キミのための贈り物

金森 怜香

第1話 出会い

市内某所の病院

私は職場の指示で、健康診断を受けに病院を訪れた。

「相変わらず、ここは人が多いな……」

私は呼ばれるまで、カバンから出した本を読むことにした。

いつも健康診断に、ニ時間程度はかかるから……。

私は健康診断の時に本を持参している。


市内でも屈指の大きな病院だから、入院中の患者さんもいるし、その家族ももちろんいる。

院内カフェで待ちたい、と思うけども、私は採血もあるからカフェに行くのはもちろん禁止だ……。


パラリ、パラリ……

私が本のページをめくる音が、私の心を落ち着かせてくれる。


キャッキャッとはしゃぐ声が聞こえる。

私は本からチラッと視線を外して様子を窺う。


小さい子どもが二人、楽しそうにおしゃべりしている声だった。

親はそんな子どもたちに、しー、と指で合図した。

子どもたちは親の指の動きをマネして、しー、とやった。


「ママ、絵本読んで」

「ええ。じゃあお部屋に戻りましょう?」

どうやら、子どもたちのどちらか、あるいは両方が入院患者のようだ。

「お姉ちゃんはなんの絵本読んでるの?」

「これはねー、『藤十郎の恋』っていうね、ちょっと難しいお話なんだよー。絵はなくて、字ばっかりなんだけどね」

子どもたちは興味津々に見たがる。

私は本を少し貸すことにした。


「字ばっかりだねー」

「ねえママ、これなんて書いてあるの?」

「こらこら、お姉さんの邪魔をしてはいけません! お部屋に戻るわよ」

子どもたちは渋々、といった具合に本を返してくれた。

「はーい。ばいばい、お姉ちゃん」

「うん、バイバイ」


子ども達の母親は会釈して、子ども二人の手を繋いだ。

私も会釈し返して、子ども達に小さく手を振った。

子ども達は喜んで手を振り返してくれた。


私は再び本を開こうとした。


「……良いなぁ」

私はその声にびっくりして振り向く。

「長い髪、良いなぁ……」

悲しげにそう言われて、私はどうして良いか戸惑う。


伸ばせばいいじゃないか、なんて言葉も込み上げそうになった。

だが、ここは病院だ。

事情があり、髪を伸ばせない人もいるのは理解できる。


「ポニーテールとかしたいな」

萌華もか! こんなところにいたの? そろそろ検診の時間よ?」

「……はいはい、行けばいいんでしょう?」

萌華と呼ばれた少女はキッと睨んで去っていった。


「何だったの?」

私は戸惑いが隠せない。


「番号札70番でお待ちの方ー、ご案内します」

「はーい」

私は本をカバンにしまって、健康診断を受ける。


ただ、脳裏に浮かんだのだ。

羨ましそうに私の髪を見た、あの少女を。


「髪、かあ……」

私は何気なく自分の髪に触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る