第12話 反面教師

 遡ること三年前ですわ。わたくしは九歳でした。このお茶会が王妃殿下のお声掛けの元、初めて開かれることとなりました。一回目ということでお母様も参加なされたのですが、王妃殿下やお母様はすぐに別室へ移られ、十歳前後の子供だけになりその時はまだ立食形式でございましたの。


 その時の王女殿下のご様子を目の当たりにし、わたくしは驚きを隠すだけでそれはそれは苦労いたしましたの。

 そして邸へ戻りわたくしは夜まで泣き崩れ夕食も食べずに寝てしまいました。


 朝になりわたくしはわたくしの専属メイドのカリアーナにパティリアーナ王女殿下のお話をしました。泣きながら懸命にしゃべるわたくしの拙いお話をカリアーナは我慢強く聞いてくれました。


「お嬢様。それがおわかりになったのはとても素晴らしいことですわ。今なら簡単に直せますよ」


 カリアーナはわたくしの目線に合わせてお話をしてくれました。


「どうしたらいいの?」


 わたくしは泣いたままカリアーナに助けを求めました。


「まずはみんなに謝りましょう」


「ごめんなさいをするの?」


「そうです。でも、ただのごめんなさいでは、ダメですよ。お嬢様がその人にごめんなさいと思ったことをお話にならなければなりませんよ。もし、ごめんなさいのお話が難しいときにはありがとうのお話をいたしましょう」


 わたくしはしばらく考えました。


「カリアーナ。いつも一緒にいてくれてありがとう。これからも一緒にいてね」


 カリアーナはびっくりしておりました。そして涙を流したのです。


「お嬢様。わたくしに一番におっしゃってくださるのですね。わたくしこそありがとうございます。わたくしをこれからもお側付きにしてくださいませね」


「カリアーナ!!」


 わたくしはカリアーナの首に抱きつきました。


 そして、カリアーナに寄り添ってもらいながら、すべての使用人たちに『ごめんなさい』と『ありがとう』を言ってまわったのでございます。最後には朝食をとっていた家族にも謝り、わたくしはお母様のお膝でまた泣いてしまいましたわ。


 そう!

 わたくしは王女殿下のご様子から自分がどんなに使用人や家族に対して我儘で高飛車で傲慢で酷い行動であったのかを自覚してしまったのです。

 だって、わたくしが行っていたことと王女殿下が行っていたことが全く同じだったのでございますから。そしてわたくしは王女殿下にやられたことが嫌だなと思ってしまったのですから!


 服が汚れたのはメイドのせいではありません。

 お料理にお野菜が入っているのはわたくしのことを思ってくださるからです。

 お花がキレイに咲いているのはわたくしがいるからではありません。庭師が頑張っているのです。


 今となっては当たり前な話もそれまでのわたくしは自分が神のように振る舞っていたのです。はあ……恥ずかしや恥ずかしや。


 この日からわたくしに対する使用人たちの目も、すぐにではございませんでしたが変化をもたらし、今ではわたくしが流行病で寝込んでしまえば心配して泣いてくださるほどになりました。


 閑話休題ですわ。


〰️ 〰️ 〰️


 お茶会から戻りまして、『はるかの知識』とお話いたしますが、どうも先程の『トクン』については曖昧なままでございました。まだ確証を得てなかったのでございましょう。


〰️ 〰️ 〰️


 もうすぐ十六歳になるわたくしとお兄様は王都のお屋敷に住むようになり、貴族の通う学園へと進学いたしました。この学園は貴族は強制入学でございます。


 そちらでの成績はいつもお兄様が一位、わたくしが二位、パティリアーナ様が三位でございました。テストのたびにパティリアーナ様に睨まれますが、わたくしはこれでも手を抜いておりますのよ。

 だって『チート』ですもの。お兄様と同じくらいになるようにしておりますの。


 わたくしのお兄様はとても優秀です。『チート』などないのにいつも満点なのですの。


 わたくしはパティリアーナ様には絶対に負けたくありませんでしたわ。幼き頃からイジメられていたことは根に持っております。

 しかし、これがいけなかったのですわ。二年生になる時に留学の話が出ました。わたくしは真っ先にターゲットになってしまい、王命を断ることなどできませんでした。


 それからの一年でパールブライト王国の言葉ブライト語を習得しマナーの差異も習いました。パティリアーナ様もこの頃には侯爵令嬢としての教育を受けたはずなのですがねぇ。


 と、いけない、いけない。


〰️ 



 そして、留学まであと一ヶ月という頃、王妃殿下の執務室に呼び出されました。わたくしは誰を伴うこともなく伺うことになりました。


 王妃殿下は満面の笑みで迎えてくださいました。それが、さらに怖いです。

 お決まり的な挨拶をへてソファーへと座れば、香り高いお紅茶が運ばれます。王妃殿下に合わせるようにお紅茶をいただきます。


 『あちっ!』


 この頃には『はるかの知識』が口に出ることは随分と抑えられるようになっていました。


「コレッティーヌ。留学のお話を受けてくれたそうね。感謝するわ」


 王妃殿下の笑顔にわたくしは目眩がしそうでした。


「と、とんでも、ご、ございません」


 十七の小娘に王妃殿下の前で普通でいろと言う方が無理です。


「コレッティーヌはパティリアーナのお茶会にいつも参加してくれていましたものね。パティリアーナのことはよくわかっていらっしゃるわよね」


『その話ですかぁ??』


 わたくしは内心ショックでしたが王妃殿下にそうは言えません。


「そ、そうでございますね」


 苦笑いしかできないわたくしを王妃殿下は責めたりしなかったのですが……、そこからは、王妃殿下の愚痴を延々と聞かされることになるのでした。


 王妃殿下のお話をまとめますと、我が国はつい最近まで戦争が頻発していたそうです。それを国王陛下と王妃殿下は隣国を駆け回り、停戦協定を結んでいき、わたくしたちは平和に暮らせるようになったそうです。これは、まあ、学園の歴史学で習いました。

 平和になってからも、隣国との交流のため両陛下は各国をまわり忙しくしていらっしゃいました。

 国王陛下がすぐに膝を痛がるだの、国王陛下が虫が苦手で困るだの、このあたりは省略します。


 パティリアーナ様のお兄様になる王太子殿下には、幼き頃から厳しい家庭教師をつけ頻繁に隣国へも連れていき立派にお育てになったのですが、女の子であるパティリアーナ様にはそうもいかず気がつけばあのような王女様になってしまわれたというのです。


「貴女の領地で開発された乗り心地のよい馬車はまだありませんでしたからね。女の子を遠くへ連れて行くなどできなかったのです」


 領地まで褒めていただき身に余る光栄です。


 兎にも角にも、この留学を機に王女殿下のお性格を矯正なさりたいと思っていらっしゃるようです。


「今のままでは国内では嫁ぎ先など見つけられません。また、隣国へ嫁がせてトラブルになっても問題です。ですが、嫁がずに国政を担うにしても外交も任せられませんし、かといって内政でも高官たちと上手くやっていくのは無理でしょう」


 王妃殿下はハンカチで目尻を抑えました。いやいや、涙、出てないし。言えないけど。

 王妃殿下のパティリアーナ様への評価は酷いものでしたが、困ったことに真実です。


「留学させることで身分を偽らせます。少なくとも下の者の気持ちがわかるような淑女に鍛え直してほしいのです」


 パティリアーナ様と同い年のわたくしに随分と難しい宿題でございますが、わたくしには拒否権はございませんでした。


 さらにこの後、国王陛下までいらっしゃいまして、『パティリアーナを頼む』と五寸釘を胸に打ち抜かれました。


 え? 五寸釘ではない? あら? 『はるかの知識』は時々とても難しいのですわ。オホホ

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