第27話 王女の恋

 またしてもお一人で空回りなさっているゼンディール様に助け舟を出したのはパティ様でした。


「殿方のご意見が聞きたかったのですわ。ゼンディール様も相談にのっていただけますか?」


 ゼンディール様が上を向かれて目をしばたかせております。そしてわたくしに確認の視線を送ってまいりました。わたくしはクララ様を意識した笑顔で大きく頷きました。

 ゼンディール様はパァっと顔を明るくされ、わたくしの隣に走ってまいりました……本当は走っていませんが、まるでそう見えたのでございます……。別の執事が急いで椅子を引きました。


 こういうのを『ワンコのしっぽが見えた』というそうですわ。なるほど『はるかの知識』は想像力が素晴らしいですわね。


 一旦、相談事は置いておき食事を済ませることになりました。後ほど、ゼンディール様からのお土産のケーキとともにご相談会をいたします。


 ゼンディール様は新年の王城での舞踏会にわたくしを連れて行ってくださるそうです。


「パティ嬢も行きましょうね。エスコート役ならいくらでも手配します! ドレスは発注したのですが既成のものに工夫するくらいの時間しかなくて申し訳ない」


 ゼンディール様がションボリなさります。がドレスの発注?? いつの間に?


「先日、コレット様のメイド殿とパティ様のメイド殿とともに仕立て屋へ行ってまいりました。お二人は学園にいらっしゃっておりましたので」


 執事のジルドが説明してくれましたがここでわたくしとパティ様に顔を近づかせ声を小さくします。


「本当は当日までご内密なプレゼントだったはずなのですが、本当にゼディ様はお身内には『秘密』ができないもので」


「「プッ!」」


 四つも年上の殿方なのに、あまりに可愛らしくて、わたくしもパティ様も笑ってしまいました。


「ジルド! 余計なこと言うなっ!」


 パティ様も賑やかな食事で少しは食欲も戻ったらしく本当によかったですわ。


〰️ 


 場所をサロンのソファーに移しました。先日のケーキの中でわたくしが一番気に入ったケーキが盛られております。わたくしは特にこれとは言わなかったはずですが、ゼンディール様はわたくしの仕草でわかってくれたようです。こういうことに幸せを感じてしまいます。


「先程の件だけどね。パティ嬢から言うことは今どき、はしたなくないと思うよ。僕だったらコレットに行くなって言われたら飛び上がって喜ぶよ」


 それはゼンディール様はそうでしょうねぇ。と、きっとパティ様は思ってらっしゃいます。恥ずかしいです。


「それで! その幸運な男は誰ですか?」


 ゼンディール様は身の乗り出してパティ様に迫りました。ゼンディール様は高官様ですしすでに社交界に出て四年ほどになりますから殿方のお名前だけで大体おわかりになるのでしょう。

 特に『マーシャ様の会』は今のところ高位貴族の殿方ばかりですからどなたかわかりやすいのでしょうし知りたくなってしまうのでしょう。


「あ、あの………ダリライト様……ですの」


 パティ様は顔を赤くなさっておいでです。わたくしは知らない方なので、ここ二回にいらした殿方なのでしょう。

 あら? ゼンディール様が珍しく不細工でございますわ。お口ってあんなにも開くものですのね。


「ゼンディール様。いかがいたしましたの?」


 わたくしはゼンディール様の膝を揺すりました。ゼンディール様はその不細工な顔をわたくしの方にクルゥと向けました。


「プッ!」


 わたくしは思わず吹き出しました。それでもゼンディール様のお口が閉じません。そんなにショックなのでしょうか。


「ダリライト様はゼディ様のご親友であらせられます」


 またしても執事のジルドが解説を入れてくれました。


「ばっ! 馬鹿なことを言うなっ! 天敵の間違いだろっ!」


 ゼンディール様は珍しく声を荒げますが全く怖くありません。子犬が一生懸命に頑張っているようです。


「お二人は学園の頃から残念な美丈夫として有名でした」


 ゼンディール様がジルドを睨みます。ジルドは平気そうです。子犬対オオカミのようです。


「ジルドは随分と詳しいのね」


 わたくしは子犬対オオカミを想像してクスクス笑いながらジルドに尋ねました。


「はい。わたくしはお二人のクラスメイトでございました。わたくしが貧しい男爵家の三男にも関わらずこちらでお世話になっておりますのはその縁でございます」


「「まあ!」」


「ダリライト様は王都にお屋敷があるにも関わらず新年の舞踏会のために王都にいらっしゃる際には必ずこちらにお泊りになりますので来週末にはいらっしゃるかと思われます。そうですかお見合いのために一月早く王都にいらしたのですね。それは流石に存じ上げませんでした」


 パティ様がその場で失神されました。ダリライト様がこちらにいらっしゃるかもしれないことに耐えられなかったようです。


「ダリのやつ! 恥ずかしくて内緒にしやがったな」


 ジルドの小さな声は聞こえませんでした。

 執事たちでパティ様をお部屋にお連れになりました。

 わたくしもケーキとお紅茶を美味しくいただいてからお部屋に戻りました。


〰️ 


 びっくりしたのはその翌日でした。わたくしとパティ様はランチの後に温室でおしゃべりを楽しんでおりました。


「パティ様にお客様です」


 ジルドが連れてきたのはゼンディール様より背が高く文官顔のゼンディール様より精悍な武官顔で笑顔はあまり得意でないご様子の美丈夫様でした。

 パティ様は立ち上がってポッーとしております。


「コレット様。こちらはダリライト・スペンドル様でございます。辺境伯様のご長男であらせられます」


 わたくしとダリライト様が挨拶を済ませますとジルドがわたくしに手を差し伸べて参りました。わたくしはジルドのエスコートに従い頭を下げてその場を辞しました。


 ジルドはわたくしを応接室に連れてきました。珍しくわたくしの向かい側に座ります。


「昨日もご説明しましたようにわたくしは元クラスメイトです。なので時々は、友人として振る舞うことを許されております。最近では執事も慣れましたので、執事でいながら友人のようにもできるようになりましたけど」


 ジルドはそう言って笑っておりました。わたくしもジルドの様子を見てきておりますので、その執事と友人の絶妙な距離感に納得し笑ってしまいました。


「そちらに、お座りになったということは、ご友人としてお話をしていただけるのね」


 わたくしはジルドに認められたようで嬉しくなりました。


「はい。そうですね。

今日、ダリライトの家に行ってきました。で、うちにはパティ様がいるから、その気がないなら今年は来るなと伝えました。そうしたら、あいつ、私の胸倉を掴んで今すぐ行かせろと言うんですよ。マーシャ様に昨日お手紙をしてパティ様との連絡を取ろうとしていたらしいです。

てか、パーティーの最中にパティ様に直接聞けばよかったのに! そうすればパティ様もお悩みにならなかったし、マーシャ様の手間にもならないのに! ほんと残念な美丈夫だよっ!」


 わたくしはジルドの話の途中から笑いが止まらず涙を流しておりました。

 わたくしは涙を拭いた後に姿勢を正しました。


「ジルド。実は大切なお話があるの」


「あ、もしかして、パティ様が本当は王女だってことですか? 大丈夫です。ゼディもダリも知っています。あ、ダリが、知ったのは、さっきですけど」


 わたくしは流石にポカンとしました。


「ここは公爵邸です。ご身分のわからない方をお泊めするわけには参りません。ですので、王城もあるところに聞けば情報開示してくれます。まあ、それでコレット様をお呼びするのが一週間かかったんですけど。

本当はあのお化粧事件の日、ゼディはコレット様をここに連れてきてそのまま帰さないようにしようとしていたんですよ。

コレット様だけをお連れするのは無理ですからパティ様のことも調べさせていただきました」


 新事実にびっくりです。ツッコミたいところはたくさんありますが今はパティ様です。


「ダリライト様はパティ様が王女でもいいとおっしゃっているのね?」


「でなければ連れてきません。わたくしが公爵邸のお客様を傷つけさせませんから」


 ジルドは自信たっぷりな笑顔を見せました。

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