第23話

 すべての小石が炸裂し、狭い空洞を爆風が通り抜けてコアの穴から噴き出す。

 その勢いは止まらず、穴の開いていなかった表面からもコアに亀裂を入れながら溢れ出し、ヒビ同士が繋がって大きな亀裂が生まれていく。


 卵からヒナが孵るように、新たな命が芽吹くわけではなく。内側から外側へ向かって広がる破壊の浸食に赤い破片が散らばる。

 崩壊が崩壊を招き、乗用車サイズのカケラが落ちる横で、一軒家サイズの瓦礫が落下していく。

 大小様々な形状のコアの残骸が崩れ落ち、地面にたどり着いては轟音を奏でる。

 崩壊の楽章。打楽器の交響曲。

 大地を打つ音だけの演奏が止めどなく続き。


 やがて巨大な亀裂がコアの中心部から一気に走り、氷河が割れるように五つの巨大な赤い宝石となって分かれると。

 放っていた光を失って、ザアッという音を伴いながら空気に消えていった。


「あ……」


 そうやってコアが壊れていく様子を、俺は〝大地を踏みしめながら〟眺めていた。


「……俺……どうしてここに?」


 自分で仕掛けた時限式爆弾の爆発に、コアの中で巻き込まれて死ぬはずだった。

 それにもかかわらず、コアの外で大地の上に立っているという状況に、困惑と疑問が頭の中を占めていた。


「私が、シャノバさんを召喚したんです」


 後ろから聞こえたルアンの声に、俺はバッと振り向く。

 突然の事態に呆けていたとはいえ、背後の気配に気づけなかった。それだけ予想外の展開になっている証だが、命を失う覚悟を決めていた身としては、ルアンの言葉に頭がなかなかついていかなかった。


「どういう……ことだ?」

「私が説明するね」


 そこに、ルアンの隣に立っていたミューが、ウインクをして混ざってきた。


「心配だった私は、シャノバさんがコアの中に入った後にルアンの所に来たの。それで状況を聞いて、〈アナライズ〉でコア内の様子を見てたんだ」


 コア自体が強力なエネルギーの塊。その中にいる俺の位置や様子を確認する。

 言うは易しだが、実際には砂嵐の中から人を見つけ出すに等しい行為。

 しばらく〈アナライズ〉を所持していた俺でも難しいのに、たった一日でそのレベルまで能力を使いこなせるミューは、天才の部類に入る。


「そうしたら、中でいくつものエネルギーの高まりが発生したのに、シャノバさんが中からすぐに出てこようとしないから、異常事態が発生したと思ったの」


 〈アナライズ〉はエネルギーを数値や形として見ることができる。ただし、映像を見るように物事が目に映るわけではない。サーモグラフィーで熱源の形や動きが見えるような感じだ。

 それだけで、内部の状況を正確に把握したミューに、俺は舌を巻いた。


「脱出できない状態になったと判断したので、ミューに爆発エネルギーが最大値になるタイミングを教えて貰って、私がシャノバさんを召喚してコアから離脱させたんです」


 ルアンは自分のしたことを自慢するでもなく、他者を助けられたことを嬉しそうに語る。

 喫茶店の前で、俺とルアンが召喚契約を結んでいなかったら成り立たなかった結末。付け加えれば、ミューがいなければ状況を把握できず、救出するという発想にも至らなかっただろう。


 何か一つでも歯車が噛み合わなければ、俺は確実に死んでいた。

 信頼できるパートナーと仲間がいる。

 そのことがどれだけ支えになっているか、心の底から実感し、心の中にグッとくるものがあった。


「ありがとう……本当にありがとう」


 俺が熱のこもった礼を述べる。

 自分の命を助けてくれたこと。母親と永遠の別れにならずに済んだこと。

 未来を繋いでくれたという事実に、感動のあまり言葉が紡げずにいると。

 なぜかルアンが涙を流し始めた。


「シャノバさんが、生きていてくれて、本当に、嬉しいです。ありがとうございます」


 助けてくれた側がお礼を言うという事態に、突拍子もなさすぎて俺は思わず苦笑してしまった。


「おいおい。どうしてルアンがお礼を言うんだ。なんか変だぞ」

「そんなことありませんっ。パートナーが生きていてくれたってことは、とても嬉しいことなんですよっ」


 俺の指摘に涙声で強く反論され、たじろぐ俺を見てミューが楽しそうにクスクスと笑う。


「そ、そうか……こちらこそ、生きていてくれてありがとう」

「そう、それでいいんですっ。でも、もう二度と死にそうになるような無茶はしないでくださいねっ」

「ぜ、善処する……」


 叱られているんだか喜ばれているんだか、どちらともつかない会話に、ミューが笑いを堪えきれずとうとう吹き出す。

 ほんの少し前まで、生きるか死ぬかの瀬戸際にいた極限の緊張感が途切れた。

 こうやって感情を露わに言い合えることに、生きているという実感を得て、俺も思わず笑みがこぼれた。


「もうっ、なんで笑ってるんですかっ」


 突然笑顔になった俺の真意がわからず、泣きながら怒るという感情の多様性を表すルアンの頭に、俺はそっと手のひらを乗せて撫でた。


「やっぱり、年上には見えないな」


 泣いたり笑ったり怒ったり。子供のように素直に感情を覗かせる、少女のような外見の召喚獣。

 年下のような年上の彼女が、俺のパートナーとして活躍し、これからも傍にいてくれることへの期待と、感謝を態度で示したのだが。


「な、な、なんで撫でるんですかっ」


 さらに混乱を重ね、言葉がしどろもどろになるルアンに、俺はパッと手を離した。


「頭撫でられるの、嫌だったか?」

「い、嫌じゃないですけど……頭を撫でられるのって、女の子にとっては……その……」

「ん? なんだ?」

「えっと、その……なんでもないですっ」


 最後は顔を真っ赤にしてそっぽを向いたルアンに、俺は疑問符を頭に浮かべながらミューに無言で助けを求めた。


「二人のやりとり、ドラマやアニメを見せられてるみたいだね」

「どういう意味だ?」

「もっといっぱい経験値積めってことかな」


 悪戯っぽく笑うミューに、俺の頭の中には余計にハテナマークが増えた。

 召喚獣として戦闘経験が足りないということか? それとも久し振りに戻ってきた地球にもっと馴染めということか? 他人とのコミュニケーション術を磨けということか?

 理解及ばず、自分なりの解釈をして、いったん心の片隅に置くと、俺はルアンに向き直った。


「とりあえず、母さんを迎えにいこう。案内してくれるか?」

「もちろんです。それでは能力を交換して貰えますか?」

「わかった。能力を貸してくれて助かった。ありがとう」


 俺が能力交換と感謝の込めて手を差し出すと、ルアンは一瞬だけ戸惑うように伸ばした手を止め、俺の手にひらの上に指を重ねた。


「よし。〈わらしべ〉完了だ。小石を渡すから瞬間移動で」


 母さんのもとへ、と俺が言おうとした瞬間、アヴィスタを超えるようなプレッシャーに息が詰まりそうになった。


「なん……だ?」


 俺は気配を感じた背後をバッと振り返り、重圧の出所を探る。

 すると、ちょうどアヴィスタのコアが消えた位置。破壊の余韻が一番濃く残る場所に、バチバチと稲妻が迸り、何かが出現してくるのが見えた。


「この強烈なマナ、以前に感じたことがあります」


 姿を現し始めた人影の気配に覚えがあると、ルアンが声を震わせる。

 身体が勝手に身震いするほど、外界に発するマナの濃さと力強さ。

 俺には対面した記憶はないが、本能と知識が相手が何者であるかを想起させた。


「彼は……獣王ライズ」


 完全に顕現した男の顔を見て、ミューが相手の正体を口にする。

 燃えるような赤い全身鎧に、たてがみと見紛うほど逆立つ金髪。

 俺より頭一つ分背の高い、精悍な顔立ちをした筋骨隆々のライオン耳召喚獣。

 獣王ライズが、俺たちの目の前に出現した。


「ふむ。すでに事態は収集したようだな」


 大太鼓を打ち鳴らしたような低音。聞く者の身体に響く、ライズの太い声が届く。

 最強の召喚獣。人間との契約を終わらせた者。

 様々な二つ名で呼ばれているが、実際に対面するのは初めてだった。


「もしかして、アヴィスタを倒しに来たのか?」


 誰かに召喚されたわけではなく、獣王が自ら降臨した。その理由を察し、こぼした俺の一言に、ライズは面白いものを見るように目を細めた。


「お前たちが巨大な魔物を倒したのか?」


 質問をされただけなのに、心の芯から押し潰されそうな重圧を感じる。

 それもこれも、ライズが内包しているマナが途轍もないほど強大だということに他ならない。

 しかし、男として負けていられないと、俺は自分を奮い立たせて答えた。


「そうだ。俺たち三人でアヴィスタを倒した」

「ほう。召喚獣たちが束になっても太刀打ちできていなかった魔物を、三人だけで討伐したのか」


 生意気にも聞こえる口調に機嫌を損ねるかと思ったが、獣王は気にもしない様子。

 獣王は地球で言う王族ではなく、あくまで召喚獣の中で一番強いというだけ。

 だが、王とも言える重圧と寛容さは兼ね備えているようだった。


「皆の手に余る魔物だと進言され、我自ら出向いてみたが、この地はもう問題ないようだな」


 ライズは周囲を見回し、荒野と化した街を見て眉間にシワを寄せる。

 爆心地に近いほど建物は原型を失い、離れた場所も巨大な溝ができたり、瓦礫の山と化している。

 アヴィスタを止められなければ、これが日本中に広がっていたことを思うと、俺も悔やむことしかできなかった。


「リュールウ」


 突然、ライズが空中に向かって誰かの名を呼ぶと。


「はい、こちらに」


 黒い仮面を着けた、細身で全身黒装束の人影がライズの傍らに出現した。

 声の高さと背格好からして、女性の召喚獣だろう。


「すべて見ていただろう? 彼の魔物は世界中に出現したと聞く。討伐法を世界中の召喚獣に共有せよ」

「かしこまりました」


 命令を受け、リュールウと呼ばれた人物は何かしらの能力を発動する。

 直後、目に見えるか見えないかギリギリの淡い光の波が一瞬にして広がった。


「我の出番はなさそうだな。獣界に戻るぞ」


 攻略法を共有したのだから、あとは他の召喚獣たちでも倒せるだろうと、ライズはリュールウを伴って帰還しようとするが。


「待て」


 そこを俺が呼び止め、獣王の不可解な行動の意図を問うた。

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