今の座を俺に譲る。という態で、どうやら弟に財産のすべてを継がせるつもりだったそうで。

 俺は所詮、弟の代わりにつらーい仕事をして、その仕事した分は全て弟に渡るという操り人形の役割をこれからの将来させられるという内容を、この電話では聞かされた記憶がある。



 片手で口元を押さえて、もう片方の手で震える身体を掻き集めるように抱いている目の前の中学卒業したての俺。

 この時までは、会いに来ないけど、頻繁に連絡をくれるからもしかしたらっていう気持ちが父さんにあったからなあ…………。

 まあ、そんな気持ちは馬鹿な思い違いだったけど。


 ………………卒業、おめでとう。俺。





 そこからはもう、ただ、暗くて、冷たくて、痛くて、気持ち悪い。

 そんな気持ちの記憶しか俺には無い。



 そう思った瞬間、目の前が再び暗闇に包まれて、足元がまるで沼の様に変わり、ずぶずぶと、ゆっくり、少しずつ、足先から沈んでいく。



「っはぁ!? なんだよこれ! ぅー……っ! ぁあ! くそ! 抜けねえじゃねーか!」



 突然変わった足元。慌てるしかない俺は足を引き抜こうとするが、抜け出せず。

 夢の中だというのに、やけに沼の感触がリアルで、まとわりつく感触が気持ちが悪く吐き気をもよおしそうだった。


 青ざめながらも、どうしたものかと思案しようとしたその時。

 ごぽり、となにやら下から湧き出てくるモノがあった。





 ごぽり。



 ……り、んた、ろう。



 ごぽり。





「っひ!」



 暗闇だというのに、何故か真下の足元の黒面がごぽりごぽりと泡を出し、波うち、しだいに人のような顔になっていくのが分かる。



「な、んだよ……」







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