第2話 隣国への留学
「これはなんでございましょう?」
外交部の高官様から一枚の紙を渡されました。
「君たちと同じクラスになる高位貴族令息の名簿だよ」
そこには殿方たちの名前と爵位が書かれているだけでこざいました。
「これが何か?」
「君の使命だ。がんばってきたまえ」
この内容で使命を理解しろとは、なんとも下世話で気分が悪くなりますわ。わたくしは娼婦ではございませんのよ。これだから、自分が正しいと思いこんでいる頭の硬い高官様は嫌なのです。
わざとはっきりと言わないことで密命であるアピールと、もしもの時には『何も言っていない』アピールかしら? 全くもって醜いですわね。
「ふぅ」
わたくしは小さなため息をつきその紙に一番上に書かれたお名前を心で読み上げました。
すると『トクン』と心が叫びを上げ冷や汗をかきました。
『ドクンドクン』
外交部の応接室を出てなんとか自分の馬車までは辿り着きましたが、馬車の中で意識を手放しました。
〰️ 〰️ 〰️
高官様とお話をしてから三月が経ちました。
わたくしは今日からパールブライト王国の王都にございますブライト学園に留学いたします。わたくしは隣国ケーバルュ厶王国よりまいりました。
九月は暑いと言われておりますけれども、ケーバルュ厶王国王都より北にあるパールブライト王国王都は、幾分か涼しく感じますわ。
わたくしはコレッティーヌ・ボージェと申しますの。ケーバルュ厶王国ではお父様は侯爵を賜っておりますわ。
ケーバルュ厶王国でもご学友であったパティリアーナ・ゲール侯爵令嬢様もご一緒に留学してまいりました。
なぜわたくしたち二人が留学生に選ばれたかと申しますと、学園での成績が常に三位以内であったからですわ。
というのは、本当なのですが、ある種建前でございます。
わたくしたちはケーバルュ厶王国より密命を受けておりますの。密命? 使命? どちらでもいいですわ。どうせはっきりとは口に出されておりませんもの。
つまりは『女』だから選ばれたのですわね。
成績に関しましては本当でございますのよ。わたくしの場合、少しばかり『チート』なるものを使っておりますので軽く上位になってしまうのですけれど。ホホホ
はい。わたくしはいわゆる『転生者』でございます。ですが、とても完璧に『同化』していますこと、前世が十二歳でありましたこと、これらのおかげさまで『チート』以外には、特に前世の記憶は使えておりませんの。
あ、一つだけ使えました。このお話は後ほど。
〰️
さてさて、わたくしども二人は、もちろんこの学園で最高クラスに所属が決まりました。
先生とともにクラスに入り先生がわたくしどもをご紹介してくださりました。その後、廊下側の一番後ろとその前のお席に案内されましたわ。
お隣の女子生徒は、恐らくは下位貴族なのでしょう。わたくしたちの爵位をご紹介時に聞いたからか萎縮しております。お可哀そうに。少なくともわたくしはとって食べやいたしませんわよ。
一時限目はいきなり歴史学でございますか……。さすがにこれは国によって大きく違いますので大変かもしれませんわね。
後ろの席のパティリアーナ様を見れば、すでに眉間に皺を寄せ不機嫌丸出しでございますの。困ったものですわね。
パティリアーナ様のお隣の女子生徒のお顔は真っ青です。パティリアーナ様に声をかけていいものかもわからずにアタフタしております。本当に気の毒ですわね。それは追々フォローしてまいりましょう。
そんなパティリアーナ様のご様子などお構いなしに授業は滞りなく終了いたしました。
〰️
休み時間になりますととてもお美しいご令嬢ととても可愛らしいご令嬢がわたくしどもにご挨拶に来てくださいました。わたくしどもも立ち上がってお迎えします。
「パティリアーナ様。コレッティーヌ様。わたくしはホーキンス公爵家が娘、マーシャですわ。よろしくお願いいたしますわ」
『トクントクントクン』
わたくしはマーシャ様のお名前を伺うと動悸がしてしまいましたが、覚悟はしていたのでなんとか侯爵令嬢としての顔を崩さずに済みました。
「マクナイト伯爵家が娘、クラリッサでございます。よろしくお願いいたしますわ」
大変優しそうな笑顔でクラリッサ様にご挨拶していただきました。なんとステキな方なのでしょう! わたくしは一目でクラリッサ様のファンになりましたの。
と、それはさておき。
わたくしどもも改めて自己紹介をいたしました。
「学園長様にお二人の学園でのサポートを仰せつかりましたの。わたくしたちに何でも聞いてくださいませね」
マーシャ様が美しい笑顔でおっしゃってくださいました。
『トクントクン』
わたくしの中の『はるかの知識』が警告音を鳴らしております。後ほどゆっくりと『はるかの知識』とお話しなければなりませんわ。
「え? クラリッサ様は伯爵家ですわよね?」
パティリアーナ様はいきなりの失礼な発言にわたくしは、ぶっ飛ばしたく……あ、いえ、なんでもありませんわ。オホホホ。
「マーシャ様。クラリッサ様。お手数をかけて申し訳ありません。よろしくお願いいたしますわ」
わたくしは強引にパティリアーナ様のお言葉はなかったことにしました。絶対に聞こえていたはずのクラリッサ様ですが、『気にしないで』とばかりに微笑をたたえわたくしの目を見て小さく頭を振りました。なんとお心の広い方でございましょう。
ですが、パティリアーナ様の失言は止まりませんでした。
「では早速ですが、マーシャ様。コンラッド王子殿下をご紹介していただけますかしら? せっかく隣国から来たのですもの。こちらの王族の方とご挨拶させていただきたいわ」
パティリアーナ様が爆弾を投げます。口調もどう聞いても上からの口調です。わたくしの『トクントクン』は『ドクンドクン』になりました。
「まあ! コレッティーヌ様! お顔色が優れませんわ!」
マリア様が………って違いますわ。クラリッサ様がわたくしを気遣ってくださり、わたくしを椅子に座らせてくださいました。わたくしは本当に具合が悪くなりかけておりました。
あの日馬車で意識を手放した時のようです。ですが、ここは踏ん張ります。パティリアーナ様をお一人にするわけにはまいりませんもの。
「すみません。クラリッサ様」
「まだ旅のお疲れが残っておられるのですわ。保健室へ参りますか?」
クラリッサ様は本当にご慈愛あふれるお顔で心配してくださいます。ますますファンになります。
「いえ、大丈夫ですわ。もう、次の授業になりますし、お二人もお席に戻ってくださいませ」
マーシャ様とクラリッサ様は一番前の窓の近くの席にお戻りになりました。クラリッサ様は何度もわたくしに振り返り心配そうに見つめてくださいます。
「ちょっと、しっかりなさって! 少しでも早くお顔合わせをしなくてはなりませんのよ」
後ろの席からいきなりの叱責です。パティリアーナ様はわたくしの心配などつゆほどもせず、わたくしをお責めになります。お心根の違いがわかりますわね。
調度よく先生がいらしてくれて本当によかったですわ。
二時限目は算学でございました。
わたくしは得意中の得意な科目ですので、授業など聞かなくても問題ありません。『はるかの知識』の九九なるものを使えば、高等学園の算学であっても、苦にするものではございませんでしたの。
お時間に余裕もできましたので『はるかの知識』とお話することにしましたの。『はるか』は、わたくしのいわゆる前世の名前ですわね。お話をすると言っても、『はるかの知識』の引き出しを開けていくという感覚ですわ。
マリア様って? なるほど天使様の聖母様ですのね。マリア様は『はるかの知識』にある絵画では本当にご慈愛あふれるお顔でございます。本当にクラリッサ様のようですわね。その絵画をいただきたいくらいですわ。
あら、いけない、いけない。
では、コンラッド王子殿下とマーシャ様についてももう確信がありますわよね?
『…………』
その内容にわたくしは愕然といたしました。これからの学園生活について、考え直さねばなりません………。
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