第16話 えにし

 コレッティーヌ嬢からの情報は衝撃だった。だが、理解できるはずのない言葉もしっくりと馴染み、僕はコレッティーヌ嬢の言うように『転生者』なのだろうと思えた。

 ランチが終わると再びメイドに席を外してもらった。


「コレッティーヌ嬢の理由からだったね」


 ウォルが早速話し合いをスタートさせた。


「理由は大きく二つあります。先程の『転生者』としての理由と現実の理由です。『転生者』としての理由は予想がつくのではないですか?」


 コレッティーヌ嬢が僕たちの顔を確認していく。それぞれが頷いている。


「どうなるかはともかく君が不幸になることが見えたってことだね」


「コンラッド王子殿下。その通りですわ。

わたくしはマーシャ様の邪魔をした罪で淑女らしかぬと修道院へ送られますの」


 空気がどんよりする。シンシア嬢のときにもそういう話は幾度も出た。何度と聞いてもいい気分にはならない。


「あのさぁ。そっちの世界の人? 罰が厳しすぎないか? そんなことで修道院に送られていたらみんな修道女になっちゃうよ」


 セオドアが呆れていた。ウォルも続く。


「個人的な恋の話で修道院や国外追放、市井落とし、あげくに斬首ですか? ありえませんよね?」


「衛兵が忙しくなりそうだな」


 コンラッドの冗談には誰も笑わなかった。


「まあ! そんなに暗くならないでくださいませ。先程、セオドア様が申したではありませんか。みなさまは勝ってらっしゃるのでしょう?」


 コレッティーヌ嬢の前向きな発言に僕達も顔を上げて頷き合うことができた。


「ですので、わたくしの不幸はみなさまにご協力とご助言いただければ簡単に回避できると思いますの。それもこれも、こうしてお話させていただいたので思えたことですわ。昨日までは不安でしたもの」


 コレッティーヌ嬢は眉を下げてホッとしたような表情だった。コレッティーヌ嬢は一人で闘おうとしていたのだ。僕もクララの時は誰にも言えず一人で戦ったので不安と恐怖でいっぱいだった。コレッティーヌ嬢は少しは肩の荷が降りたのではないだろうか。


「では、現実の理由というのは?」


「みなさまは、マーシャ様とクラリッサ様からパティリアーナ様のお話は聞いておりますわよね?」


 セオドアは苦虫をかみ潰したような顔をした。僕達三人もそこまで顔には出さないが、固まっている。他国の王女について『性格が悪いそうで』と堂々と言えるものではない。セオドアは根が騎士なのでポーカーフェイスは得意ではないのだ。

 コレッティーヌ嬢が笑い出した。


「ふふふ。セオドア様は大変正直でいらっしゃいますのね」


 セオドアは慌てて表情を戻し頭をかいていた。今更遅いがそういうところが好かれる要因なのだろう。僕から見ても好ましい。


「詳しくはお聞きしませんが、お噂通りですと申し上げておきますわ。ですので、今のパティリアーナ様では例え本当にコンラッド王子殿下を好きになられても、マーシャ様に勝てるわけがございません。我が国の恥を広めるだけでございましょう?」


 ウォルでさえ苦笑いになった。


「まあ、好きになっていただいても困るのだがなぁ」


 コンラッドの本音にみんなも本音で笑ってしまった。


「だけど、僕の夢では王妃の座を狙っていたよ」


 コレッティーヌ嬢は何度か頷いた。


「そうですわね。わたくしの知る小説内でもそのような発言がありましたわ。小説ではパティリアーナ様のお性格までは詳しくはわかりませんでしたもの」


「ここまで話したので、率直に聞きますね。そちらは国として王妃の座をお望みなのですか?」


 ウォルはまるで文官の交渉のようだ。冷静で単的で率直でわかりやすい。


「否であり、応でありますわ。簡単に説明するのは難しいですわね」


 コレッティーヌ嬢は本当に困った顔をしていた。


「コレッティーヌ嬢。ここでの話は他言しないし時間もあるのでゆっくりでかまわないよ」


 コンラッドが王族たる笑顔を向けた。コンラッドのこの一言でその場に安心感が広がる。


「コンラッド王子殿下。ありがとうございます。では、まずはかいた恥から片付けましょう」


 『かいた恥』とはパティリアーナ嬢のことだろう。みんなも声を出して笑っていた。


「パティリアーナ様のお性格については、両陛下も悩まれております」


 僕はすでに聞いていたので動揺しなかったが、三人はあからさまに動揺していた。だって相手の王族の話だもんね。


「その矯正のためこちらでは侯爵令嬢と偽っておりますの」


 コレッティーヌ嬢から聞かされた話はケーバルュ厶王国両陛下としてではなくパティリアーナ嬢の両親としての話だ。両親としての悩みになんとなくみんなも苦笑いしかできない。


「そういうことですので、両陛下がいきなり王妃の座を狙っているとは考えにくいのです」


「では、『応』とは?」


 ウォルは、尚更訝しいという顔をしていた。隣国の王家が狙っていないとすると国家を乗っ取ろうとする輩がいるのか?


「パティリアーナ様とお話をすり合わせておりませんのでパティリアーナ様の言動からの予想でございますが、政務の者からは、『こちらとの縁を』と打診されていらっしゃると思いますの。実はわたくしも、できればコンラッド王子殿下との縁を持つようにと高官様に依頼されております」


 コンラッドはコレッティーヌ嬢から向けられた満面の笑みに目を見開き大きなため息とともに項垂れた。コレッティーヌ嬢の言う『縁』とはただの友人というものではないのは明白だ。


 コンラッドの嘆きを見たコレッティーヌ嬢はクスクスと笑っていた。僕はコンラッドの肩に手を置き慰めた。


「ですから、高官様とパティリアーナ様が特に話し合ったわけでなく、両陛下のお心を慮ったらそうお考えになってしまった、というところだと思いますの」

 

 コレッティーヌ嬢の苦笑いに僕たちはため息を吐いた。


「言われなくても察しろと、言われていると勘違いした、ということですか………」


 特にウォルのため息は大きなものだった。


「頭の固い高官様ならありえますでしょう?

パティリアーナ様は王女としてのお仕事みたいなお気持ちもありますし、ねぇ」


 コレッティーヌ嬢が困り顔で小首を傾げた。


「確かにいるよね。わかってますって顔で考えのズレてる高官って」


 コンラッドまで苦笑いだ。


「自分が高官になってもそうならないように気をつけたいと思いますね」


 ウォルは真面目な顔で答えた。


「わたくしに課せられたご縁というのはコンラッド王子殿下だけではございませんのよ。ここにいらっしゃるみなさまは、『縁名簿』の筆頭様ばかりですわ。

オホホホ。これってわたくしのチャンスかしら」


 コレッティーヌ嬢の冗談に一瞬呆けた後、僕たちは大笑いしてしまった。


「あなたのように聡明でおおらかで明朗な方に婚約者もいないのは不思議ですね」


 ウォルが珍しいほど女性を褒めていた。


「まあ、ウォルバック様はお上手ですわね。はっきり言えば、わたくしは箱入り娘ですの。おかげさまで嫁に行かずとも困らないほど財産はありますのよ」


 コレッティーヌ嬢の笑顔が怪しく見えた。


「なら尚更、引く手数多じゃないのかい?」


 セオドアは立ち上がって給仕に向かいながら質問した。


「ええ。わたくしも自分がそんなにモテないものかと心配になり家令に聞きましたのよ」


 プッ!


 コレッティーヌ嬢の表現は本当に面白い。


「お父様がすべて握りつぶしておりましたの」


「「「「ワーハッハッ」」」」


 オチがわかっていてもついつい笑ってしまった。セオドアは紅茶のポットを揺らして笑っていた。危ない。


「嫁に行き先のない王女と嫁に行かせてもらえない侯爵令嬢の縁結びか。随分と困難な課題だねぇ」


 コンラッドの言い回しに僕たちはさらに大笑いになった。一通り笑いが収まるとコレッティーヌ嬢は笑い涙を拭いた。


「ええ。しかしながら、結果はどうであれ、努力をしていることは高官様にも見せないとなりませんから、どうしたものかと思っておりますの。わたくしは婚約者のいる殿方は嫌ですの。例えば、クラリッサ様と闘うなどはありえませんわ」


 三人が僕をチロリと見た。僕はブンブンと左右に頭を振った。


「ち、違う! コレッティーヌ嬢は『僕に対して』じゃない! 恐らく『クララに対して』だよ。ティナにそう言っていたもの!」


「ウフフ、実はそうですの! わたくし、クラリッサ様の大ファンですの!」


 コレッティーヌ嬢が両手を頬にあて恥ずかしがっていた。僕は両肩を落として項垂れた。三人は口をぽかんと開けていた。

 僕は小さなため息のあと自分の中に気合いを入れた。


「ウォル。ちょうどいいじゃないか。コレッティーヌ嬢に協力してもらおうよ」


「え? あ、そ、そうだな。

コレッティーヌ嬢。我々としても、パティリアーナ嬢にもコレッティーヌ嬢にも、コンラッドには、そして、先程の話だと、僕たちにもだが、興味を持ってほしくないのです。そこで、お見合いのようなものを企画しております」


 コレッティーヌ嬢が目を輝かせて手を『パンッ』とひとつ叩いた。


「まあ! ステキ! もちろん、お相手のいらっしゃらない殿方ですわよね?」


「もちろんです。王城の政務部からのお墨付きです」


「尚更ステキ!

それは楽しみにしておりますわ! わたくしもお父様の目のないところですもの。恋愛してみたいですわ!」 


「ただ、リラックスして望んでもらうためにはもう少し女性の人数がいた方がよさそうなので人選をどうしようかと悩んでおります」


 ウォルの心配はすんなりと解消することになるのだがそれは数日後だ。

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