第74話 闇を切り裂く刃の音【1】








 耳にしっかり届いたその声は、声量の大きさで声の主との距離が俺とあまり遠くないことがすぐに分かる。

 声が聞こえた方向。

 俺はその方向に条件反射で目線を向け、次に首を回して顔を向け、肩を向けて、ほぼ半身をその方向に向けた時。




 プティ君の優しい体温で回復していた俺の体温が、全身から一気に温かみが消えゆくのを感じた。











「よくも、やってくれましたねぇ!」



 逃げる足の速度を落とさず聞こえた声の方向へと顔を向ければ、そこに居たのは怒りに顔を染めているシェイと呼ばれていたリーダーの男であった。



「――――っくそがああ!」



 とりあえず逃げる選択肢しかない俺は、罵声を吐いて無駄だと分かっていても走る足を止めずに苦し紛れのスピードアップをするしかなかった。

 視界に入ったリーダーの男は普通の馬じゃなくて、角が二本あったバイコーンと呼ばれていた馬に乗っていたので、そいつのせいで追いついてきたのだというのはすぐに分かるけど!


 魔力酔いはどうしたんだよ!?

 どう考えても意識はっきりしてなきゃ、あんなにしっかり馬を走らせるなんてできねえだろ!


 そりゃあぱっと見しかしてないけど、リーダーの男の顔色はすごく悪いって言葉で収まり切れないくらい複雑な顔色だから、今もノーダメージではないと思うし。

 もっと付け加えれば表情なんて怒り通り過ぎて、なんか暗黒の化身でも呼び起せそうなくらい悪い顔になってた!


 もう一回捕まったら今度は絶対無傷で済まないよな!!


 そう思ってあらん限りの魔力を使って足を速めて逃げていたものの、俺基準からしてモンスターと呼べる風貌のバイコーンに速度で敵うはずもなく。

 俺の進行方向へと回りこんで、行く道を塞ごうとするバイコーンに乗るリーダーの男を、一回は不意を突いて別方向へと逃げ進めたけれど、またすぐに追いついてきたバイコーンの足が鋭く襲い掛かってきた。


 けど、リーダーの男はバイコーンの足を俺にぶつける気は無かったようで。

 鋭く振り下ろされたバイコーンの足は俺が足を付けるはずだった地面をただ抉るだけで、本命は崩された地面に足が付けれずに体勢を崩した俺をバイコーンの太く硬い首で叩きのめすことだった。



「っう! ぐぅっ!」



 まるで鋼鉄の様に感じ、ぶつけられた首は、上手くカバーすることはできなかったけど。

 その後の受け身は上手く取れたおかげで、全くないとは言い切れないけれど背中に居るプティ君に大きな怪我は無いはずだ。


 その分俺はズタボロになったけど、名誉の勲章にするか。

 ……名誉の勲章って、こんな大怪我の事を言うんじゃないと思うけど。



「………………っくぅぅ!」



 あぁ、やっちまった。

 これたぶん腕折れてる。

 あと思いっきり耳から肩にかけて、あのぶっとい首にぶちのめされたから耳鳴り止まないし頭ぐわんぐわん揺れて視界定まらない。

 肩も脱臼? までは言ってないと思うけどちょっと動かすのは無理っぽい。

 身体の前面や受け身取るために使った手や脚まで全身傷だらけ。


 これだけの傷受けてたら普通は気絶するんだろうけど、そこはやっぱり日本人お得意の気合と根性だよね。

 前の世界の現代社会で嫌われモノっぽい気合と根性だけど、こういう時にはありがたい。



「ははっ! 良い格好になりましたねぇ!」

「げほっ、ぅ゛……ぅるぜぇ」



 起き上がれない。

 目の前のクソ野郎から逃げなきゃいけないと思っても、身体が言う事を聞かない。

 意識を保ってるのでやっと。なんて言葉、漫画アニメでよく聞くセリフだけど、こんな感じだったんだな。


 くっ…………そ悔しい!!!!


 身体の前面を地面に付けて伏せてる体勢のまま、どこか動かないかと頭の先から足の先まで全部を動かそうと試してみてもピクピク反応するだけでそれ以上動こうとしない。

 気合でできたのはさっきのリーダーの男への暴言くらい。


 身体は一ミリも動かせないくせに、悔しさやなんやかんやで高ぶった感情が涙になってぼろぼろ出てきやがるのがまた頭にくる。


 こんなに涙がでるなんて何時ぶりだよ。


 もう記憶にねえよ。



「油断はしたつもりはないんですけど、異世界人ってのは厄介だ。おかげでしなくていい怪我までしてしまいましたよ」



 こんなの計画の予定にはなかったんですけどねえ。

 俺は自分の顔も動かせないので、リーダーの男がそう言いながら、乗っていたバイコーンから降りてこちらに向かって来るのが気配と音で分かる。

 けど、こちらに向かって歩いて来る足音が、規則正しくなくて不自然だ。

 しなくていい怪我をしたと言っていたから、足に怪我をしたのか?


 俺とリーダーの男の間隔は大して距離が無かったため、俺の頭のすぐ先に足を止めたであろうリーダーの男は、不気味に一拍、無言になったあと、俺の髪を思いっきり掴んで顔を上げさせた。



「……っぅぁ!」

「ほらぁ、見てくださいよー。この足」



 顔を引っ張り上げられたことでようやく視線が合ったリーダーの男の表情は、それはもう冷えたもので。

 その冷えた顔に浮かび上がっている血管の数が、こいつの怒り度数を表しているのは明らか。

 まあ、俺がその怒らせた張本人ではあるけれど、謝る気は一切ないし、むしろざまあみろ。


 そして、男の言葉の誘導の通り目線だけを足元に向けると、男の右足の太ももには小さなナイフらしき物が刺さっていた。

 逃げる前に男を気絶させたときには見られなかったそれ。

 おそらく、魔力酔いでぶっ倒れているリーダーの男とフードの男を発見した仲間が、起きない男に刺して無理矢理起こしたか。

 もしくは、どうにか仲間に起こしてもらった男がはっきりしない意識を取り戻すために自分で刺したか。


 仲間がやったか自分でやったかどっちにしろ、意識戻すためとはいえ、ちょっとぶっさすなんて発想が頭おかしいけどな!!!


 いやだ!ファンタジー物騒!








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