第65話 異世界とこちらの世界 中編【2】
転移者や転生者の存在が公になり、当たり前の存在としてこの世界に定着してから数百年。
むしろ数百年もの間、それが起こらなかったのは奇跡だったのだ。
ある一国の王が、己の欲望のままにある一人の転移者の存在を隠してしまった。
事の発端はとても簡単な理由だった。
その国は、数年前まで自国の特産物で大変栄えていた国であった。
だが、その国に生まれ、特産物の元となる原料を見つけ、さらにはそれを活かした魔道具を開発し、国の多くの発展へと貢献した一人の転生者が、突如亡くなってしまったことによって一気に衰退してしまったのだ。
国王はどうにかして国が滅ぶのを食い止めようと考えだした策が、新たなる転移者、もしくは転生者を見つけ、異世界の新たなる知識を手に入れる事によって国の存亡の危機を脱しようとしたのだ。
あまりにも浅はかな考えであったにもかかわらず、国王の周りにはその暴挙を止めようとする者がおらず、挙句の果てには国王の浅慮に賛同し、その時にたまたま近隣の国に保護されていた転移者に目を付けたのだ。
そんな、まだこちらの世界に来て間もなかった転移者は、件の国へと簡単に攫われてしまった。
それまで保護し慈しみ育む対象であった転移者や転生者を、己の保身の為に攫い、利用しようなどという考えに至った者がいなかったせいで。
なんの対策もされていなかったその時、転移者一人を攫うという暴挙は、とても簡単に事が及んでしまったのだ。
行方不明になった転移者を、最初に保護した者達はそれはもう、力の限り探した。
捜索範囲は近隣諸国だけではなく、さらに遠くまで。
しかし、尽力を注いでも転移者はなかなか見つからず、捜索していた者達は己の無力さに涙を流しながらも探し続けた。
そして、転移者が姿を消してから数ヶ月が経ち、皆に諦めの色が垣間見えたその時。
転移者が見つかったと、知らせが入った。
だが、その知らせは朗報などではなかった。
ようやく見つけた転移者は、命の鼓動が止まってしまっていたのだ。
この世界に来訪した時の姿よりも、無残な姿となって。
肌は埃や変色して固まった血などで汚れ、痣や切り傷、蚯蚓腫れのような跡が目立ち、少し長めであったはずの髪は不揃いに短く切られ、靴すら履いていない足や手はボロボロで、骨に皮膚が張り付くほど細くなってしまっており、唯一その身に着けていたのは膝丈くらいの使い捨ての雑巾のようなワンピースだけであった。
必死に捜索にあたっていた者達は、奪われてしまった慈しむべき命の末路に、心が悲しみを通り越して怒りの感情に染まってしまうのは必然であったとしか言いようがなかった。
この悲惨な事件は瞬く間に世界中に広まり、事に及んだ国、国王はただで済むはずもなく。
慈しむべき存在を己が欲望のために攫うという許されない罪を犯した国王たちは、それだけでも大罪に値するのにもかかわらず、愚鈍にも痛めつけるだけ痛めつけ、攫った転移者が使い物にならないと分かると国外へと捨て置いた行為により今回の犯人と突き止められた。
そして、愚かな考えを出した国王だけではなく、それを止めもしなかった国民は、その時分、転移者や転生者の保護管理などを全て行っていた教会と、転移者を最初に保護していた国により罰を与えられ、結局破滅してしまうのであった。
そして、これが悲劇の始まりだった。
この事件をきっかけに貧困の国や村、里の者達だけでなく、さらなる力欲しさに富を持つ者達までもが、転移者、転生者達を我が物にしようと考える者が増えていき、誘拐や独占しようとするだけではなく、奪い合いの戦争に発展してしまう事態となってしまったのだ。
その悲劇は時が経つにつれて苛烈になる一方。
目も当てられない事態に陥った時、ようやく重い腰を上げて事態の収拾に動いたのは、この星をカリファデュラ神より賜り創り変えた五匹の竜であった。
竜たちは世界中を回り、それぞれの力を持って争いや邪な考えを持つ者達の暴挙に幕を下ろさせ、五匹の内の三匹が表立ってそれぞれの国を建国し、その国々を中心とした転移者、転生者達を守る法などを作り整えたことによって現在の平和が訪れたのである。
今やその三つの国は世界三大国となっている。
ただし、それは表面上の事。
水面下では、いまだに転移者や転生者を巡る悪事は絶えていないのであった。
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