第72話 不安と期待は天国か地獄か【1】



 






 不安と、期待と。




 子供達とのお勉強会の際にひたすら走り回ったりしていたおかげで、元から自信があった自分の体力に磨きがかかっていた。

そのおかげでアップした俺の体力なら魔力の性質変化で姿が様変わりしてしまった変な森の風景なんて、息が切れる前にある程度走れば抜け出してしまうだろうと思っていた。


 でも、そんな俺の考えが甘かったのか、この複雑な心情が渦巻いてる中で、走っても走っても俺の魔力で変化した森を抜け出せる気配がない。



「はっ……はっ……」



 おかしい。

 俺が変えてしまった森はこんなに広いのか?

 加減なんて考えずに魔力を放出したとはいえ、こんなにも抜け出せないほど広大な範囲を俺は変化させてしまっていた?




 実を言うと、俺は無闇に走っているわけではないのだ。




 薄暗い中でも馬車から降りた際、自分達の居場所の把握のために馬車の向きや月の方位。

 道がどの向きに伸びているかなど確認し、荷馬車の定位置から離れる際も道の方角と距離も把握して、着いた川の流れの向きや幅など。

 もしも逃げられると思える最良の時に、リッシュ家の方角へ逃げられるようにと必要な情報を集めていたんだ。


 元普通の大学入りたての、田舎とは言えない都心付近に住んでた俺だ。

 そりゃあ、俺が前の世界の同年代と比べたら知識などは豊富であったほうだとはいえ、こういう時に役立つサバイバルや地理学などの深い知識を知っていたかというとそうではない。


 では何故、今こうしていろんな知識を駆使して逃げることができているかというと。


 実はゼンが教えてくれていたのは、魔力の事ばかりではなかったからだ。







 今思えば、ゼンはこういう展開も見越していたに違いない。







 ゼンが身分証を発行する旅に出る際に役立つからと、俺にリッシュ領やその周辺の地図、方角の確認の仕方、もし森で迷った時に元の道に戻る方法など。メインの魔力操作の勉強の合間やおそらくゼン自身の自由な時間などを削ってまで、様々なサバイバルや旅に必要な知識を俺に与えてくれていたんだ。




 それはまだ、俺がゼンの事をイケメンという渾名で呼んでいた頃。


 異世界から転移してきたばかりの俺にいらぬ負担が重ならないようにと、あいつは気を使ってくれてこちらの世界での生活に慣れるまで、魔力操作以外の難しい知識などを教えないようにしてくれていて。


 出会ったばかりの俺の事なんか性格とかまだよく知らないはずなのに、こちらの生活に慣れた絶妙な頃合いを見計らって、そろそろ魔力操作以外の知識も覚えれるくらい余裕も出てきたみたいだなと、それから後の旅に必要な知識をゼンが先生となり教えてくれた。




 ゼンは自身が持っている知識をとても丁寧に、しかも俺の気持ちなども考慮して教えてくれたのでとても覚えやすく、時間が過ぎていくとともにスルスルと知識を自分のものにすることができた。

 耳にしたことない知識をものにすることに楽しみを覚えて夢中になっていったからか。

 最初は気づかなかったのだが、ゼンが様々な知識を教え始めてくれて数日も過ぎれば日に日に明確になっていく違和感に気づいたのは偶然ではなく。


 魔力操作は、子供達と一緒に勉強会と称して教えてくれているのにもかかわらず、何故かそれ以外の旅の知識などに関しては俺だけに教えているのだと気付くのは必然だった。




 初めは魔力操作の勉強会の休憩時やパルフェット様達と出掛ける時など。

 周りに子供達やパルフェット様達など誰かしらいる状況で、普通の日常会話などをしている合間にさり気なく豆知識として話してくるので気づきにくかったのだが。


 教えてくれる内容が難しくなっていくにつれて、周りに誰もいない、ゼンと俺が偶然にも二人きりの状況で教えてくれる回数が増え。

 更に詳しく資料なども使って説明が必要な時は、必ず屋内で説明されることも増えた。


 この屋内で旅について教えてくれる場合は、子供達が一緒に行くと言ってもパルフェット様が別の用事を子供達に与えたり、時にはゼンがはっきりと断りをいれて俺だけを連れて行くこともあり、明らかに意図して俺だけに教えようとしているのでそりゃあ気づく。

















「なあ、ちょっと気になってたけど、こういう旅の知識とかは俺だけじゃなくて子供達には教えないのか?」

「ん?」



 俺が、ゼンとリッシュ家の皆と一緒に市場へ行くより少し前の話。


 ゼンがリッシュ領の地理について地図を見ながら教えてくれるとの事で、リッシュ家の屋敷内にある図書室へと向かっていた時に、それまで不思議に思っていた違和感の事を何気なく聞いてみたのだ。



「特にベルトラン君は、将来冒険者になるのが夢だって言ってたから、ついでだし一緒に勉強しようぜ」

「あぁ、それなんだが。下の子供達の年齢では、リンタロウに教えている内容は難しい話だからまだ必要ないし、ベルトラン君も来年15歳で一番上の兄上と同じ都心部の学園に通うことになっていて、そのうちいろいろと学べるようになる。それに、彼は勉強熱心だからリンタロウより先にその辺の知識は少しずつ勉強しているらしい」



 下の子供達に関しては、そりゃそうかとすぐに納得した。


 あの子達本人に聞いた年齢はまだ二桁もいっておらず、双子が文字書きを今年から本格的に学び始めたくらいで、プティ君に関しては、遊んだり自分ができることを少しずつ増やしていくのが彼の一番のお勉強というくらいだし。

 それに俺は日頃、ベルトラン君にたくさんの常識などを教えてもらっている身なので、彼の勉強熱心な面はたくさん見ていて。

 だからゼンの言うとおり、勉強熱心な彼が俺より先に必要な勉強をしているなら、俺が教えてもらっているレベルではつまらないかもしれない。



「それにこの家の子供達は物心つく頃から、ドゥース様やパルフェット様の様々な手伝いをしているうえ、あれだけ元気に外を遊びまわっているのだから、この辺の地理などは俺よりも細かく、豊富に知っているだろうさ」


「う゛っ……、確かに」



 どうして俺だけが旅に関する勉強をするのか。


 子供達に関してはゼンに論破された通りだし、ドゥース様はこの領地の領主様でその奥様のパルフェット様や執事のセリューさんがこの土地とその周辺について詳しくないわけがないし、パルフェット様に関しては元冒険者だ、旅に関して知らないわけがない。


 むしろパルフェット様は上級冒険者だから、絶対俺みたいな異世界人よりベテラン中のベテランだ。


 ということは、今一番旅の知識が必要な人物は俺ぐらいしかいないってわけかあ。



 とまあ一度は納得したものの、なんか上手いこと丸め込められた感が否めないのは勘違いじゃないと思う。


 ベルトラン君は確かに俺よりいろんな知識はあるだろうけど、現役冒険者で上級冒険者であるゼンから知識を分けてもらえる機会なんてそうそうないかもしれないし、ゼンに一緒に行くことを断られた時のベルトラン君の表情なんかあのうるさい双子よりもショックを受けてたぞ。




 なあんか、納得いかないんだよなあ……。













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