11話 求めるは朽葉色


 ふみたちが席を外した後のこと。


 「お前は帰らねぇのか?」


 いつのまに現れたのか、様子を伺っていた久坂が高杉へ刺々しく言い放った。対して高杉は気にも止めず、薄ら笑みを浮かべながら立ち上がる。



 「まぁそうくな……面白くなったじゃねぇか。なぁ、先生さんよ」


 半ば睨みをきかせながら松陰へと目配せすると、それに応えるように立ち上がり、塾がある方へと向かった。


 連なり高杉、久坂。そして庭で様子を伺っていた栄太郎と亀太郎も何事かと思い後に続く。


 塾の中へ入ると、円を描くように静かに腰を下ろす。栄太郎たちは事情を知らない故に松陰らの重苦しい空気を理解しようと、目線を右へ左へと忙しなく動かしていた。


 



 「高杉くん、君はどう考える?」

 「考えられるのは二つ。だが、どちらも結果は同じこと。優は徳川家と関わりがある。ゆえにここにいるのは危険だ……お互いにとってな」

 


 高杉の言葉に松陰は黙り込む。栄太郎と亀太郎は驚き、久坂は眉間に深く皺を寄せた。



 「おい!まだ何も決まってねぇだろ!」

 「俺は率直な意見を言ったまでだ。何も本当に優を危険人物として扱おうとは思ってねぇよ」

 「それでも……」



 納得できないという顔で下を向く。

 そこへ松陰が口を開いた。



 「久坂くん、全部聞いていましたか?」

 「あ、あぁ。一応」

 「それなら、君はどう思う?」


 久坂はしばし考えたあと、こう答えた。


 「優は何も知らないと俺は思う。本当にそのってやつに好意を抱かれていただけなんじゃないか?確かに先生は幕府から目をつけられているかも知れねぇが、もし内情を探るためなら、徳川の紋が入った物を優に渡したりしないだろ」

 「そうだな。私もそう思う」


 冷静に松陰は返した。

 その返答に高杉は呆れながら溜息を吐き、姿勢を崩した。


 「ほんっと、甘いよなぁ。もしも、元々あの風呂敷が優のだったら?それを返してもらっただけだったら?もしこのままこの家に置いといて、全部江戸のお偉いさん方に筒抜けになったら?ただでさえ目を付けられてるのに、お前らは一体どうなるんだ?」


 「仮にそうだったとしても、今の優を見ていればわかる。彼女にそんな気持ちは一切ない。それに、今優は記憶を無くしている。そんな彼女を突き放すことなどできないよ」


 「記憶が無い、だと?」


 ここで初めて優希が記憶を無くしていることを知った高杉は、色々と合点がいった。そして杉家へ身を預ける様になった経緯も聞かされた。


 「なるほどな……それでも、その記憶が無いって嘘をついている可能性だってあるんじゃないか?」

 「いや、それは考えにくい。事柄だけでなく、生活や言葉など、あらゆる事が忘れ去られている。たまにおかしな言動や行動をするが……一緒に生活していればわかる。優は嘘をついていない」

 「ふーん。それって主観なんじゃねぇか?」

 「どうゆう意味だ」


 

 いつになくむきになっている様に見える松陰。二人の視線が衝突し、火花を散らす。

 しばしの睨み合いの後、先に視線を外したのは高杉だった。



 「冗談が過ぎたようだな。俺も本気でそんな事思っちゃいねぇよ」

 「っ!ならとっとと帰れ!」



 二人の気迫に冷や汗を流していた久坂は内心安堵し、手を払う仕草をしながら話に割り込んだ。


 それでもまだ話はあると、根を張ったかのように動かない彼は、懐から一枚の紙を取り出した。


 「今年の冬迎とうげい祭り、うちが主催なんだ。その宣伝に来たんだよ」


 その紙を一同が覗き込む。


 そこには、

【霜月二十日 冬迎祭り 正午から】

と簡単に書かれており、小さな子供と若い女の絵が書かれた、所謂チラシであった。

      

 

 それを利助が取り上げると、先程までの暗い表情から一転して目を輝かせた。



 「今年もやってきたのかー!!」

 「もうそんな季節になったんだな」

 「なぁなぁ、団子もあるか?」

 「俺は射的がしたいぜー!」


 はしゃぐ利助や栄太郎たち。と、そこへタンタンッと襖を叩く音がした。


 「どうしたんですか?なんだか賑やで見に来ちゃいましたよ」


 視線を移すと、ふみと優希が立っていた。

 利助は嬉しそうに駆け寄ると、チラシを二人へ見せながら跳ねる様に話し始める。



 「優さん!これこれ!お祭りがあるんだよ!!」

 「ん?お祭り??」

 「そう!!毎年稲刈りが終わって冬支度が落ち着き始める時期にやるんだ!"一年お疲れ様でした、共に冬を乗り越えよう"って気持ちを込めて、城下町で屋台がでるんだよ!」

 「えー!すごい!行きたい!!」



 優希の反応に鞄を良くしたのか、その後も利助が祭りについて揚々と説明を続ける。


 「昼過ぎから屋台が並び始めて、毎年食べ物や射的とかが並ぶんだ。あとは広場で唄や演奏があったりして賑やかなんだよ」

 「屋台!演奏!楽しそうだね!」

 「だろ?んでもってお楽しみは陽が暮れてからも続くんだ。夕暮れ時から小さな灯籠とうろうが配られて、陽が完全に沈み切ると今年も食べ物が尽きなかった事への感謝を込めて川や水路に流すんだ。町中にも竹灯籠が飾られて、優しい灯りに照らされるんだけど、それはもう幻想的なんだ!」


 優希は町中が灯火ともしびに包まれる城下町を想像して、胸が躍った。暗闇に浮かぶ赤橙色の柔らかい灯り。揺れる影が二つ……男女の影。その影は松陰と自分に重ね合わせてしまった事に恥ずかしさを覚え、顔を赤くさせた。


 そんな優希を現実へと引き戻したのは、やはり高杉だった。



 「お前も来い、俺が案内してやるよ」

 「た、高杉さんが何故ですか?!」


 夢の中から無理矢理起こされてしまったように思えて、投げ捨てる様に高杉に言った。

 それさえも楽しんでいるかの様に高杉は口角を上げた。



 「今年は俺の家が元締めなんだ。だから案内してやるって言ってんだよ。夕刻から手が空くから、陽が落ち始めたら明倫館前に来い」

 「ちょっと!そんな勝手な!!」


 助けを求める様に松陰へと視線を向ける。その先にいる彼の顔は、微かに眉間に皺を寄せながらも眉尻は下がり、複雑な表情をしていた。目が合った刹那、瞳が揺らいだような気がした。


 「……せん、せい?」

 不思議に思い思わず声をかけてしまった。その時だ。


 「あぁ、そー言えばは謹慎の身でしたよね。この日は大目に見てもらえるかも知れませんが、どうします?」



 二人の視線が再びぶつかり合った。

 高杉は赤く光る鋭い瞳をさらに細め、松陰はそれを飲み込むかの様に底なしの青い瞳をギラギラと光らせた。


 

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