第69話 異世界とこちらの世界 終編【1】








 そうか……。

 もし、俺が今考えていることが可能であれば、手錠を外すことができる。

 加えて手錠が外れたその先も憶測すると、それが実現すればこの場を逃げ出す事が可能かもしれない。

 もっと欲を出して考えてみると、捜索してくれているかもしれない味方に、俺達の居場所を知らせることができる未来も見えてくる。


 だがしかし、ここまでの内容はあくまでも俺の憶測。

 必ず俺の考えが成功し、俺もプティ君も助かると確実に胸を張って言えることではなくて、一か八かの賭けになってしまう。

 そして、賭けるのは俺とプティ君の今後の人生だ。

 俺の憶測を実行するにあたって、自分の人生を賭けるというのは自己責任だから覚悟を決めればすぐにでも行動を起こして構わない。

 けれど、これから先の人生が俺よりも長いはずの、プティ君の大事な未来を俺なんかの一存で決めてしまいたくはない。という気持ちが葛藤し、これからの行動の決断に迷いを生じさせる。






 悪い事に、今までの人生において、俺以外の人間の未来を俺が独断で決めるような出来事がなかったのだ。

 俺以外の存在に、俺の希望や願いを託し行動することもできなかった。

 俺はずっと、人じゃなくてモノと思われているんだと、そう感じていたからだ。


 俺の話や希望などは、基本、誰にも聞き入れてもらえない。

 話をしても、希望しても、結局は否定され、曲解され、誤解され、俺の思いを正しく聞き取ってくれる者が居なかったから。

 誰かの未来や考えを変えること、決断する選択なんてできなかったのだ。

 成長するにつれて周りからどんどん孤立していた俺は、自分の希望や願いを込めた未来を託せる者なんていなかった。

 俺の人生は自分のものではない、俺以外の周りの願望、企み、考えなどに使用されるモノの一部だったから。


 だから、向こうの世界ではモノとして死ぬのかと、悔しいが絶望してた。


 まあ、絶対に周りの思い通りなんてなりたくなくて、二十歳を機に逃げ出して、ずっと籠の中の鳥なモノだったから、憧れていた一人で世界中を旅して周って満足したら死んでやろうなんて思ってたけどな!


 それが突然、異世界に転移して、生まれる世界が違いましたなんて言われて、周りの俺に対する目線がガラリと変わっちゃって、選択肢を与えられて。


 この世界なら、俺の腐った人生を一からやり直せるんだ。

 生まれて初めて自由に話をして、意見を言って、希望を見出して、もっともっと先の未来を考えて自分の為にいろんなことを自由に使っていいんだって。

 視界や、音や、香りや、感触や、味覚とか。

 闇より黒くて醜い汚泥に塗れていたそれらが、こっちの世界で過ごしていくにつれて洗い流されて、日に日に輝いていくのが温かくて、眩しくて。

 その輝きを出せたのは、洗い流すのを手伝ってくれたプティ君達のおかげなんだ。


 俺以外の人を生まれて初めて、心の底から大切だという気持ちさせてくれた人達と俺にとって、大切な宝物と感じさせてくれた存在の未来を、俺一人で決断しなくてはいけない。

 さらにその先の未来の救出を、本当に来てくれるかも分からない俺以外の誰かに託さなければならない。


 自分以外の他人の事を考え、他人の事を決め、他人に託す事がこんなにも怖いだなんて知らなかった。

 知ろうともしてなかった。


 俺って、なんでこんなにちっぽけなんだろ。

 今まで自分は何でも出来るとか思い上がってたのが恥ずかしすぎる。

 本当に大事な時には、何にも出来ねえじゃん。

 だっさ…………。















「……リ、にぃちゃ」

「っ! プティ君? 大丈夫?」



 俺が物思いにふけっていた感覚は長いけど、実際にはそんなに時間は経っていないみたいで逃走準備のできている荷馬車までは、まだ少し距離がある様子。

 思考の海にどっぷりと浸かってしまっていた俺を引き上げたのは、腕の中で辛そうに眠っていたはずのプティ君だった。



「に、ちゃ…………ぃたい、いたいのとんでけ…………」

「ぁ…………」



 熱に浮かされて身体も動かせず辛いはずなのに、プティ君は俺に優しく笑顔を見せ、さらには重だるく動かしにくいであろう手を伸ばして俺の頬を撫でて労りの言葉をかけてくれた。



「とんでけ、いたいの……とんでけー」



 ゆっくりと、凍り付いていた俺の脳と心を温めて溶かしていくのは、プティ君の言葉と弱々しいけど限りなく優しい、俺の頬を撫でてくれる小さな手だった。








 何やってんだろ…………。

 俺、馬鹿だなあ。

 自分がこんなに愚かだったなんて、初めて気づけたよ。



「大丈夫だよ、プティ君。大丈夫だからね。……ふふ、っていうか、そのおまじないこっちでも使うんだね」



 そう、大丈夫。

 必ず、プティ君をあの温かい場所へ帰してあげる。


 俺は強い決意を心に固め、普段より体温の高い腕の中にいるとても大事な、優しいぬくもりをもっと強く感じたくて柔らかい彼を抱えなおし、苦しめないように気遣いながらもギュッと抱き込んだ。

 そして、抱き込んだことによって近くなったプティ君の耳にだけ届くようにそっと声を出した。



「プティ君、先に謝っておくね、ごめん。ちょっと辛いかもだけど絶対助けるから、我慢してね」

「ぅ……?」



 言っている意味が分からないという顔でプティ君に見つめられたが、その表情があまりにも可愛くて仕方がない。

 突然の可愛さの供給に耐えるため、にやける口元を自分の掌で覆って、プティ君から少し視線を逸らして、可愛いの供給に感謝をし、自分の決意をより強固にする俺。


 よし、めちゃくちゃ元気と勇気と可愛いを貰えたので!

 潔く! やってやろうじゃねえの!!









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