第13話 自習室

 ティナとベラが演劇を見に出かけたタイミングでウォルとセオドアが我が家に来た。母上と父上、兄上には事前に二人が来ることを報告してあり、母上もそのつもりで迎え入れてくれた。

 時間もないので挨拶もそこそこに話を始めた。


「そうね一対一でお会いする時間はなさそうね。四対四くらいがいいと思うわ。それなら、テーブルを一度変えるだけでみなさんとお話ができるでしょう。それに、一人じゃないから、話に詰まってもフォローしあえるわ。学生の女の子たちだと緊張してお話ができないこともありえますからね」


 母上は前もって考えていてくれたようで水が流れるかのごとくお話してくれた。

 母上の意見に頷くことしかできない僕たち。ウォルは一生懸命にメモをとっていた。 


「異文化交流会と名打てばカップルとしてうまくいかなくとも文句は出ないわよ。それに、それなら話題に困った時に振る話題が何でもあるでしょう」


「え? 例えば?」


 僕はそういうテーブルについたことがないのでわからない。


「名産は何ですか? とか、そちらでは、どんな本が流行っていますか? とかよ。

こちらにいたら変な質問すると、『そんなことも知らないのか』って思われたくないからできない質問でもあちらの国のことは知らなくて当然ですもの。話題に困らないというのは大切ね」


 なるほど。それなら話下手な方でも大丈夫そうだ。


「ただし、聞いてはいけないこともあるのよ。その辺りは殿方もお勉強してからいらっしゃるでしょう」


 母上が乗り気で考えてくれるので僕たちは大いに助かった。


「あちらが王女殿下ですものね高位貴族から始めるべきでしょうね。あら? これはキャサリンちゃんのお兄様ね」


 母上には事前にウォルが持っている名簿と同じものを用意していた。

 キャサリンはアレクシス兄上の嫁で僕の義姉だ。僕は母上の持っていた紙を覗き込んだ。ゼンディール・エイムズ公爵令息の名前があった。僕は自宅なので顔を作ったりする気もなく顔をしかめた。僕的には親戚になりたくない。

 僕の顔を見た母上がキャラキャラと笑った。


「バージルがそんなに嫌がる女の子なの? 困ったわねぇ。いざとなったらのらりくらりとお見合いを繰り返して卒業式が終わったらとっとと帰してしまえばいいのよ」


 母上の大胆な意見に僕たちは苦笑いするしかなかった。確かにコンラッドに執着されるくらいなら帰ってもらった方がいい。


 ティナが戻る前に公爵家の馬車で二人を送った。



〰️ 〰️ 〰️



『まあ! コンラッド様は博学でいらっしゃいますのね』

『わたくし、この国に大変興味を持ちましたわ。この国にずっといたいと願わずにはいられませんわ』


 ぐったりとした気分で目が覚めた。


「見合いまで待ってくれよぉ」


 僕は誰にも届かない願いを口にした。


 あの背景はどこだ?

 僕はベッドから起き上がらず腕を目の上に置きゆっくりと校内を頭の中に描いていった。


「自習室かっ!」


 僕は跳ね起き学園へ急いだ。


〰️ 〰️ 〰️



 図書室の前でまたしてもコレッティーヌ嬢に会った。僕に気がついたコレッティーヌ嬢はあからさまに驚いていた。こんなに顔に出すなんて珍しい。それでもすぐに素顔に戻したが笑顔にはなっていなかった。


「兎に角、今は時間がございませんわ」


 お互いに何も言わないのに目的地は同じ気がする。それは、コレッティーヌ嬢も感じているようで、コレッティーヌ嬢が先日のように説明はいらないとばかりに僕から視線を外した。


 二人で図書室へ入る。入り口は図書室と一緒になっていてさらに右側のドアを入れば自習室だ。コンラッドは恐らくここにいる。

 しかし、僕はコレッティーヌ嬢を止め、図書室の奥へと来てもらった。そこには、コンラッドとは別の探し人がいた。


「バージル。どうした? こんなに早く」


 ウォルは男前の笑顔を僕に見せた。ウォルの向かいに座っていたティナが振り返る。


「あら、バージル兄様。まだおやすみになってらっしゃったから先に来てしまいましたわ」


 ティナがいたずら娘のように笑った。僕の後ろに女性がいたことに気が付き軽く頭を下げた。爵位はともかく兄の連れている人という挨拶だろう。


「ティナ。君に彼女を紹介したくてね。留学生のコレッティーヌ嬢だよ。クララもマーシャもとても仲良くしてもらっているんだ」


 僕の行動にコレッティーヌ嬢が一瞬ピクリとしたが、さすがに淑女だ。すぐに対応して二人は自己紹介をしあった。


「ティナ。僕は少しばかりウォルと話があるんだ。コレッティーヌ嬢のお相手をお願いできるかい?」


 僕はコレッティーヌ嬢に嫌とは言わせず、そこへ残ってもらうことにした。ティナがウォルを見てコレッティーヌ嬢から視線を外した瞬間に、コレッティーヌ嬢は僕を細い目で見たが覚悟を決めてくれたようだ。


「ティナヴェイラ様。わたくし、クラリッサ様の大ファンなんですの!

ボブバージル様とのお話など聞かせていただけます?」


 僕は違う意味でピクリとしたが、今はそれどころではなかった。彼女の意趣返しには恐ろしいものを感じた。

 それでも、コレッティーヌ嬢はティナの隣に腰を落ち着けてくれたのだった。本当に賢い方で頭が下がる。


 ウォルと二人で図書室の入り口まで戻りそこから自習室へと入った。ウォルは何も聞かずに同行してくれる。


 コンラッドとパティリアーナ嬢は並んでノートを広げ、顔だけを向き合って笑顔で話をしていた。ウォルの眉がピクリと動いたがそれも一瞬ですぐに笑顔を作った。


「コンラッド。おはよう!

探したよ。学園長が君を呼んでいるよ。バージルと一緒に学園長室へ行ってくれ。

パティリアーナ嬢。よかったら、私が教えましょう。私は成績でコンラッドに負けたことがないのですよ」


 ウォルは何も聞かなくともわかってくれているようだった。コンラッドを引っ張り立たせて自分がそこへ座った。笑顔のままだが怖いと思うのは気のせいだろうか?

 僕はコンラッドが放心しているように見えたのでコンラッドの腕を掴み自習室から出て生徒会室へ行った。ウォルなら大丈夫だろうと信じている。


 生徒会室のソファーに二人で並んで座った。メイドに冷たい水をボトルでもらい、コンラッドに二杯ほど飲ませた。コンラッドの瞳に光が戻ったように見えた。


 コンラッドは大きく息を吐き出した。


「バージル。助かったよ。

パティリアーナ嬢に話しかけられてな振り向いたんだ。そしたらな、パティリアーナ嬢は後光がさしたように輝いていて、抗うこともできずに引き込まれていったんだよ。一言一言が可愛らしく見えてな…。その時は夢のような時間だと思っていたが………今思うと悪夢のような時間だな」


 コンラッドはハンカチを取り出し汗を拭いた。

 僕にはそうなってしまった原因はわからない。だが、それを繰り返すことはよくないと思うのだ。

 シンシア嬢のときセオドアも初めは朝のタオルだけだった。気がつけば休み時間のたびにシンシア嬢の元へ行くようになっていたのだ。


「コンラッドはいつもあそこで勉強していたの?」


 コンラッドはまだスッキリしたわけではないのか手を額に当てていた。それでも僕の問に答えた。


「ああ。王城では政務ばかりで勉学の時間がないからな。早起きできたときにはあそこで勉強するようにしていたんだよ」


 なるほど、コンラッドがウォルに続く成績であるのには、しっかりとした理由があったようだ。それにしても、パティリアーナ嬢のメイドたちの情報収集能力恐るべし。僕でさえそんなコンラッドの姿は知らなかったのだから。


「これからは早起きしたらここで勉強するといいよ」


「ああ。そうするよ。こんなのは懲り懲りだ」


 コンラッドはこういうところはとても素直だ。それはシンシア嬢のときにもわかっている。


「でも、マーシャの送り迎えはいいの?」


 コンラッドは馬車事件からはマーシャの送り迎えをしていたはずだ。僕の問にコンラッドは照れ笑いをした。


「ああ。政務が忙しくて朝は起きる時間がバラバラなんだよ。マーシャが『迎えに来るなら寝ろ』と言ってくれたんだ。帰りだけは送らせてもらっているよ」


 確かにコンラッドが王宮からマーシャの家へ回ると三十分は多くかかるだろう。朝の三十分は寝ていたい時間だ。

 『送らせてもらっている』そう言うコンラッドに思わずからかいたくなるが、それを我慢してふふふと笑うだけにした。

 

〰️ 


 一時限目が始まる前に生徒会室にウォルとコレッティーヌ嬢が現れた。


「セオドアに一時限目は休むと伝えてきたよ」


 ウォルがコレッティーヌ嬢を僕に近い一人がけのソファーへと誘う。ウォル自身はいつものように僕の向かい側に座った。コレッティーヌ嬢が何かしてくるとは思わないが、ここで守るべきはコンラッドであり、ゲストはコンラッドがら離れた席であるのは当然だ。


「あれからどうなったの?」


 僕はコレッティーヌ嬢に頭を下げた後、ウォルに向き直って聞いた。


「歴史の問題に二、三問答えておしまいさ。パティリアーナ嬢もしつこくはなかったしな」


 ウォルは何でもなかったらしく僕もコンラッドもホッとした。


 僕たちはメイドに給仕を頼んだ。そしてその間になんとなくみんなそれぞれで覚悟を決めた。

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