第61話 異世界とこちらの世界 前編【2】
「そんな存在が今回の計画には現れてしまい、あまつさえ計画の目的自体がその破滅級の危険人物と関わりを持ってしまったのですから、悪あがきなんか頭の悪い事する前に、この計画を無かった事にして逃げなければこちらの利益どころか命すらなかったことになるかもしれなかった。
――――じゃあどうして、今回の計画を死に物狂いで実行したと思います?」
薄暗い中でも分かるくらい苛烈に荒んでいたはずのリーダーの男が、俺達一帯の温度を一緒に下げてしまうほど急激に、冷静に、ゆっくりと、まるで暗い井戸の奥底に囚われて、遥か上の一つだけある出口から少しずつ、冷たい水を流され水責めを受けているかのような錯覚に陥るような雰囲気で問いかけてきた。
ほんのちょっと前まで一人で語っていたリーダーの男の雰囲気の変わりようと、不意に問いかけてきたその時の表情を見て、俺は急激にせり上がってきた不快感に思わず腕の中に居るプティ君を守るように深く深く抱きしめ直す。
生まれてから今までの、短いようで長く重い年月の間、感じてきたその不快感という言葉では収まり切れないそれ。
こちらの世界に来て忘れかけていたそれを、この男は一度ならず二度までも俺に見せつけてきた。
それはまるで、お前はそれを忘れることも、背くことも、逃げることもできぬのだと思い知らされているかと勘違いしてしまうほどに。
不意に押し寄せ渦巻いた感情の荒波に、喉が張り付いてしまってリーダーの男に問いかけられたのに上手く言葉が出せない俺。
だが先程、目の前の男が言っていた言葉を思い出し、喉から絞り出すように言葉を発した。
「…………俺」
「そう! 先程もお伝えしたとおり、あなたですよ! カリファデュラ神によって異世界からこちらの世界へと、異世界の知識を持ったまま帰ってきたおにーさん!」
そう。
こいつが言っていた俺が一番の今回の戦利品だという言葉には、それを聞いた時から一番疑問になっていた。
なんで俺が一番の戦利品なんだ? こいつの話し方だと異世界の知識を持ったままこちらの世界へと来たことが重要だと言うのは分かる。
確かに、こちらの世界へ来てリッシュ領で初めて目を覚めたあの日、ゼンが説明してくれたその時に、こちらの世界での異世界の知識やアイディアがとても重宝されることは聞いていたので、その重要性は理解可能だけど。
ゼンに説明してもらった時は気に留めていなかったのだが、こちらの世界の事を理解してきた今は強く思う。
こんなにも、異世界人に対する様々な保護制度などがこの世界では十分すぎるぐらい整っており、異世界人は全く珍しくなく当たり前の存在みたいなところがあるこの世界で、新たにこちらの世界に来た俺の知識などに重要性なんてあるのだろうか?
俺がこちらの世界に来るよりもずっと前から、こちらの世界に来ているはずのたくさんの異世界人によって、それこそこちらの世界の人々には目から鱗な珍しい様々な知識やアイディアが広まっているはずなのだ。
しかも話をもっと振り返って思い出せば、この世界には異世界転移者の他にも異世界転生者が居るという話だし、転移者と転生者を合わせたら結構な数になるのでは?
その数を合わせれば、本当に数多の異世界の知識がこの世界にはあるはず。
それこそこちらに来た異世界人の中には俺の知らない知識を持つ者も多種多様にいるはずなのだから、俺一人の知識やアイディアなんかよりよっぽどこちらの世界には十人十色の情報が広まっているだろう。
実際、俺はこの世界に来てから前の世界の知識がたくさん広まって普及されていると目にして、聞いて、感じる場面が何度もあった。
本当に俺一人なんかを誘拐したところで、俺の存在がそれほど大きな価値があるとは思えないのだ。
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