第9話 骸骨
俺が意を決して扉を開けようとした時、ネルヴァが声を掛けてきた。
「あ、一つ言い忘れてました」
俺は気分を削がれ、口をへの字にして振り返った。
「なに?せっかくやる気出したところなのに」
するとネルヴァは、さも申し訳ない表情を作った。
「それはすみません。実は、使用する魔法はアクアだけにして欲しいのです」
俺は首を傾げた。
「水系魔法の最弱呪文だけ?」
「ええ。それだけであなたなら充分に勝てますので」
「でも何で……」
疑問が解けない俺に、ネルヴァが明快な説明をした。
「あなたがいきなり最強呪文をぶっ放したら、それで終わりです。それだとヒリヒリするような戦いになりませんよ。それではいい修行とはならないでしょう」
確かに……。
「わかった。じゃあアクアだけにするよ」
「約束ですよ。くれぐれもアクア以外は使用しないように。いいですね?」
念を押すネルヴァに、俺は力強くうなずいた。
そして改めて扉を開くのであった。
ギィーッという嫌な音が響く。金属部分がさびてでもいるのだろう。出来れば油くらい差してもらいたい。
しかし魔物相手にそんなことを言っても仕方が無いと気持ちを切り替え、扉の中をのぞき込んだ。
え?
扉の中は、それまでのごつごつとした岩肌と打って変わって、煌びやかな通路となっていた。
側面の壁と天井には金箔を施しているのか、真っ金金に光り輝き、床の上には柔らかそうな毛先の長~い絨毯が敷き詰められていた。
俺は呆気にとられ、その場で後ろを振り返った。
ネルヴァたちの位置からも、扉の中は見えるはずだ。
だが二人とも、さも当然のように動ぜず、それどころかニコニコ笑って手を振っていた。
俺は何とも言えない気持ちになりつつも、先程の燃え上がった気持ちを思いだし、まあいいかとばかりに一歩を踏み出した。
凄いな。眩しすぎて訳がわからないくらいだ。
だがまあ、ある意味納得か。
ここにいる魔物は王女様を捕らえただけでは飽き足らず、王国に対して身代金を要求したらしいからな。
俺が眩く輝く廊下を歩きながらそんなことを考えていると、足音でも聞きつけたのか、前方の廊下の脇から、魔物が二体姿を現した。
魔物は黒いローブを身にまとい、フードで顔を隠しているものの、その奥に見えるのは不気味な真っ白の頭蓋骨であった。
「貴様、何者だ?」
その墓場からよみがえったかのような骸骨の魔物が、歯をカタカタとさせながら言った。
さすがは上級ダンジョンの最下層。見るからに手下と思えるが、人語を解すらしい。
ここは一つ、舐められないようにしないとな。
「王女様を取り返しに来た者だ!」
すると骸骨たちが笑い出した。
「なんだって?身代金を持ってきたのではないのか?」
「そんなものは持ってきていない!」
俺はとにかく舐められないよう、さらに声を張った。
だが骸骨たちはさらに激しく互いの顔を見合わせて笑い合った。
くそっ!腹が立つ。だがここはぐっとこらえて……。
するとひとしきり笑い終えた骸骨が言う。
「おい、小僧。つまりそれは、我らと戦うと言うことか?」
そう言って奴らはまたも笑った。
俺は気を取り直して言った。
「そういうことだ」
すると案の定というか何と言うか、奴らは爆発的に笑い出した。
それもギャハハハハと心底馬鹿にしきった感じで。
俺の堪忍袋の緒は切れた。
こうなったら先手必勝だ。
俺は素早く両手を前に突き出し、右の骸骨に照準を合わせた。
そして俺は「アクア!」と、叫ぶように呪文名を唱えたのだった。
すると俺の両掌の先から、おびただしい量の水流が吹き出した。
水流は瞬く間に右の骸骨を吹き飛ばし、激しく壁に打ち付けた。
「何!?」左の骸骨が叫ぶ。
次はお前だ!
俺は奴が体勢を整える前に両掌を向けた。
当然激しい水流が奴を襲う。
結果、骸骨はもう一体と同様、壁に全身を強く打ち付け失神したのだった。
俺は満足げにアクアの放出を止めた。
そして気絶してうずくまる骸骨たちを軽く眺め、俺は少しばかり悦に入るのであった。
「やっぱ俺って、本当に最強クラスかも」
俺はニンマリと微笑むと満足し、さらに先へと進むことにした。
しばらく進むと、正面に豪華な扉が見えてきた。
豪華とは言っても壁や天井と同じく金ピカなだけなんだけど……。
それにしても成金趣味だな。
まあ魔物の趣味なんてどうでもいいけど。
俺がそんなことをつらつらと思っていると、扉の目の前に到着した。
たぶんだけどこの先にいるな。
このダンジョンのラスボスが。
俺はもう一度気合いを入れ直し、扉を開けた。
するとそこには、さらに豪華にして広大な部屋が。
とはいってもやっぱり金ピカ主体だね。
壁一面に金箔を張り付けているようだ。
ただ違うのは、部屋の中央にもの凄い量の金銀財宝がうずたかく積まれていることだ。
「……凄いな……」
人の身長よりも高いって、相当だな。お金に換算したらいくらぐらいになるんだろうか。
俺は呆気にとられながらも、室内へと一歩足を踏み入れた。
すると、うずたかく積まれた宝石の影から、魔物たちが姿を現した。
さっきと同じ骸骨の魔物だ。数にして……十体か。
「貴様、何者だ!」
一体の魔物が、俺に向かって恫喝するように凄んで言った。
だが俺は動じない。
平静そのもので自己紹介した。
「俺はアリオン=レイス。冒険者だ」
「冒険者だと?子供のようだが……何用だ?」
「囚われの王女様を取り返しに来た」
俺はこう言うと、どうせ笑われるのだろうと思っていた。
だが魔物たちは笑わなかった。互いの顔を見合わせた後、無言で睨み付けてきている。
ああ、そうか。俺がここに到達したってことは、あの通路の二体を倒したって事だからな。
奴らも俺を侮れないってことだな。
俺は納得した。
「王女様は無事なんだろうな!」
すると突然、目の前の魔物たちとは別の所から、凜とした甲高い声が響き渡った。
「王女は無事だ!」
俺は声のした方角を見た。
上だ。うずたかく積まれた金銀財宝の上。
奥の壁の上の方。
そこにはよく見ると二階部分があり、ベランダが突き出していた。
俺はそのベランダで、椅子に足を組んで腰掛け、頬杖を付いた魔物を凝視した。
そして低い声で呟くのであった。
「どうやらラスボス登場……ってところかな」
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