第2話 まずは知ること

健康診断から一週間が経った。

職場の同僚がいきなり髪をバッサリと切っていた。


「思いきったね!?」

私は驚きを隠せない。

腰近くまで伸びた髪を、首筋の当たりまでバッサリカットしているのだから。

「えへへ……」

彼女は笑うだけだった。

だが、妙に誇らしげだ。


「実は前から決めていたんですよ。腰くらいまで伸びたら切ろう、って。それで、ヘアドナーになろう、って」

「へあどなー?」

私は単語の意味を聞き返す。


「はい。ヘアドネーション、って言って医療用ウィッグなんかに髪を寄付する活動です。誰かの助けになるなら、やっぱり嬉しいですし。最近話題になってきてますよ」

「そうなんだ……!?」

私は何気なく自分の髪を触る。

私は彼女ほど髪が長くない。

少し前に毛先だけ切ってしまったから、まだ背中の真ん中くらいだ。


「どれぐらいの髪の毛が必要なの? 私でもできる?」

「できますよ。大抵30cmちょっとあれば良いと思います」

「そうなんだね……、30センチくらい伸びたら、髪を寄付しよう」

私は彼女の誇らしげな顔を見てそう思った。


もし、あの病院で出会った萌華と呼ばれていた少女が医療用ウィッグになった髪を受け取ってくれたら、私はそう思った。


私は仕事の後でヘアドネーションについて調べた。

オーダーメイドウィッグらしく、必ず彼女に届くとは限らないけど、誰かのウィッグに組み込まれるなら本望かな、と思った。


「健やかな髪が良いのか……」

私は翌日の仕事帰り、美容師をしている従姉に相談してみることにした。


「そうねえ……。髪質に合ったヘアケアとバランスのいい食事、適度な睡眠時間が必要よ? あとは、適度な髪のメンテナンスもね」

「癖っ毛でも良いの?」

私の髪は、ウエーブの癖毛だ。

髪質も猫っ毛……、これで良いの?

「猫っ毛でも癖っ毛でもなんとかできるはずだから、大丈夫よ。実際、猫っ毛のお客さんも、癖っ毛のお客さんもヘアドネーションに出した人がいるからね」

「そんなに普通に出せる物なんだね……」

「あとは、当人次第かな」

従姉は笑顔で背を押してくれた。

「ヘアドネーションに出したくなったら、言ってきて。ちゃんとやってあげるから」

「うん、その時はお願いね」

私の言葉に、従姉は笑顔で頷いた。


だが、私はとんでもなく長い年月がかかることを失念していた……。

「ええっと、髪の毛は一日当たり……えぇ!? 0.3~0.4mmしか伸びないのね……。こりゃ来年くらいかな」

私は髪の伸びる長さを知って、思わず苦笑いするのであった……。

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