第26話 また空回り

 十月に四年も恋い焦がれたコレッティーヌ嬢に学園の一室でようやくと会え、さてこれからと思った矢先、同僚が怪我をして、急遽僕が代わりに外交に行かねばならなくなった。


 コレッティーヌ嬢に婚約者がいないというのはすでに調べてあったしあのような化粧をしているのだからその気になるような男性もいないのだろうとは思っていた。なので、この外交を済ませそれからゆっくりとお誘いしようと考えていたのだ。


 外交から帰ってきてみたらマーシャから連絡があった。「お見合いの会」をするというのだ。僕は一度と断った。僕は個人的にコレッティーヌ嬢と会いたかったから。


 しかし、よく聞くと、建前は「異国異文化交流会」だという。それって留学生は出るということだ。僕はやはり参加することを決めた。断ったり出ると言ったりここでも空回り。マーシャにもチクリと怒られた。


 さらには帰国したばかりで書類は山のようにありあの会には遅れて行くことになってしまった。またしても空回り。マーシャにはまた怒られた。


 それでも僕の目的の人は一人だけだったから少しばかり強引だとは思ったが、コレッティーヌ嬢と二人になるようにした。コレッティーヌ嬢に喜んでもらおうとケーキも用意した。僕にとってはとっても幸せな時間だったんだけど、コレッティーヌ嬢にとっては困っただけだったんだ。またまた僕は空回り。

 

 そして空回りに気が付かずコレッティーヌ嬢が困っただけだなんて知らない僕はその翌日には長期休暇をとり隣国へと旅立った。


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「隣国? ですか? 何をなさりに?」


 ゼンディール様は少し俯き加減でお話をしておりましたのでわたくしはずっとゼンディール様を見ていることができましたの。


「ケーバルュ厶王国のボージェ侯爵領へ行ってきた。侯爵様に婚約のお願いをしに、ね」


 さすがにわたくしも動きが止まりました。だって、だって、だって!


「君から『趣旨を理解してお見合いに参加したのだ』と聞いたとき、僕は自分の最大の空回りにやっと気がついたんだ」


 ゼンディール様は顔をあげられわたくしの目をしっかりと見ました。わたくしはその目から逃げることはできませんでした。


「コレッティーヌ嬢。僕は君が好きだ。どうか僕を男として見てくれないだろうか」


 わたくしの答えはずっと決まっていたのだと思います。何も戸惑うことなく頷くことができたのですもの。

 ゼンディール様は膝に置いていたわたくしの両手を大きな両手で包み込みそこに頭を当てられて何度も何度も『ありがとう、ありがとう』とおっしゃってくださいました。



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 翌週末、ゼンディール様のご要望でわたくしとパティ様はメイドたちとともに学園の寮からエイムズ公爵邸に引っ越しました。公爵ご夫妻は公爵領にいらっしゃり、妹キャサリン様はすでに嫁がれ、弟ディリック様はご自身の伯爵領におられるそうです。


 お仕事が忙しいゼンディール様は早くお帰りになられたお夕食はわたくしとともにしたいと、しかし、いつ早くお帰りになれるかはわからないのでわたくしに公爵邸にいてほしいとおっしゃるのです。

 わたくしに異論はなく普段はパティ様と早馬からの連絡があればゼンディール様とパティ様とでお夕食をとっております。


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 少し戻りましてお化粧事件から二日後の朝、学園に参りますと、わたくしの顔をご覧になった五名様は、がっくりとなさっておりました。クララ様は泣きそうです。

 わたくしはウォルバック様とボブバージル様はさておき、マーシャ様、クララ様、パティ様を教室の隅へとお誘いし、小さな声でお話をしました。


「先週よりも、ソバカスが一つ減り、つり目は一ミリ下がり、眉は少しばかり薄くなり、顔色は少しよくなっているそうですの。卒業までには素顔に近くなる予定ですわ」


 わたくしがそう言いますとみなさまはわたくしの顔をジッと見ます。わたくしが見られているのに目が合わないという不思議な現象を体験しています。


「本当に素顔がわかりませんわね」


「ええ。わたくしなんて何年もコレット様の素顔を見ていたはずですのに、こうなるとなかなか思い出せませんわ」


 クララ様は何もおっしゃりませんが、何度も瞬きをなさるクリクリおめめはなんと可愛らしいのでしょうか。


 制服というのは便利なもので胸は大きくなったはずですがあまり変化は目立ちません。

 『こういう時、ボレロって便利よね』

 どうやら『はるかの知識』では、この制服をボレロと申すそうですわ。


 わたくしは先日まで胸を潰す下着を着ておりました。それが普通のことだと思っていたのです。こうなりますと、呼吸のなんと清々しいことか。もうあの下着は着たくありません。


 『はるかの知識』はもちろん、わたくしの誤解も、カリアーナのテクニックも知っておりました。『だって、話的にどうなるか面白そうだったから』あくまでも、わたくしたちの生活を小説のように思っているフシのある『はるかの知識』なんですのよ。全く困ってしまいますわね。

 ちなみに、胸を潰す下着の辛さは『はるかの知識』は『慣れでしょう』と申しておりました。そんなものに慣れたくありませんでしたわ。『はるかの知識』は時々イジワルです。



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 僕とウォルがあまりにも呆けているからコンラッドとセオドアが訝んでいた。だが、コレッティーヌ嬢があの化粧をしてきたということは素顔を晒すつもりがないということなのでそれを言うつもりはない。いや、言うことはできない。

 だが、ウォルの意外な特技? が発覚してある意味事なきを得た。


「気が付かないのか? コレッティーヌ嬢。今日は……そのぉ……ス、スタイルがいいと思わないか?」


 確かに言われると先日のドレスほどではないが、女性としての魅力的な部分が強調されているように見える。ウォル、目敏い!


「ウォルってムッツリだったんだな」


 苦肉の策で発した言葉でセオドアにそのように判断されたウォルは膝から崩れ落ちた。コンラッドはその隣に座り込みウォルの肩を『ポンポン』と優しく叩いた。きっとそれはそれで屈辱ではないかと僕はウォルを可哀想な者を見る目で見ていた。


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 年の暮れも近くなった頃、例の『マーシャ様の会』はすでにあれから二回ほど行われておりますが、お隣での開催にも関わらずわたくしは参加しておりません。パティ様は随分と楽しそうに行かれるようになりました。


 テストも終わりテスト休みです。そんなある日のお夕食パティ様の食がすすみません。


「パティ様? いかがなさいましたの?」


「コレット様。コレット様はどうして『マーシャ様の会』に行かなくなったのですか?」


 必死な目をこちらに向けるパティ様は可愛らしいです。


「ゼンディール様が行くなと申したからですわよ。わたくしも…………ゼンディール様に行ってほしくありませんし………」


 わたくしはフォークを置いてナプキンで顔を隠しました。恥ずかしいです。


「ですわよね………。でも、女から先に『行かないで』というのははしたないかしら?」


 パティ様は相当悩まれているようで涙目です。


「そんなこと……「そんなことありませんよ!パティ嬢!」」


 わたくしと被さるようにゼンディール様のお声が響きました。


「ゼンディール様。何をなさっておりますの?」


「あ、いや、その、早く帰れたからびっくりさせようと思って………」


 ゼンディール様の後ろに立つ執事のジルドがケーキの箱を持ち上げ『これです』と示した。


「だけど、パティ嬢の悩み相談を邪魔しては申し訳ないなぁと思って……」


 ゼンディール様が小さくなっていきます。きっと、『驚かせたい』と『邪魔したくない』と『入ってしまった』との 空回りで悩んでいらっしゃるのです。お可愛らしいわ。

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