第60話 異世界とこちらの世界 前編【1】










「うーん、なんか、お疲れ様です?」

「…………うるせ、そんな事、微塵も思ってねえくせに」

「まあ、異世界から来たばっかりのおにーさんは苦労多いですよね」



 口だけだけど慰められた。

 あれ、俺こいつに誘拐されてるんだよな?

 俺、被害者。

 こいつ、加害者。

 オーケー?



「とまあ、おにーさんのせいであの超絶レア度が高いS級冒険者様が留まってくれやがったので、俺達の当初の計画が台無しになってしまったんですけど」



 あ、話は続けるんだ。

 まあ、なんで俺が一番の戦利品なのか聞いておきたいからいいけど。

 俺は胸から溢れてきた溜息を隠すこともせずに口から吐き出して、とりあえず腕の中にいるプティ君の身体をできうる限り大事に抱え直し、誘拐の経緯などを把握するためにもリーダーの男の話を大人しく聞くことに。

 こっちが質問してないのに、向こうからいろいろ話してくれるって言うんだから聞かない理由はないだろう。


 考え直してみたらゼンがS級冒険者だという事実は、俺がこちらの世界に来てから次々と衝撃を受けている事実などからしたら些細なことかもしれないし。


 ……………………。

 …………かも、しれないが。


 俺にとっては、ちょっとまた隠し事されたかもしれないという不満があって。 

 もし無事にこいつらから逃げることができてゼンの顏を再び見る事ができれば、俺に対しての隠しごと罪としてあの完成されたイケメンの顔面に一発入れて置こう。

 もちろん拳を。

 力の限り振りかぶっても顔面になんて入る気がしないけど。


 俺がちょっと別の考えに意識が逸れている間に、瞬間湯沸かし器のように苛立ちが再沸騰してきたらしいリーダーの男。

 これまでのストレスを、腹の底からぐつぐつと煮え沸かしていくように文句を並べていく。



「こっちだって計画を考えるだけじゃなくてそれだけの経費が掛かってるんですよ。

 せっかく準備したのにそれをあのS級様のせいで全て台無しにされるなんて。

 こっちにだって立場ってものがあるんです! どれだけの苦汁を飲まされた事か!! どうにかして計画を実行できないかと再び調査と作戦の練り直しの毎日……!!!

 今思い出しても口から火どころか毒や呪いを吹きそうです!!!!」



 わーお……。

 これは沸騰通り越して大爆発でもしてしまいそうな勢いだな。

 こんなに熱く語ってしまって、こいつの血管はバーンと派手に破裂してしまうのではないか?


 いろんな不穏なモノを吹き出してしまいそうなリーダーの男。

 その怒りの原因の一つであるS級冒険者様のゼンなのだが、彼がリッシュ領に長く滞在していた理由はリーダーの男の言うとおり俺にあって、こいつが苦汁を飲んでしまったのは俺がこちらの世界に戻ってきてしまったからというのは確実なる事実で。

 その事実により、俺もゼンと同じくこの誘拐犯の怒りの原因の一部でもあるというのは分かっているのだが。


 そもそも、その原因は俺達だけじゃなくて、俺の魂をこの世界の輪から逃がしてしまった神様がだね?

 おっちょこちょいだったのが原因なのではないのか?


 そんな原因を考え続けてもキリがないので、早々に考えるのを止めるけどな。


 それにしても、このリーダーの男の苦労してそうな感じが俺と同じ匂いがする。

 でも、全く一緒というわけでなく俺より酷い苦労してるんじゃ? と、ちょっと感じ取ってしまうくらいに苦労してそうな匂いだ。

 まあ、誘拐犯に同情なんてしている場合じゃないから、直ぐにその考えはちょっと横に置いておいたけど。



「あの厄介者が来る前から、かなりの時間をかけてきた計画です。そんな計画を簡単に潰して無かったことにしてしまうなんて、許されませんでしたので、もちろん悪あがきをさせて頂きましたけれど…………」



 ギリリッと、少し距離があるはずのこちらにも音が聞こえるくらい、リーダーの男が強く握って己の胸の前に掲げた拳がその苦労をまざまざと伝えてくる。



「でも、おかしいと思いませんか?

 こちらの世界でS級冒険者という存在は、その一人の人物が持つ知恵や力で、この世界の小国一つを地図上から容易く無かったものとしてしまうと言われるほどの脅威でもあるんです」



 ゼンの事は規格外だと、リーダーの男にゼンがS級冒険者と聞く以前から、実は感じていたのだが、まさかあいつ一人で国まで滅ぼしてしまうほどだとは思わなかった……。

 ゼン一人の力で、前の世界では最強と言われる兵器より危険とか。

 本当に、でたよファンタジーと思うが、これはちょっとした現実逃避でしかない。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る