第11話 淑女見習いのお見合い

 しかし、この『転生人の成功』につながることがわたくしにも起きました。


 侯爵家は元々鉄鉱石が取れる山をいくつか持っており鉄鉱業が盛んでございました。なので、針金のようなものはお父様の執務室には、そこここに落ちておりました。翌日には、メイドによってキレイにされてしまうのですけど。そう思うと、針金を拾ったことは素晴らしい偶然だったのですわね。


 その一つを拾い上げわたくしは指にクルクルと巻きつけます。それを見た『はるかの知識』が『トクン』と反応いたしました。わたくしはすぐに『はるかの知識』の引き出しをあけ、内容を聞いて驚きました。

 なんだか、これ、すごく使えそうなのです。


 が、残念ながら商品にできるような知識ではございません。


 そこでお父様を頼ることにしたのです。


 わたくしはお父様の執務室へと赴きました。お父様はわたくしのことが大好きなのですぐに迎え入れてソファーに座りお膝へ乗せます。

 わたくしはお父様のお膝の上でまるで遊んでいるかのように呟きました。


「ねぇ、お父様。これの大きいものがベッドやソファーに入っていたら気持ちよく座れると思いませんか?」


 わたくしは親指と人差し指で模擬スプリングの伸縮を繰り返しているだけです。


 衝撃を受けたのはお父様でそれから商品開発に乗り出しました。最初の商品は執務椅子用のクッションでした。これもとても売れて王城王宮すべての注文を受けたと聞いております。

 それからはソファーや馬車椅子、ベッド、というように商品がどんどん大きくなっていきました。


 後から聞いたところによりますと、針金の太さや長さから、スプリングの大きさ、数、巻数まで、あらゆるパターンを実験しなければならなかったそうですわ。

 商品が大きくなるたびに開発のためのお試しは数多く作られ、お父様は楽しかったと申しておりますがきっと大変だったと思いますの。開発などという難しいことはすべてお父様とお父様が集めていらした開発者様たちのおかげなのです。


 わたくしは本当に最初の指遊びのバネの伸縮のみに関わっただけでございます。お父様にそのバネの名前を聞かれたので『スプリング』と答えてしまいましたわね。まあ、これが『スプリング姫』と呼ばれてしまうことになるのですが。


 おかげさまで我が家は大変潤い下の弟妹たちが大きくなるのも金銭的には問題ないですし妹たちのお嫁に行く支度持参金にも問題ないと思われます。

 あ、その前にわたくしが支度持参金を持って嫁に行かねばなりませんわね。オホホホ


〰️ 〰️ 〰️


 と、我が家の開発話はともかくでございますわ。


 わたくしが流行病になる前は家族で領地生活と王都生活を半年ほどのサイクルで繰り返しておりました。王都生活で流行病になってしまったのですが。

 それはさておき、王都にいる間は令嬢としてお付き合いもいろいろとあるわけでございます。


 わたくしが病から立ち直ってから二月ほど経ちました頃でございます。

 二月に一度の恒例であります王宮での淑女見習いのお茶会なる王女殿下主催のお茶会の日になりましたの。


 王宮の庭園に到着してみればそれぞれがメイドに案内された席に着くことになっております。

 その日は残念なことに…………というのは決して顔には出しませんが、わたくしはどうやら本日は王女殿下のテーブルのようですわ。

 全く、病み上がりなのですから気を使ってほしいかったですわ。


「コレッティーヌ様。まだ具合がよろしくありませんの?」


 ご心配してくださったのはお隣に座っていらっしゃったマチルティーズ・グラッグ様ですわ。侯爵様のご長女でわたくしより一つ上のご令嬢です。

 それにしても嫌だと思ったことが顔に出ていたなんてわたくしは淑女としてまだまだですわね。


「マチルティーズ様。大丈夫ですわ。ありがとうございます」


 表情に出していた失敗を取り返すように笑顔をお見せいたします。


「流行病でしたのでしょう。お辛かったでしょう」 


 マチルティーズ様は口に手を添え眉毛を下げて本当に心配してくれているようです。ですが、まさか『はい、一度死にました』などということは絶対に申せません。


「家族が看病してくださってこうして完治いたしましたわ」


 わたくしは笑顔でお答えしました。


「まあ、ステキなお話ですわねぇ。またコレッティーヌ様がこちらに来てくださって本当によかったですわぁ」


 わたくしはここ二回ほどは病の床に臥せっていたため参加できなかったのですわ。マチルティーズ様がこのようにおっしゃるにはそれなりに理由がありますの。


 あら、どうやらその理由がいらっしゃったようですわ。


 集まったご令嬢たちが一斉に立ち上がり頭を下げてそのお方が近くまでいらっしゃるのを待ちますの。到着なされてもなかなかお声掛けはなさりません。ゆっくりと会場と参加者の様子を観察なされて、ドレスのスカート部分を持つわたくしたちの手が少ししびれてきた頃にやっと口を開きますの。


「みなさま。今日はいらっしゃってくれてありがとう」


「「「ご招待賜りまして、ありがとうございます、王女殿下」」」


 ここまででもまだ頭は上げず、手はスカートをつまみ上げておりますのよ。イライラしますわ。


「本当に今日はいいお天気でよかったわ。ねぇ、マチルティーズ様」


 これはランダムに当てられるのでみんなそれぞれが言葉を決めてまいりますの。


「麗しい王女殿下をご覧になるためにお日様がお顔をお出しになられたのでしょう」


 マチルティーズ様はお褒めになることがとてもお上手でいらっしゃいます。


「まあ! マチルティーズ様はお上手ね。みなさま、お顔をお上げになって」


 やっとキツイポーズから開放された。

 王女殿下がわたくしの前のお席にお座りなる。こちらがパティリアーナ王女殿下でございます。


『トクン』


 あら? 『はるかの知識』が少しだけ反応いたしましたわ。どういうことでございましょう。これは後で検証ですわね。


「みなさま。お座りになって」


 こうしてみなが腰を下ろせばメイドたちがお茶の給仕をしてくださいます。それまでは小さな声でテーブルごとにお話することが普通のお茶会では習わしなのですが、このお茶会では、みな、王女殿下の言葉を聞き逃してはならぬとおしゃべりに花が咲くこともないのでございます。それでも、テーブルが違うだけで気遣いは雲泥の差でございますけどね。


「コレッティーヌ様。ごきげんよう。まさか流行病が治らぬままいらしたわけではありませんわよね?」


 きたきたきたぁ! という感じでございますわね。わたくしは眉をピクピクさせることなくお答えいたします。


「王女殿下におきましては、ご健勝のご様子、嬉しく思いますわ。ご心配いただきましてありがたきことと存じます。熱も下がりましたしお医者様より外出許可もいただいております」


 最後に嘘のニッコリを加えれば完璧ですわ。


「そう。それにしてもお痩せになったそのお体ではそのドレスも映えませんわねぇ」


 とこのような調子で、わたくしは頻繁に王女殿下のターゲットとなるのでございます。なので、わたくしがこのお茶会に参加するだけで、みなさまに矛先が向く確率が格段に下がりますの。つまり、わたくしは生贄ですわね。


 このパティリアーナ王女殿下は実はわたくしの反面教師でございますの。

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