第73話 不安と期待は天国か地獄か【2】
なーんて、あの時は思っていたけど。
そりゃあリーダーの男の言っていたとおり、悪意ある者達から狙われやすい俺みたいな異世界人を守らないといけない立場のゼンからしたら、今回みたいな事は決して起こらないとは言えないわけで。
そんな存在を守るためには、あらゆる対処が必要だ。
だからこそ打った手の内の一つが、周りの目が無い所で俺に様々な知識を与え、いざという時助けが来れない状況でも一人でも対処できるようにしたってわけか。
わざわざ人目の無い所で知識を教え込んだのは、たぶん忍び寄るいるかいないか分からない相手に俺がどんな知識をどれほど持っているかを悟らせないため、かな。
旅に役立つから、なんて言われた通りを半ば鵜呑みにして素直に学んでいた俺は、こういう危険な状況に陥った際の対処法などを知らないうちに教え込まれていたわけで。
掌の中身が分かった今では、あの時納得いかなかった事なんて馬鹿らしい考え。
けど、それを気づかせないくらい自然に、ゼンは俺に様々な知識を教え込んでいくものだからすっかり騙されてしまっていたわけですけども。
教えてもらっていた知識の難易度に関しては、こちらの常識がまだ把握しきれていない俺とって覚えている知識が一般的にどれくらいのレベルに相当するかは定かではないが、教え込まれる量とスピードは今思えば子供がついていけるレベルではなかったと思う。
ゼンはそれだけ早く、できるだけ多く、危険から身を守る対処法を俺に覚えさせておきたかったんだ。
子供達がもし、魔力操作以外の勉強にも参加していたら、俺にこれだけたくさんの知識量を教え込ませることはできなかっただろうし。
そう思えば、俺の感じていた違和感やなんやかんやなんて大したことではない、何度でも思ってしまう本当に馬鹿らしいちっさい考え。
…………まあ、ちょっと、ゼンの掌に転がされすぎている感じがするのは、悔しいけどな。
それに、俺がお前の思惑に気づかずに慌ててしまって対処できないとか考えなかったのかよ。
でも、ゼンはどれくらい先を見越していたんだろうか。
今俺は、いつまで経っても自分が変化させた森を抜け出せない謎の状況に混乱しかけているし、追手が追い付いて来るのが早いか、助けが見つけてくれるのが早いか、俺の体力が切れるのが早いか。
そもそも、助けが来てくれるのかも分からないこの状況は不安を煽られる。
けど、これほどの先を見越していたゼンならば俺を探してくれているに違いないし、様々な状況や可能性から俺達を見つけ出してくれるのではないかと期待もしているのだ。
「……っにしても! なんでこの景色変わんないんだよ!」
これだけ走り続けているから、さすがに息も上がっているし体温も上がって汗も止めどなく流れている。
なのに、身体中を駆け巡る悪寒のせいで手足の先が震えて仕方がないのは何なんだよ。
この悪寒の正体は、走り出してからずっと思っている不安か? それともこれが恐怖というやつなのか?
いくら考えても、初めて感じるこのむず痒いような、身の毛のよだつというモノに当たるのかも分からない不快な感覚の解消方法は分からない。
そりゃそうか。
これもまた“初めて”なのだから。
でもそんな思いの中でも唯一の救いは、背中に感じる柔らかいぬくもり。
その心地良いあたたかさが俺の不快な感覚をじんわりと溶かしてくれている。
………………あたたかい。
そのあたたかさをもっと感じたかった俺は、ツナギで姿は見えないけれど自分の背中に存在しているプティ君を、後ろ手でこれ以上傷つかないようにと、この子を守るという決意と願いを込めて強く抱き寄せた。
もちろん、ただでさえ衣服の中という息苦しい状況下にあるプティ君が、これ以上苦しい思いをしないようにと気遣いつつ。
もっと、もっとと、その体温がより一層自分に沁み込んでいくのを感じながら。
「はぁ、……はぁ!」
俺がさっきまでぞわぞわと強く感じていた不快な感覚も、プティ君の優しいあたたかさのおかげで徐々に消えていくのを感じる。
…………感じるけど、それと同時に正常な意識もどんどん帰って来てくるわけで。
そのせいで、別に戻ってこなくていいモノも戻ってきてしまいまして。
まあ、前の世界の人が聞いたら理解してくれる効果音が鳴ってしまったんですよ。
ぶちっとね。
「――――――っとに! どこまで続いてんだよ!このヘンテコ森!」
この異世界に来てからというもの、ファンタジーてんこ盛りの展開が続く続く。
ストレス発散の目的もあったんだろう、パルフェット様の気遣い光る息抜き企画などのおかげでこれまで俺のストレスが爆発することはなかった。
けれども、僅かに残っていくストレスのせいで、日が過ぎ去っていくごとにめちゃくちゃ元気だけど気疲れというか心が明らかに疲弊していってるなーという自覚はあったんだよ。
はっきり言うと、耐え切れなくなる前にどこかで一度吐き出したかった。
更に加えて言えば、ほんの少し前まで一般人だったんだぞ? それも戦争をしなくなって平和が普通になってしまっていた国の!
確かに使える知識はたくさん詰め込まれたが、実際の訓練をしっかり受けたわけでもない! ちょっといろんな道具の使い方とか教えてもらったけど!
なのに! このはちゃめちゃな危機的状況で! ここまで考えが鈍らずに教え込まれた知識を活用できた俺の事を褒めてほしい!
これ以上は! 本当に!
「もう! ファンタジーやだぁあああああああ!!!!」
目まぐるしい非現実的な状況でも、ギリギリで理性を保てていたくらい強靭であった俺の気持ちの糸。
それがいとも簡単にぶちっと切れてしまえば、自分の走る勢いでふわりと遥か後方に理性を置き去りにできてしまうくらい俺の理性という名の奴の重量は軽かったらしい。
そんな理性という名の枷が無くなり、自由になったストレスという塵が積もって山となった存在。
そいつは住処にしていた腹の底から開放されて喉を通り、声と共に飛び出すという暴挙を俺は許してしまった。
この絶叫が、自分の未来を担っているともつゆ知らず。
「見つけた!!!」
その声は、天国からの救いの手か、地獄へと引きずる手か。
理性の無い大きな声を出し終えたばかりの俺には、一瞬判断がつかなかった。
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