第67話 異世界とこちらの世界 後編【2】



「シェイさん」

「あーはは! くく、っはー、よく笑った!

 ………………まったく、ようやくですか」



 一瞬だけ感じた何かに、怒りの感情を少し取り払われたその時、誰かの名前を呼びながら、俺達が歩いてきた方向から髭の長い男が出てきた。

 俺は気と魔力などを落ち着かせようと必死だったのと、リーダーの男の高笑いを聞かないように意識を向けていたため、足音や気配を感じずに突然現れた髭の男に少し驚いてしまう。

 そのおかげで頭から突き抜けて爆発しそうだった怒りは完全にどこかへ行ってくれたが。


 目にうっすらと涙を浮かべるほど笑いすぎていたリーダーの男が、髭の男の声に笑いを止めてゆっくり振り返り返事をしたのを見て、こいつの名前はシェイというのか、とようやくリーダーの男の名前を知る。

 そりゃあ、このムカツク窃盗集団のリーダーの男と俺は、自己紹介なんてするような間柄でも何でもない犯罪者と被害者という立場なので、名前を知らないなんて当たり前だが、どんな相手でも個人情報を知って掴んでおくというのは、いざという時の道具や材料として使える場合があるので損はない。

 覚えたくないけど、覚えておこう。



「時間かかりすぎですよ、おかげで長話しすぎました」

「すみません」

「さっ!これ以上この場に用はありませんので、移動を再開しましょう」



 気を取り直したようにそう言ったシェイというリーダーの男は、水袋返してくださいねー、と気づかぬうちにその辺に置いてしまっていた水袋を拾い、川で水を補充して来た道を戻って行く。

 どうやら髭の男は俺達の呼び戻し役で、リーダーの男の口振りと行動で逃亡の為の荷馬車の入れ替え作業は終わったのだと、説明されなくても理解できた。

 そして、荷馬車の方向へと向かうリーダーの男の背を追うために、長い話の間もずっと無言を貫いて気配を消していたフードの男が、手に持っていた俺の手錠に繋がる鎖の端がギリギリ届く範囲の、少し離れた石の上に座っていた腰を持ち上げて静かに動き出した。

 もちろん、鎖に繋がれている俺を引っ張る事で、歩くように指示を出しながら。


 川に向かっていた時と同様に、前をリーダーの男、後ろをフードの男に挟まれた状態で森の中を歩く。

 髭の男は、荷馬車方向へと先に走って行ったので、俺達の近くにはもういない。


 できうる限り、荷馬車へと向かう歩幅を縮めたり、歩くスピードを遅くしてみたりと小さい抵抗をしながら、どうやってこの状況を打開するか、脳をフル回転させている俺。

 とはいっても、そんなミジンコみたいな抵抗は後ろにいるフードの男が許すはずがなく、容赦なく背を押されたり、手錠の鎖を引っ張ったりされて移動しているのでほとんど意味はないのだが。


 この短時間で脳をフル活用しすぎたせいなのか、嫌な話を聞いたからなのか、ズキズキと響くように痛む頭が思考を鈍らせる。

 でも、そんな体調の悪さのせいで少しでも甘っちょろい事を考えてしまったら、この先どうなるか分からない。

 甘い考えをしないように、頭の中で自分のケツを蹴り上げて気を引き締めながら、俺の腕の中でいまだ苦しそうな呼吸をしているプティ君の様子を伺うと、プティ君は熱のせいで汗をかき、その汗で張り付いてしまった前髪が気持ち悪そうに見えたので、優しく分け避けてあげた。


 俺はどうなっても構わないから、プティ君だけは助けたい。

 まだ、こんなにも小さな、か弱い命。

 俺の事を邪な考え一切なく、真っすぐに純粋な目で見てくれた優しい子。

 その場の話の流れだとしても、俺を家族にと言ってくれた温かい人達の大事な子。


 絶対に、あの温かい場所へと帰してあげなくては。


 心の中でそう決意を固めた俺は、気休めにしかならないが少しでも熱の苦しさから解放されるようにと、プティ君の頭や頬を優しく、癒すように手のひらや甲、指先で撫でる。


 本当に、せめてこれさえなければ。


 プティ君を撫でる時にも目につく魔力制御装置の手錠。

 それを睨んだところでどうにもならない事は分かっているが、目からビームでも出て壊れてはくれないかと無駄に恨みがましく見つめてみる。


 あ…………、そういえば。

 さっき、手に何か、俺じゃなきゃ小さすぎて気づかないくらいの、微々たる違和感があったんだよな。

 なんだったんだ、あれ。


 髭の男が来る直前、俺が怒りに任せて自分の歯が欠けるか手から血が流れるかという時に感じた極めて小さな違和感を思い出す。

 薄暗いという悪条件の中を移動しながら自分の手を見ても、血が出る直前というほど力を込めて握った掌に、爪が食い込んだ跡が少し残っているのがうっすらと目に入るくらいで、別に異常はなさそうだし、あの違和感は俺自身に何か起こったというよりも何かの衝撃が俺の手に振動したというか、そんな感じだったような気が。


 そんなことをモヤモヤと考えつつも、無駄な抵抗だが、荷馬車へ早く着かなければ誰か助けに来てくれないかなと歩くスピードを調節して抵抗したり、他に打開策はないかとあきらかに逃亡を考えた行動を繰り返しているのに、これ以上怪しい行動を取ってしまうと前後に居る犯罪者達にいらぬ警戒をされてしまって逃げる可能性がさらに遠のいてしまう。

 なので、気休めにしかならないかもしれないけれど、プティ君を撫でるという行動をとることで色々と紛らわせつつ違和感の正体を探す。

 別に気にする必要もないくらいの小さな衝撃だったので、普段の俺ならそうまでして探さなくてもいいと思うはずなのだが…………。

 どうにも気になってしまうのは何故だろうか。

 不思議に思いながらも撫でる手を止めずに動かしていると、若干の月明かりとリーダーの男が持つランプの灯りで微かに見える自分の手元に何かが見えた。


 …………あれ。


 二つの僅かな灯りという視界不良のなかだが、確かに何かが見えた。

 さらに移動中という定まらない視界と揺れる動く灯りという度重なる悪条件の中なので手元が大変見えにくいが、もう一度、目に見えた何かを再確認しようと目を凝らして見てみると。



 あ、これって…………。

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