第71話 異世界とこちらの世界 終編【3】










 俺のせいで完全に気絶してしまったプティ君には申し訳ないが、地面にそっと寝かせて待ってもらう事にして、身体を生まれたての小鹿のように震わせながら起き上がろうとしているリーダーの男に、俺は自分の怪我の事なんてすっかり忘れて素早く近づく。

 急に近づいて来た俺にリーダーの男は驚き、どうにか身体を起こそうとするが酩酊状態で思うように動かない身で起き上がろうとしても、その度に倒れこむのを何度も繰り返すだけだった。


 まるで本物の生まれたての小鹿のようだ。


 今の状況や目の前の人物との関係性とかを無しにした普通の場合であれば、ちょっと同情してしまう状態であるリーダーの男の目の前にしゃがみこんだ俺は、制御装置の無い自由になった両手でバスケットボールを持つような形をとり、バスケットボールの代わりに自分の魔力を丸め固めたイメージの魔力ボールを作ってみた。


 魔力ボールなんて初挑戦だったけど、案外上手くいったな。



「……ちょ、ちょっと、それ、どうするつもりですか」

「ん? こうする」



 俺が作りだした魔力ボールを見て、嫌な予感を感じ取った勘の良いリーダーの男は俺から逃げようとするが、上手く操れない自身の身体のせいで逃げることは叶わない。

 もちろん、そんなリーダーの男に俺は容赦はしないわけだが。

 日本人特有のとりあえず謝っとく精神で心の内側で軽く謝り、立派に作り上げた魔力ボールをリーダーの男に思いっきりぶつけてみるのであった。


 俺が作った特性魔力ボールは、リーダーの男にぶつかるとまるで針で刺された水風船のように勢いよく割れ、中身の水が重力に従い下へ流れ落ちるように魔力がリーダーの男へとたっぷりと注がれた。

 そんな凝縮された大量の魔力を一気に浴びたリーダーの男は、声も出せずにぐらっと白目をむいて、これぞ見本だと言えそうなくらい見事な地面の突っ伏しを見せて動かなくなってしまった。


 あれほど見事な突っ伏しを披露したのだから大丈夫だとは思うが、念のため本当にこれ以上動かないか、肩を揺すったり、頭を突いてみたりしたが無反応。



「…………効果絶大じゃん」



 そう。

 双子お兄ちゃんズに名付けられた破壊神という名の通りに魔力制御装置を破壊できたら、魔力で身体強化して犯罪者達に捕まる前に逃げてしまおうという作戦だったのだ。

 まさか、俺の魔力の性質特化のおかげで、やっかいそうなリーダーの男を戦闘不能にできたという想像以上の成果を上げてしまうとは予想していなかったのだが。


 一か八かの人生初の大博打。

 これは成功でいいのではないだろうか。


 しかし、まだフードの男という敵が近くにいる。

 そちらも対処しなければと、己の破壊神と呼ばれた魔力のおかげで少し自信がついた俺は、もしかしたらリーダーの男の様にフードの男も酩酊状態かもしれないこの絶好のチャンスを逃がさないように、されど油断大敵と警戒心をむき出しにしながらフードの男がどうなっているか、吹き飛ばしたであろう先へ確かめに向かったのだが。


 なんと、フードの男は吹き飛ばした先で一発ダウンしておりピクリとも動かなかった。


 それよりも、吹き飛ばしたはずなのに地面に伏せられた頭にはしっかりとフードが被さっているのが謎で、フードによって隠れている顔が見えないのがすごく気になってしまう。

 せっかくだから今のうちにその顔を拝んでおこうかという好奇心がチラリと頭の中を過ったが、今はそんな余裕がある状況じゃないし、この逃げる絶好のチャンスを逃すわけにはいかないのですぐさま諦めた。

 

 そして、何事も念には念を入れるべし。

 すぐさま俺は、特性魔力ボールをフードの男にも叩き込んで止めをさしておいた。


 とりあえず、現状で身近な危険人物が戦闘不能であることを確認した俺は、プティ君の元へと急いで戻る。

 姿が見えたプティ君の元へ近づくと、どうやら俺の魔力のせいで変化してしまったここら一帯の森の異常に敵の仲間達が気づいたのか、荷馬車がある方向から微かにそれらしい音が遠くから迫ってきていた。


 せっかく一番厄介そうな敵二人がぶっ倒れてくれたんだ!

 また捕まってたまるか! このまま逃げてやる!


 俺はすぐさま身に着けていた仕事用のつなぎの上を脱ぐと、地面に寝かせていたプティ君を背中に背負い手錠はわざと付けたままにして彼の腕を俺の首にかけた。

 手錠のおかげでプティ君に力が入っていなくても、俺の首から腕がすり抜けない事を確認したら、一度は脱いだつなぎの上部をプティ君の上から被せるようにもう一度着る。

 子供とは言え俺と合わせて二人分の体積が増した分、前がなかなか閉まりにくいが大きめのつなぎだったおかげで無理矢理チャックを閉めることができた。

 これで服の上からプティ君の身体を後ろ手で支えることで、魔力を使って走っても振り落とさず、木々や草花の合間を縫っても知らぬうちに傷つける危険も少なくなければ、いざという時に両手も空くのでかなり自由が利くはず。


 これは以前、災害後の特集ニュースを見た時に知った知識だ。

 こんなところでこの知識が役に立つだなんて、思いもしなかったけど。


 もしかしたら、敵が後ろから攻撃を仕掛けるかもしれない危険もあるが、俺達は商品だ。

 プティ君の姿が見えないのに迂闊に攻撃してくることは少ないだろう。

 と、思いたい…………。

 とにかく今は、少しでも早く、この場を離れて逃げなくては。



「プティ君、お待たせ。皆がいるお家へ帰ろう!」



 気絶してしまったプティ君から返事はない。

 迫りくる喧噪を背に、俺は背中の温もりをしっかりと抱え、魔力を脚に集中させて走り出した。


 どれくらいの距離を魔力操作でスピードを上げながら走り続けられるか、試した事ないのでわからない不安を抱えて走り続けいるのに、かなりの距離を進んでも俺の魔力で変化した森の範囲がまだ抜け出せない焦燥感がより不安を煽るのが何とも言えない。


 けど、俺が抱えているのは不安だけじゃない。

 希望もある。


 月明かりが届きにくいただの薄暗い森だった場所に、これだけ広範囲を走っても終わらない俺の魔力で光る草花が生えた状態であれば、暗闇の中でさぞかし目立っているはずだ。

 俺達の味方がもしも探してくれている場合、遠目でも変化に気づいてくれる確率が上がるかもしれない。

 実際、犯罪者共のお仲間は異変に気付いてこっちに向かって来ていた。

 

 こんな広範囲で摩訶不思議な光る草花まで生やす予定は無かったが、それはそれで好都合。

 これが、俺の最後の博打だった。



「はぁっ!……誰でもいい!気づいてくれ!」



 いつ限界がくるか、いつ敵が追い付いて来るか、いつこの不安と焦燥感が終わるかも分からないこの時間が、じりじりとにじり寄って恐怖へと姿を変えてくるのが、まるで心を誰かに少しずつ握り潰されているようだった。


 でも、そんなのに負けるわけにはいかない。

 俺には、守らなくちゃいけない命がいるんだ。

 逃げ切らないといけない、絶対に!


 でも、もし…………。

 もし、誰か助けに来てくれるのなら。













「気づいてくれ!――――――――ゼン!!!」



 誰も答えてくれない森の中を、俺は生まれて初めて命を懸けて走るしかなかった。




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