第10話 激突

 俺はあらためて二階ベランダの魔物を凝視した。


 見ると、身体のラインが他の魔物と違うようだ。


 さらによく見ると、なにやら銀色の鉄仮面のようなものをかぶり、頭全体を覆っている。


 どうやら別の種類の魔物ってことらしい。


 どんな能力の魔物なのか……。ここは油断はしないでおこう。


 俺はそれだけを心に決めると、ひとまず魔物のこれ以上の詮索を止めることにした。


 俺は居住まいを正し、さらに問い質した。


「王女様は何処にいる?」


 するとやはり二階から甲高い声が振ってくる。


「王女に会いたいか?ならば我らを倒してみよ。さすればきっと会えようぞ」


 悪者らしい台詞だこと。


 いいさ。そっちがその気なら、こっちだって。


 俺は両掌を前に突き出し、前方に立ちはだかる十体の魔物の一番右側に照準を合わせた。


 そして、今度もまた先手必勝とばかりにいきなり叫んだのだった。


「アクア!」


 俺が唱えるや、激しい爆流が掌の先から吹き出した。


 爆流は空気を切り裂き、一番右端の魔物に直撃した。


 魔物は案の定勢いよく吹っ飛んだ。


 だが部屋が広いため壁には当たらず、その代わりに床の上で何度も転がり頭などを強烈に打ち付けていた。


 俺は魔物が一体、片が付いたとばかりに爆流の進路を左に舵を切った。


 するとアクアの爆流は、次々と魔物を吹き飛ばしただけではなく、その後ろにあるおびただしいまでの金銀財宝まで勢いよく吹き飛ばした。


 魔物たちが床に自らの身体を強く打ち付け、もんどり打ってうめき声を上げる中、金銀財宝がキラキラときらめきながらまるでスローモーションのように宙を舞った。


 だがその宝石たちの舞い散る隙間で、ラスボスの目がギラリと輝いたのを俺は見逃さなかった。


 来るか。


 そう思った刹那、奴が立ち上がった。


 そしてあごをツンと上げ、俺に向かって傲然と言い放ったのだった。


「なかなかやるではないか。ならば、わたしが相手だ!」


 瞬間、奴の姿が忽然と消えた。


 俺は驚き、奴の姿を探す。


 だがその時、俺は目の端で、素早く動く何かを捉えた。


 ヤバい!奴だ!アクアを……いや、間に合わない!


 俺は咄嗟に後ろに向かって飛んだ。


 その瞬間、目の前を妖しい残光が走る。


 剣だ!あわやというところで剣が横殴りに走ったんだ!


 俺は後ろに倒れ込みながら掌を前に突き出し、必死の思いで唱えた。


「アクア!」


 暴流が奴を襲う。


 だが遅かった。


 そこにはもう誰もいなかった。


 アクアは空を切り、俺は強烈に尻餅をついた。


「ぐっ!」


 アクアを放出した凄まじい勢いもあり、俺は尾てい骨を強烈に床に打ち付けた。


 そしてそれだけでは終わらず、俺はもんどり打って頭を打ち付けた。


「がっ!」


 だが勢いはまだ止まらなかった。


 俺は後頭部を打ち付けた勢いのまま、さらに転がった。


 だがこれは好都合だった。


 俺は両脚を伸ばし、床を強く打ち付けた。


 それにより勢いを止めただけではなく、立ち上がれたのだ。


 よし!と思ったのも束の間、またも目の端に何かを捉えた。


 それはあまりにも速いため、何かを確認することは出来なかったが、俺にはそれが何かは充分判っていた。


 来る!


 だがその時俺は、立ち上がっていたとはいえ前のめりだった。


 マズい!体勢が整っていない。これでは奴の斬撃をかわせない!


 その時俺の脳裏で突然閃いた。


「アクア!」


 俺は咄嗟に、最大出力のアクアを放った。


 だがそれは奴に対してじゃない。


 床に向けてだ。


 次の瞬間、前のめりだった俺の身体は、空中へと飛び上がった。


 アクアの放つ反動でもって、勢いよく飛んだのだ。


 俺は間一髪で、難を逃れたと思った。


 だが奴は上手だった。


 奴もまた凄まじい跳躍力でもって飛んだのだ。


 その勢いは凄まじく、恐ろしいまでの速度で俺に対して斬り込んでくる。


 マズい!

 

 だがそこで、またも閃いた。


「アクア!」


 俺は今度は横向きにアクアを放った。


 すると俺の身体は、急激に方向を変え、横方向に飛んだ。


 間一髪!


 奴の斬撃はまたも空を切った。


 だがこれでピンチが終わったわけじゃない。


 俺は何とか着地すると、そのままの勢いで駆けた。


 そして壁にたどり着くや、それを背にしたのだった。


「ふう……とりあえずこれで後ろからの攻撃はない……」


 だが油断はならない。


 奴の強さは本物だ。


 何と言っても超絶速い!


 目で追おうとしても追いきれないレベルだ。


 くそっ!息が詰まる。ヒリヒリする。


 これか。これがネルヴァの言っていた奴か。


 ちっ!身体が震えてきたじゃないか……。


 恐怖?


 いや、違う。これは武者震いだ。


 このヒリヒリする感覚に、俺の心が燃え上がっているんだ!


 よーし!気合いが入ったぜ!


 俺は充実した気力でもって、目を皿のようにして敵の姿を探した。


 だが見当たらない。


 気合いを入れたくらいで、姿が見えるような相手ではなかった。


 くそっ!何処から来る?


 俺は意識をこれ以上ないというくらいに集中させ、警戒した。


 だが奴は一向に、その姿を現さなかった。


 

 無限に思える時間の中で、俺の息づかいだけが聞こえている。


 だがついに奴が動いた。


 右横の壁伝いに紅蓮の炎が襲いかかってきたのだ。


 ここへきて魔法を使うとは!


 俺は想定していなかった魔法攻撃に一瞬たじろぐも、すぐに集中力を回復させ、瞬時に一つ覚えのアクアを繰り出した。


「アクア!」


 猛り狂う焔を、暴流が迎え撃つ。


 よし!俺のアクアが押し返しているぞ。


 だが喜んだのも束の間、何かが上に飛び上がったように見えた。


 奴だ!


 奴が上から襲って来る!


 俺は咄嗟にアクアの放出角度を上方修正した。


 だがアクアは奴に当たらなかった。


 奴が壁を蹴り、横っ飛びして避けたのだ。


 奴はそのままの勢いで床へと見事に着地すると、ゆっくりと顔をもたげて俺に向かって言ったのだった。


「お前、舐めてるのか?」

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